12話:夜の一幕

夕暮れ、間もなく完全に太陽が沈もうとしている。

ハジマリの街にも魔法石で出来た街路灯がぽつぽつと灯り始めた。

そんな中、宿屋の前にそわそわしながら一人の少女が誰かを待っているようだ。


薄いピンク色のローブに身を包み、同じ色のとんがり帽子を頭に被り、黒革で出来たセミロングのグローブをはめた手をごにょごにょと動かしていた。

長い艶のある黒髪は腰まで届くほど長く、豊満な胸部は道行く男性陣の目を嫌でも引き付けている。


装備から見ると魔法使いのようだが、その手には杖の類は持っていなかった。

男女問わず通りかかる人に対しておどおどする姿からして、人と接するのが苦手のようだ。


「あっ!マリリ~ン!」


マリリンと呼ばれた少女は、声のする方を見た。

人込みを掛け分けるように棺桶のようなものを背負ったマコが手を振りながら走って来るのが見えた。

その姿に強張っていた表情が和らぎ、ほっとしているのが見てわかる。


「マリリン、待っててくれたんだ!結構人がたくさん通るところだったけど大丈夫だった?」

「う、うん……最初はすぐに戻ろうと思ったんだけど……マコちゃんが帰ってくるって思ったら……」

「ええ!そうだったんだ、ありがとうマリリン♪」


にぱぁと笑うマコに頬を赤くしながらマリリンと呼ばれる少女は微笑んだ。

ふと、マコの背中から黒い翼が生えているのに気がつく、その視線にマコは見えやすいように背負っていた棺桶を降ろす。


ゴトン!重量感のある音を響かせて棺桶が地面に横たわった。

それからマコはくるりとマリリンに背中を見せる、自分の意志で動かせる翼に興奮しながら言った。


「マコが欲しかった『漆黒の翼』!やっと手に入れることが出来たんだ~♪」

「良かったね、マコちゃん……やっと、クリア出来たんだね……」

「クリアしたわけじゃないんだけど、とーっても親切なお兄さんが譲ってくれたんだ!チョー感激したよ!!」


マコは再び降ろした棺桶を背負うとマリリンと一緒に宿屋に入っていく。

部屋に入ってからも今日のことを色々と話していると、思い出したかのように言った。


「あ、マリリン。明日はこの街の近くにあるダンジョンに入るんだよね?」

「う、うん……あの洞窟の中に何かがある気がして、調べてみたいんだ……」

「そっかぁ、マコはどこにだって付いていくからね!マリリン♪」

「ありがとう……マコちゃん……♪」

「フフフ……永久の時より舞い戻りし我が翼、この力が戻った今、我を止めることなど異界の守護者達でさえ不可能也!!」


二人の冒険者の部屋からは夜遅くになっても楽しそうな声が聞こえてくる。

彼女たちは、次の日に再び湊一行と出会うことになるが、それはまた別の話。



一方、湊は……



*







「じゃあな、兄貴。俺達は一杯やってくらぁ」

「あぁ、あんがとな。」


ライアン達は荷物を部屋の前に置くと酒場に行くと言って階段を降りて行った。

マコと名乗った少女は何回もお礼を言うと、人々が行き来するメインの街道に向かって走っていった。

終始背中の棺桶が気になったが、あの装飾装備を欲しがるくらいなので同じ類だろうと割り切った。


さてと、まずはこれらの荷物を部屋に入れてさっそく調合をやってみよう。

ギルドカードに『調合リスト』なる項目があるからそれの通りに作れば何とかなるはずだ。


俺はアリシアが(おそらく)寝ている部屋に入った。

夕方を過ぎていたので、部屋の中は暗くなっているのでまだ寝ているのだろう。

ヨミさんには無理を言って部屋をカーテンのようなもので仕切りを作ってもらい、部屋を半分にしてもらった。


まぁ、後で目を覚ました時に何て言われるか分からんが、無いよりはマシだろうから多少は口数は減る、ことを祈ろう。


「電気電気……あ、無いんだっけ。えっと、確か光虫の体液をランプに入れて、日を付ければ……おーっ!結構明るいな」


この世界に電気のようなものは無い、あるのは魔力で動く街路灯や蛍光灯など別の者が代用されている。

宿屋などではそれらを採用しているので今までと変わらない生活が出来るが、ギルドの空き部屋、本来は物置みたいなものだ。

そんな場所にまで魔力灯は設置されていない。


そこで代わりになるのが、光虫というソフトボール程の大きさの虫の体液が明りの代わりとして使われる。

この虫の体液は火を付けることで光り輝く性質があり、ランタンに入れれば部屋の中を明るくすることも可能になる。

もっとも、部屋全体を明るくするにはそれなりの数が必要だが、机で作業する分には十分すぎる明るさだ。


「さて、まずは何から作りましょうかね……やっぱり、王道を行く、回復ポーションからか?それとも明日の探索で使いそうな視覚強化のポーションか……悩むな」


買ってきた材料を机とその周辺に持ってくると、ギルドカードの調合リストを指でスライドさせながら見る。

材料はすべてそろっているので、作れないこともないが……


「……んっ……」


俺はスライドをしていた指を止めた。

部屋の外は階段も近いこともあってか、一階の酒場や、ギルドの集会所の声が良く聞こえる。

だが、謎の声がしたのはこの部屋の中だった。


「ははは……疲れのせいか、幻聴が聞こえた気がするぞ。今夜は早く区切って寝ないとな」


なんか艶っぽい声が聞こえた気がしたが、気のせいだろう。そう自分に言い聞かせながらギルドカードを動かしていると、また同じような声が聞こえた。


「んんっ……だめ……」


「……まさかな、いや、でも……」


俺はゆっくりと席を立つと、アリシアが寝ているベットにこっそりと向かう。

カーテンで仕切っているとは言え、声が聞こえたのはこっちからだ……


「ちょっと確認するだけだ、やましいことなんて考えてないから。って誰に言い訳してんだ俺は……」


俺はそーっとカーテンの隙間に手を入れると、静かに、少しだけ開けてみた。

そこにはアリシアが寝ている、だがいつもの魔女服ではなくパジャマのようなラフな格好で寝ていた。

ヨミさんが着替えさせたのだろうか、壁には箒や鞄などが下げられている。

服がないのは洗濯をしているのかもしれない……などと思っているとアリシアがこっち側に寝返りをうった。


頬を上気させ薄らと汗ばむ額。

何というか、健全な男子には危険極まりない衝動が込み上げてくるので、俺はそっとカーテンを閉じようとするとアリシアが言った。


「……ミナト……らめぇ……そんな…私無理ぃ……」

『何だよ!?何の夢見てんだコイツ!!』


咄嗟に自分の口を押えながらツッコミを入れる。

もそもそと動きながら卑猥に聞こえる言葉を言うアリシアに身体が反応するのはKENZENな証拠だが、今は非常によろしくない。


「……もうお腹の中いっぱいで……入らないよぉ……」


起きてんじゃないか?なぁ、起きてんだろ?お前。なぁ起きてるんだよな!

心の中で何度も俺は言うがお構いなしにアリシアは続けて言った。


「そんな大きな…大きなぁ……」

『……ごくっ』

「……そんなおっきな……ステーキ…もうお腹いっぱいで食べれないってば……」

『……』


俺はそっとカーテンを閉めると、作業机に戻る。

一度大きく深呼吸をすると、ギルドカードのレシピリストを開きすっきりとした表情で……


「さぁ、調合を始めようか」


と作業を始めるのであった。

特にむふふ…な展開も何もなく、夜は更けていった……



続く

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