No.3『ゲス校長は今日もゲス』

「あーあ! なんで私があんたなんかと……」

「うるせぇな。んなもん俺だって知りてぇよ」


 春夏秋冬ひととせはぶーぶー文句をたらしながら、俺の前を歩いている。そろそろウザくなってきたし顔面一発殴れば黙るだろうか。


 今、俺と春夏秋冬が向かっているのは校長室。一体なんの用なのかわからないが、二人で来いというところが強調されていたのを考えるにどちらにも関係している内容なのかもしれない。


 俺と春夏秋冬ひととせ、どちらともに関係していることって何だろうと考えた時、思い付くのはひとつだけ。コイツが実は腹黒で裏では放課後に教室で愚痴って暴れてる件だ。

 いやしかし、もし校長がそれを知っているとしてどうする気だ?


「ちょっと穢谷けがれや? 聞いてんの!?」

「あ、あぁすまん。何も聞いてなかった」

「はぁ、めんどくさいわね。一回で聞きなさいよ、これだから童貞は」

「おいこら童貞は関係ねぇだろクソアマ。そうやってすぐ童貞イジりするところ、さすがはあばずれ女様だな」

「はいセクハラでーす。訴えまーす、異論は認めませんブタ箱行き決定でーす。あと私バージンだから」


 チッ、小賢しい。なんでこんなにコイツと会話するとイライラするんだ。

 でも最後の情報は別に言わなくても良かったんじゃないかな?


「いい? あのことは絶対に口を滑らせないでよ」

「え、処女の話?」

「ちーがーう! 私がいつもストレス発散してることよ! もぉ、なんなのあんた、頭沸いてんの? 社会不適合者過ぎて誰かの役に立ちたい願望が強いあまり自分の頭蓋をゴキブリの住処に使わせたら子供が沸いちゃって脳を犯されてるの?」

「だぁぁ、うっるせぇって! お前の罵り方奇妙過ぎんだよ! なんだよゴキブリの住処って、考え方サイコか! あと長い、くどい、死ね!」

「あんたこそわちゃわちゃうるさいわね……いんキャが調子のんじゃないわよ」


 腹立つぅぅぅぅぅぅ! なんだコイツ、マジで一発殴りてぇ。


 その後も口喧嘩が収まることはなく、校長室前に辿り着いてやっとお互い口を閉じた。そして春夏秋冬はふぅと深呼吸し、おもての表情を作る。

 

「お前それどうやってんの?」

「それ? 何よそれって」

「その一瞬で表情変えるヤツだよ。マジで雰囲気変わる感じ、なんか気持ちわりぃぞ」


 例えるなら……そう、顔が一瞬で新垣◯衣(裏)から吉◯里帆(表)になってる感じ。結局どっちも美人だということに変わりないわけで。つまり何が言いたいかって言うと、星◯源にその位置変われってことで。


「そうね……言うなれば、トレーニングの賜物かな。私毎日筋トレしてるし」

「筋トレとの関係性がまったくわからんのだけど」

「表情筋の筋トレよ。あ、でも週四で普通のジムにも通ってるけどね」

「ほ、ほぉ……」


 春夏秋冬ひととせさんマジぱねぇ……! 人気者になるために努力を惜しまないその姿、マジでバカなんじゃねぇかなって思います!

 努力してまで人気獲得する意味が俺にはわかりません!


穢谷けがれや、行くわよ!」

「あ、おう」


 なんでなんだろう、こっちが呼ばれた側だってのに職員室とか校長室に入る時ってすごい緊張するんだよなぁ。

 コンコンと春夏秋冬が校長室の扉を叩くと、室内から校長がはいと返事をした。春夏秋冬ひととせはよく通る凛とした声で名乗り、俺はその後からボソっと名乗る。 


「入っていいよ」

「失礼しまーす!」

「……しゃす」


 人気者キャラ春夏秋冬の明るい挨拶とは対照的に、無愛想の極み乙男オトメンな俺は超軽い会釈。

 しかしここ劉浦りゅうほ高等学校の校長――東西南北よもひろ 花魁おいらん(♀)はニッコリと、どこか違和感のある微笑みで俺たち二人を迎えてくれた。不思議な読み方で『とうざいなんぼく』と書いて『よもひろ』と読む。


「やぁ初めまして。突然呼んで悪かったね」


 立ち上がり、高身長に見合った大きな胸を揺らしながら近寄ってくる校長。スーツが似合うビジネスウーマンっぽさが否めない。


「いえ、私は部活してないので全然大丈夫です!」

「右に同じく」


 春夏秋冬ひととせの変わりばえに驚きが隠せねぇわ……。猫被りにもほどがあんだろ。


「それで、どのようなご用件ですか?」

「なに、そんなにかしこまることはないよ。わたしと君たち二人はこれから長い付き合いになるだろうからね」

「長い付き合い?」


 春夏秋冬ひととせさんったら、俺の分まで全部リアクションしてくれるじゃなーい。俺は横でボーっとしてるだけでいいようだ。実にらくでよろしい。


「そう。君たちの卒業まで、というよりも君たちが付き合わざるを得ないと言った方が正しいかもしれないな」

「付き合わざるを得ないって――」


 春夏秋冬ひととせが質問しようと口を開くが、東西南北よもひろ校長が机上にコトっと何かを置き、それから発せられた音に絶句した。


『あぁぁ!! ホント腹立つ! なにがこういうのは男が動くもんだぜ、よ! いい気になるんじゃないっての!』

『それにあいつら、勝手に私を暇扱いするんじゃないわよ! マジぶっ殺!』

『死ね、ホント死ね! 気持ち悪いんだよ、目が! お前ごときが私に告白して成功するとでも思ったのかよ!』


 机上のボイスレコーダーから流れた音声。それはつい昨日の春夏秋冬ひととせがストレス発散中に愚痴っていた言葉だった。

 さすがの春夏秋冬もこれには焦ってるんじゃないか?


「何ですか、これ?」


 すげぇーー! マジかよ、顔色ひとつ変えてねぇ! そのキョトン顔、超カワいむかつくんですけど!


「とぼけるんじゃない。わたしにはもう全部分かっているんだ。君が普段は猫被り、裏ではストレス発散という名目で放課後いつも教室で悪口、陰口を言いながら物に当たっているということをね!」

「え、えー? 私そんなこと知りませんよー」


 おっと東西南北よもひろ校長、何もかも分かってらっしゃいますね。具体的なとこまで全部知られてるよ。

 チラっと横目で春夏秋冬ひととせを見てみる。スッと首筋に冷や汗が流れ、ゴクリと唾を呑んだようだ。これはもう負けを認めるしかないんじゃないのかなぁ。


「そうか。それじゃ、この音声を明日の放送で流しても構わないね」

「あ、いやっ、ちょっと待って!」

「なんだい? これは春夏秋冬ひととせくんとは関係ないんだろう?」

「そ、そうですけど……」


 勢いで止めたはいいものの、どう説明していいのか分からず春夏秋冬ひととせは言葉を詰まらせる。校長はそれを楽しむようにニヤニヤしていた。


「はぁ……もう認めろよ春夏秋冬ひととせ

「うっさい、陰キャは黙ってなさいよ!」

「おぉ、本性はそうとう毒舌なようだねぇ」

「はっ……!」


 俺にいつもの流れで言い返してしまい、校長に完璧にバレてしまった。春夏秋冬ひととせはしまったと口元を手で隠す。

 しかしすぐにムスっとした顔でわめき出した。


「……んぁー! はいはい、認めますよ! 私は裏では人の悪口ばっか言ってる腹黒ですよ! 何か文句でも!?」


 美しいまでの開き直りだ……。全然堂々とできる場面じゃないのに、何故にそんな胸を張れる?


「文句はないよ。ただ、少し働いてもらいたいんだ」

「働く?」

「そう。校長って結構忙しくてさぁ、手に負えない仕事がたくさんあるんだよ」


 やれやれといった感じで両手を挙げる東西南北よもひろ校長。

 ……この人、全ての仕草や言動が嘘くさい。今見えている表情もまるでプリントして貼っつけたみたいな作りモノ感があるのだ。

 なんとも言えない不気味さに俺は少し身を引いた。


「だからね、君たち二人にわたしの手に負えない面倒ごと……仕事をこなしてもらいたいんだ」


 聞き漏らさなかったよ俺。今、面倒ごとって言いかけたよね。いや言いかけたどころかすでに言ったよね。


「なんで私がそんなこと……」

「おやぁ? そんな反抗的な態度取っていいのかなぁ? こっちは君のバラされたくない重大な秘密を握ってるんだよ?」

「ぐっ……! きょ、教師が生徒を脅すなんてことしていいんですか? 校長先生も、脅してるなんてことが知られたらまずいんじゃないんですかぁ?」


 春夏秋冬も負けじと校長に詰め寄るが、校長はニタニタと嫌な笑みを浮かべたままでまったく動じていない。


「そんなことどぉ~でもいい! そもそもわたしは教員免許を持ってないからね!」

「「は!?」」

「わたしにはこれがたんまりあるのさっ!」


 人差し指と親指を高速でスリスリする校長。まさかとは思うが、金の力で校長になったってのか……? この人まだ二十代ぐらいで若そうだし、教員免許持ってなくて校長とかなれるんだろうか。本当に金の力で成り上がった説がありえそうで怖い。


「さぁ観念して、わたしの仕事をこなしてもらおうか!」

「くぅぅ! このクズ校長! 金の亡者! 生徒いじめ!」

「はっはっはー! なんとでも言うがいい! 人の弱みを握ってそれを利用する時の快感はたまらないよ!」

「ヤバイわよ穢谷けがれや! この女、クズのうえにゲスだわ……!」


 ゲス校長、東西南北よもひろ 花魁おいらんの恐ろしさに戦慄する春夏秋冬ひととせ

 確かにゲスだしクズなのは見てて分かるけど、俺にはどうも納得出来ない点がひとつあった。引いていた身を前に出す。


「あの……ちょっといいすか?」

「ん、なんだね穢谷けがれやくん」

「コイツが先生に弱み握られて先生の仕事を手伝うってのは理解出来るんですけど…………俺、別になんも関係なくないっすか?」


 ここなんだよ。俺自身が別に弱み握られてるわけでもないのに、春夏秋冬ひととせと一緒に面倒ごとを押し付けられる筋合いはないはずだ。

 俺は春夏秋冬の秘密を知っているというだけで、春夏秋冬のお手伝い活動、否、強制労働を俺まで強制させることはできないわけで。


「ふむ、確かに穢谷くんは春夏秋冬くんの件とは無関係だ」

「ですよねー。んったら俺、間違って呼ばれたってことでいいんすよねー」

「いや、間違いではない」

「え?」


 なんでだよ。春夏秋冬と関係ないなら俺に弱みなんて……いや、ないこともないか。むしろめっちゃあるかもしれない。


「穢谷くん」

「はい」

「二年生最初の実力テスト、五教科の合計は何点だったかな?」

「128点です」


 つまり、全部赤点だったというわけでして。うん、俺、普通に弱みあったわー。


「君、職員の間でなんて呼ばれてるか知ってるかい?」

「……なんて呼ばれてんすか」

「『奇跡に奇跡が重なり、運命的な確率で進級できた社会不適合者』だ!」

「うわあんた、先生たちにまで社会不適合者って言われてんだ……。生きてる価値マジでないんじゃない?」

「……う、うるせぇっ!」


 いや先生にまでそう言われてたなんて、もはや誇っていんじゃね? 

 うん、まぁ確かにね、一年生の二学期の成績、オール1だった時はさすがの俺も学校辞めようかと思ったからね。


「君ははっきり言って今年留年しかねない、教師からしたらさっさと学校辞めてくれないかなと思われているゴミみたいな存在だ」

「はぁ……」

「そこで、春夏秋冬くん同様に面倒ごとを解決してくれる代わりに、今後どんな成績だろうと素行だろうと

「なっ、無条件、だと……。すげぇ魅力的な提案だけんど、リスクも大きい気が……」


 俺が頭を抱えて悩んでいると、ゲス校長はあと数センチでキスできそうなほど顔を近づけて来た。蕩けそうな柔らかい髪の香りに思考が停止し、そんな俺の耳元へこそばゆくポショっと囁いてくる。


「この提案を受けてくれるなら、わたしの身体と財産のどちらか、好きにしてくれて構わないよ」

「っっ!?」


 思わず飛び退いてしまった。あまりの恐ろしさに俺は本能的に怯えてしまったのだ。

 クソッ。この女の方が一枚、いや何千枚も上手うわてのようだ。


「ゲス……を通り越しておっそろしいっすわ、あんた」

「そーかい? それで、どうする。わたしの提案を受けるのかな?」

「……はい。受けますよ、あんたに弱み握られてあげましょう」

「ふむ、よろしいよろしい!」


 東西南北よもひろ校長は、満足気に椅子へどっかりと腰を下ろした。そしてまるでコピペして貼り付けたみたいなニタニタ笑顔で俺たち二人に向かって一枚のプリントを見せつける。


「早速だが、君たちにこの生徒を学校へ連れて来てほしい。手段は問わない、君たちの自由にやりたまえ!」


 こうして俺、社会不適合者日本代表穢谷けがれや 葬哉そうやと学校一の人気者で学校一の腹黒春夏秋冬ひととせ 朱々しゅしゅのちょっとどころじゃなくおかしな物語が始まってしまったのだった。

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