初めてのガチャ
心臓がバクバク鳴っていた。
僕は一枚の護符を握りしめ、瞑目してより一層気持ちを高めていく。興奮が最高潮に達した時、この手に掴んだと僕は確信した。
クロルリこと
つまり何が言いたいかというと。
「ガチャが回したい」
これに尽きる。
いや、待ってほしい。これにはちゃんと理由があるんだ。ガチャを回さないと禁断症状が出るとかそういう話ではない。
既に言ったようにクロルリはRPGだった。RPGのすべてが激しい戦闘を前提とするわけではないが、ことクロルリにおいては、ソシャゲの常として、会話の途中でモンスターが襲い掛かってくるのがザラにあった。加えてその手の雑な導入は特に序盤のシナリオで顕著である。
可及的速やかにガチャを回し、戦力を補充する必要がある。
「だからこれは仕方がないことなんだ」
「はあ。そうですか」
残念ながら、僕の熱意はあまり通じたとは言いがたかったが、それでもお義理にでも相槌を打ってくれる
浄瑠璃姫の側仕えの女房の一人で、目覚めたばかりで右も左も分からない主人公につけられた世話役だ。
メタ的に言うとチュートリアルのナビゲーター。僕というイレギュラーが入ったことで、どうなるかなと思ったが、そこは変わらず、浄瑠璃姫が指示を出したのは阿通さんだった。
僕は内心で大喜びだった。
阿通さんは二十代半ばのおっぱいの大きいお姉さんである。とても重要なことなので繰り返すが、おっぱいが大きいお姉さんなのである。
作中でも五本の指に、否、三位以下を引き離す両巨乳の一翼である。
それもただ大きいばかりではない。おっぱい絵師と名高いイラストレーターによりデザインされた大きくも美しいおっぱいは、夏のあの日から二週間連続で売り上げランキング1位に導いた原動力である。
僕の財布からも数名の福澤先生が元気よく旅立たれた。
違った。違わないけど違う。
僕は何もおつうぱいの実物をこの目で拝んだ一点で、興奮して、歓喜しているわけではない。
阿通さんがお気に入りのキャラクターだったからというのもあるが、用があるのはチュートリアルの終わりに彼女がくれるアイテムである。
ならばやることは一つ。
「阿通さん。行者さま。神変大菩薩さま! どうか一筆、ガチャチケットもとい南斗の招神符を書いて下さい! 北斗の方ならもっと嬉しいです!」
僕はなめらかな動作で土下座した。
我ながら惚れ惚れする流れるような所作である。
「えっ、ちょっと、いきなりそんなことを言われましても……というかなんで私の黒歴史を知ってるんですか!」
よし。阿通さんの意表をつくことには成功した。この人が飄々としているようで、その実、わりと押しに弱いのは分かっている。
あとは泣き落としてでももぎとって見せる。
南斗の招神符は星6(SR)が確定で引けるガチャチケットだ。何を隠そうクロルリのガチャチケットは阿通さん自筆の護符という設定なのだ。
本当は特訓という名目の最初の戦闘が終わった後に、訓練を頑張ったごほうびとしてもらえる物だが、現実となった今なら、イベントの順番を前後させることも可能なはずだ。
僕は強く決意した。
くくく。主の恋人である九郎義経と同じ顔をした男が行う土下座という脅迫に彼女がどこまで耐えられるだろうか。
結論から言うと成功した。
それもあっさりとだ。
「まあ、元から差し上げるつもりでしたし」
曖昧な表情で阿通さん。
少なからず呆れられた気はするが、終わり良ければすべて良しだ。さあ、それじゃあ、幸先の良い終わりに向かうとしよう。
僕は南斗の招神符を握りしめ、全霊を込めてガチャを――招神の儀式を行った。
かつてないほどに気分は澄み渡っていた。今なら南斗の符では喚べないはずの最高レアの面々だって
頭の中で一筋の光が煌めいた。ハイレア召喚の確定演出だ。
「これだ!」
僕は直感に身を任せて虚空からそれを引き抜いた。
目を開き、自分が招き寄せた物を確認する。そして僕をこおりつく。
手にした護符は失われ、代わりに力強く優美な一振りの太刀が握られていた。
名を薄緑。源義経の愛刀と伝わる太刀である。
「リセマラだ! リセマラを要求する!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます