Lv.2「あたしの自信が崩壊待ったなしじゃないの」



 三月十四日、ホワイトデーの朝。


「よし、開けるぞ……」

「どうどう? 大丈夫そう?」


 恐る恐る開いたオーブン。

 その中には綺麗に焼けたクッキーが整然と並んでいた。

 よ、良かった……ついに、ついに成功した……!


「長い戦いだった……」

「見た目は良いけど、味はわからないよ?」


 苦労の末、ついにまともに焼き上がったクッキー。

 その一枚を手にとった瑞姫がぱくっと口に入れて、


「うん、合格だよ」

「よっしゃー!」 


 妹の合格点も出てくれた。

 これならお返しに使っても問題ない、はず。

 

「かなり時間がかかったけど、なんとかホワイトデーに間に合ったな」

「ギリギリまで成功しないなんて思わなかったよ」

「当日の朝までかかったからな……」


 ほんと、お菓子作るのって難しすぎ。

 まさか失敗したら、マジで食べるのに苦労する物が出来上がるとは。

 

「普通に料理する感覚で大雑把に作ったのが失敗だった……」

「うん。ちゃんと細かく測って、レシピ通り作らないきゃダメなんだよ」


 お菓子と料理は違うって言ってたもんなあ。

 世のお菓子作りが得意な人達は、毎回こんな苦労をしてるんだな、感謝しないと。

 ともかく、これで準備はおーけーだ。 


「よっし、後は袋に入れて……」

「今日中に渡すだけだね。頑張ってー」


 ふわぁ、とあくびをして、気楽に言う瑞姫。

 そのままキッチンを出ていこうとする妹を呼び止めて、


「まあまあ待ちたまえ」

「うん?」


 いま包装したばかりの、クッキーの入った袋を一つ手にとって、きょとんとした妹に差し出す。

 まずお礼を言うべきは瑞姫だもんな。


「ほい瑞姫。この前はチョコレートありがと」

「えっ……あ、ありがとう?」


 瑞姫は、思わず、って感じで受け取った後、俺とクッキーを二度見して、


「でもお兄ちゃん、これ私も手伝ったんだよ?」

「それは言わないお約束だ」


 メインで頑張ったのは俺なんだから許して欲しい。 


「それに、最初に渡したのが瑞姫だから、誰よりも最優先したわけだし! なっ!」

「……ううーん」


 瑞姫は調理器具と材料の散乱した、苦労の形跡が見せるキッチンを見回す。

 そしてふっと息を吐いて、


「しょうがないから、ギリギリ誤魔化されてあげるよ」

「さすがは我が妹」


 話がわかる妹でよかった。あ、片付けはちゃんと自分でしますんで。

 ――っと、それだけじゃなかった。


「これだけじゃなくて、まだあるんだよ」


 事前に準備した、プレゼント用に包装してもらったお返しを取り出す。


「クッキー作るの手伝って来れたお礼も入ってるけど、ホワイトデーのお返し」

「もらっていいの?」

「おうともよ」


 大したものじゃないから申し訳ないけどな。

 

「開けるよ? えっと……」


 丁寧に包装を解いた瑞姫は中身を見て、不思議そうに瞬きをした。


「……パスケース?」

「ああ、瑞姫も春から高校生だしな」


 瑞姫のイメージで、水色のパスケース。

 モンクのシュシュっぽく拳のマークが入ったのとかないかなーと思ったけど、全く売ってなかったね!


「一応、邪魔にならない物を選んでみたつもりなんだけど」

「う、うん。持ってなかったから嬉しいけど、私もお兄ちゃんと同じ高校なんだから、自転車で行くよ?」


 電車とか乗らないよ、と恐る恐る言う瑞姫。

 そんなことわかってるって。


「自転車通学で、普段は使わないからこそ、パスケースをプレゼントできるんだよ。毎日使うものなんて俺のセンスで選べないだろ」

「なんでそんなに自信ないの!? お兄ちゃんからもらった物ならちゃんと使うもん!」

「だから渡せないんだろーに!」


 普段使えるものを贈ると、気の利く妹はちゃんと使おうとしてるんだよ。

 だから外で使う物を贈るなら、使用頻度の少ないアイテムを選ばないと。


「電車に乗る時とか、電子マネーを使う時は活用してくれ」

「うん、毎日持って行くよ」

「だから毎日は持っていかなくていいんだけど」


 一応止めておいたけど、パスケースを嬉しそうに眺める瑞姫は全然聞いてない。

 そんなに喜んでもらえたら、選んだ俺だって嬉しいけどさ。


「……あ」


 もしかして、と思うことがあった。


「……みんなもこんな感じだったのかな」


 俺にチョコレートを用意しながら、ちゃんと喜んでくれるかなって心配して、俺が大喜びしたら安心して。そんなことがあったのかな。

 同じ気持ちを味わえるなら、この苦労も悪くないなって、そんな気がした。


   †††   †††   †††


 今日中に全員にお礼を渡す――っていうのはいいんだけど、誰から渡すとか、どこで会うとか、そういう予定は何も決まってなかったりする。

 いや、日曜にちょっと用がある、とは伝えてあるんだ。

 でもクッキーすら完成してない段階だったから、何時にって約束はできなかったんだよ。

 

「とりあえず連絡が取れた順に渡しに行くしかないかなー」


 携帯を手に持って、一人呟く。

 んー、でも朝も早いし、下手に連絡すると起こしちゃうかもなあ。

 バレンタインのお礼をするために、日曜の早朝から叩き起こすって……大いなる矛盾があるよな……。


「誰かログインしてないもんかな」

 

 起きてる人が居たら多分ログインしてるだろ、っていう安直な考えで、LAのクライアントを起動した。

 誰かログインしてたら、まずはその人から渡せばおっけーだ。

 と言っても、こんな朝早い時間、どうせ誰も居ないんだろうけど――。

 

◆シュヴァイン:おう、こんな朝っぱらから珍しいじゃねえか

◆ルシアン:いるぅ!

◆シュヴァイン:あ? なんだよ、変なリアクションじゃねえか


 たまり場にシュヴァインが居たー!

 そういやこいつ、空いてるからって理由で早朝に狩りをしてることがあったっけ。

 いやー、起きててくれて良かった、まずはシューから渡そう。


◆ルシアン:シュー、ちょっと話があるんだけど

◆シュヴァイン:俺様に話だあ?

◆シュヴァイン;ああ……なんかあるって言ってたな。どうしたよ?

◆ルシアン:実はさ……えーと……


 くっ、チャットでホワイトデーがどうのって言うの恥ずかしいしな。

 でもややこしい言い方をしてもしょうがないし、はっきり聞こう。


◆ルシアン:今からお前の家、行っていい?

◆シュヴァイン:……は? 家って、ゲームの?

◆ルシアン:リアルの

◆シュヴァイン:今から?

◆ルシアン:今から

 

 …………。

 チャットにしばらく間が空いた。

 やっぱ急に言うのは無理があったかな。


◆ルシアン:ダメなら別にいいから。ちょっと会えれば、ってだけで

◆シュヴァイン:待って、平気、平気よ、大丈夫なんだけど


 お、シュヴァインモードから瀬川モードに切り替わってる。

素になったシューはおろおろとその場を往復しながら尋ねてくる。


◆シュヴァイン:今からって、あたしの家に来るまでどれぐらいかかる?

◆ルシアン:んー、三十分はかかると思う

◆シュヴァイン:それだけあれば……うーん、でも……くっ……

 

 何やら悩んでるらしく、苦渋のチャットが漏れた後、

 

◆シュヴァイン:うん、いける! やってみせるわ! いつでも来なさい!

◆ルシアン:絶対にいけないリアクションだったと思うけど!


 そんな無理を言う気はないぞ!?

 

◆ルシアン:なんか暇そうだから、今からって言っただけで! 昼とかでもいいし!

◆シュヴァイン:平気よ! っていうか実際、今が一番暇だし!

◆ルシアン:あれ、今日は別の用事があるとか?

◆シュヴァイン:ううん、今を逃したら夜まで寝てると思うから

◆ルシアン:二度寝かよ

◆シュヴァイン:失礼ね、まだ寝てないわよ!

◆ルシアン:朝までやってたのかよ!


 それで起きてたのか!

 そりゃ今を逃したら、次のチャンスは夜になるよ!


◆シュヴァイン:さっき寝ちゃったけど、アコもずっと居たわよ

◆ルシアン:アコもか……

 

 あいつに渡すのは最後だな……。

となると、やっぱり瀬川には朝の間に渡しておきたい。

 本人がいいと言うなら今から行きたいな。


◆ルシアン:じゃあ悪いけど、今から行ってもいいか?

◆シュヴァイン:ええ、待ってるわ! じゃね!


 時間を惜しむように、シューはすぐにログアウトしていった。

 

「よし、俺も準備して行かないと……」


 ホワイトデー大連続クエスト、一つめ。ターゲットは瀬川茜。

 瀬川、喜んでくれるといいんだけど。


   †††   †††   †††


 前ヶ崎駅から二駅、駅から少し歩いた坂の途中にある建物。

 久々にやって来たのは、瀬川の住んでるマンションだ。

 その入口に、小柄なツインテールの少女が立っていた。


「ごめん、待たせたか?」

「だ、大丈夫よ……時間通りね……」


 少し荒い息を整えつつ、瀬川が言った。

 ツインテールがゆらゆらと不安定に揺れて、普段は勝ち気な表情も多少疲れて見える。


「会った瞬間からお疲れに見えるんだけど……」

「色々と準備の最短記録を更新したわよ、さすがあたし」

「いやもう、ほんとごめん」

 

 朝っぱらから女の子の家に押しかけたら、そりゃ迷惑だよな。

 休日だと思って気を抜いてただろうに申し訳ない。


「あんたの場合はしょーがないわよ。身近に居るアコも妹ちゃんも、すっぴんで可愛い特殊モンスターなんだから」


 はー、とため息を吐く瀬川。

 彼女はぴっと俺の顔に人差し指を向けて、


「でもあたしはちゃんとジョブチェンジしないと戦えないのよ。そういう子の方が多いんだから覚えときなさい」

「……そーかなあ」


 最終的にはすっぴんも強いのでは、と言いたいわけじゃなく。

 アコとか瑞姫が素で可愛いのは確かなんだけど、瀬川の風呂上がり、寝起きも見たことあるんだ。でも何も問題もなく可愛いままだったと思うよ?

 それはともかく、朝も早いし、変に時間はかけないでおくか。


「で、話なんだけど……」

「ああ、待って待って」


 話し始めようとした俺を遮って、瀬川はとんとんと後ろに下がっていく。

 そしてガラガラと開いた自動ドアの方に手を向けて、


「ここまで来てもらったのに、ロビーで話ってわけにもいかないでしょ。お茶ぐらい出すから上がってって」

「急に来たのにそこまでしてもらうわけには……」

「いーからいーから。わざわざ片付けたのにあんたが来なかったら意味ないでしょ」


 ほらほら、と手招きされた。

 そう言うならお邪魔させてもらおうかな。こんな人通りがあるところで渡すのもちょっと恥ずかしいし。


 二人でエレベーターに乗って、八階へ。

 久しぶりに見た『瀬川』という表札に、なんだか懐かしさがあった。

 あれは西村家が完成した頃だから、半年ぐらい前になるかな。


「どーぞ」

「お、お邪魔します」


 瀬川の家に来たのは二度目だ。

 前回は他に女子が居たからまだ気楽だったけど、俺一人だと結構緊張するな。


「日曜だけど、お父さんは居ないから」

「それは助かる、本当に」


 女友達のお父さんに出くわすとか、マジで怖いし。

 まだアコのお父さんですらちょっと気まずいのにさ。

 と、ちょうどその時。


「茜ー? 友達来たの?」


 声と同時に、奥の扉からひょいっと顔を出したのは、瀬川のお母さんだった。

 相変わらず小さい人だなあ。うちの母さんよりはかなり大きいけども。


「どうも、お邪魔してます」


 軽く頭を下げる。

 瀬川のお母さんは、俺を見てぽんと手を叩き、


「あー! 君、前に茜が連れてきた子?」

「はい、西村です」

 

 答えた俺をしげしげと見つめて、お母さんはにこーっと笑った。

 あ、なんかこの笑い、悪い予感がする!


「なーんだー、やっぱ茜のカレシだったの?」


 あああああ! やっぱりか!

 そうだった、なんかこんな感じの人だったよ、瀬川のお母さん!


「違います!」

「違うわよ!」

 

 特に打ち合わせたわけでもなく、二人同時に答えた俺達。

 母さんはそんな俺達を不思議そうに見て、


「そんなに仲良さそうなのに、付き合ってないの?」

「どうして仲良いと付き合うことになんのよ」

「なんで仲が良いのに付き合わないの?」


 うわあ、この親子、全然話が噛み合ってない!

 ズレた会話を先に諦めたのは瀬川(娘)の方で、


「あーもー! ほんとお母さんは話が通じないんだから!」

「まーたカリカリして。あんたもお母さんの娘なんだから、そのうちわかるわよ」

「一生わかんなくていーわよ」


 ふんと鼻息も荒く、瀬川は玄関に上がり、そのまま部屋の方へと歩き出した。


「ほら、何やってんの西村」

「うい。じゃあ失礼します」

「ゆっくりしてってー」


 ひらひらと手を振るお母さんに見送られ、一度入った瀬川の部屋にお邪魔した。


 前に来たのは先代のPCであるさらまんだーが亡くなった時だ。

 あの時は焼け焦げた臭いが充満していたと思うけど、今回はちゃんと女の子っぽい匂いがする。

 小ざっぱりとしてちゃんと片付いてるけど、クローゼットの下から服の端っこが飛び出してるのは……気づかなかったことにしよう。急に押しかけてごめん。

 

「んじゃその辺に座ってて。お茶入れてくるから」

「はいよ」


 瀬川を見送って、テーブルの前に置かれたクッションに腰を下ろす。

 と、ベッドで転がっている黒猫と目が合った。

 ポポリー、だっけ。俺が来ても転がったままで、相変わらず懐っこい猫だな。


「お待たせ。家探しとかしてないでしょーね」

「残念だけど、猫に監視されてたから何もしてない」

「なるほどね。よーしよし、偉いわねー、ぽぽりー」


 わしゃわしゃと撫でられて、黒猫は嫌そうに身じろぎをしていた。

 瀬川はひとしきりポポリーを愛でた後、俺の前にお茶を出しつつ言う。


「ごめんね、お母さんが変なことばっかり言って」

「別に、全然。なんか独特なお母さんだな」

「もーね、頭が女子脳っていうか、お花畑っていうか、ハッピーセットっていうか……」

「らんらんるー」

「どなるどまじっくしてやりたいわ」

 

 お前の中で、どなるどまじっくをすると何が起きる想定なんだ。

 

「普段から、若い頃は男が途切れたことなくてー、みたいな話を平然とする親なのよ。親の恋愛経験とか聞きたくないのに」

「俺も親の馴れ初めとか知らないなあ」


 聞きたいかと言われると微妙なところなんだよね。

 いつかは知っておきたいとは思うけど。


「ま、アコの両親の馴れ初めは知ってるけど」

「なんでそっちは知ってんのよ」

「めっちゃ聞かされたんだよ……」


 アコのお母さんが、それはそれは嬉しそうに語るし、アコも真面目な顔で聞くんだもん。

 聞けば聞くほど、アコのお父さんは本当に苦労したんだなあと思うけど。


「ま、それはいいわ。先にあんたの話ね」


 瀬川はその場で座り直して、


「話って何? アコと喧嘩でもした? それとも奈々子とアコがついに揉め出したとか? まさかアコがリアルを諦めてネットに生きるって言い出したとか……」

「なんで俺の話は全部アコ関係なんだよ」

「他にないでしょ」

「基本的にはそうだけど今回は違う!」

「ま、そうよね。アコも普通だったし」


 朝までいっしょにゲームしてたんだもんな。

 で、ええと。俺の用事っていうのは。


「話っていうのは、その……」

「その?」

「あの……」

「何よ、笑わないから言いなさいって」


 真っ直ぐに俺の方を見る瀬川。

 くっ、本人を目に前にすると恥ずかしいな。瑞姫なら平気だったのに。


「なんというか……先月、バレンタインデーだっただろ」

「そーね」


 目の前の彼女は、あれは苦労したわー、としみじみ言う。

 それはチョコ作りなのかダンジョンの方なのかはともかく。


「瀬川も俺にチョコくれただろ?」

「渡したわね……ちょっとテンション上がってやり過ぎた気がするけど……」

「教室中大騒ぎだったからなー」

「今はもう落ち着いたけどね……あれ?」


 一月前を思い出すように言った瀬川は、おや、と壁にかかったファンシーなカレンダーに目を向けた。

 ツインテールがふわっとひるがえる。


「あ……うん? え?」


 ホワイトデーのこと、気づいたっぽい。

 俺は鞄からお返しの袋を出した。

 よ、よし。ここまで来て誤魔化してもしょうがない!


「その、チョコありがとう。ホワイトデーだから、これお礼な!」

「えええっ」


 俺からのお返しを受け取ることもなく、瀬川は座ったまま何センチか後ろに下がっていった。

 そんな驚かなくてもいいじゃないかよう。


「あんた、そのために来たの!?」

「そりゃホワイトデーだし。どうぞ」


 改めて差し出すと、瀬川はおずおずと受け取った。

 二つの小さな袋をじっと見つめた後、


「あ、ありがと……うわ、嬉しいわね、これ」

 

 ふにゃっと、緩んだ微笑を浮かべた。

 喜んでくれたのは凄く嬉しいんだけど、なんか微妙にドキドキするので、二人っきりの時にそんな可愛い顔はしないで欲しいです。


「っていうかさ、今日はホワイトデーなのに、そのために来たって考えてなかったのか?」

「そもそもチョコを渡すのが初めてだったから、お返しとか想定外よ」

「お前は俺か」


 さすが相棒だわ、考えてることが同レベルだ。

話しつつ、瀬川は中身の見える袋を持ち上げて、


「えっと、これはクッキー? 大丈夫? 食べて平気?」

「不安なら先に毒味するぞ」

「味が不安ってより、あたしより美味しかったらどうしようって」

「一応、妹の合格点は出たけど」

「それヤバいでしょ。あたしの自信が崩壊待ったなしじゃないの」

「まず何がどうなって自信を持っちゃったんだよ」


 崩壊するほどの自信があるなら、それがおかしいのではなかろうか。

 しかし瀬川は、むー、と不満そうに、


「だってあたし、チョコは美味しくできたじゃない」

「ああ、うん……そうだな、美味し……美味しく……できて……たな……」

「なんでそこまで複雑そうに言うのよ!」

「だってさあ……」


 実際のところ、チョコレートは美味しかったんだよ?

 美味しかったんだ、美味しかったんだけどさ。


「なんか味が不安定で、やたらマズイのも入ってたから」

「本当に? 普通に作ったのに、なんで味にブレがあるのよ……」

「さあ……?」


 どうしてまとめて作ったチョコレートで味にバラツキがあったんだろう。

 一番酷いのは食うのがキツイぐらいの味だったし。もう土みたいな。


「全体としては美味しかった、と思うぞ?」

「……うん、わかったわ。ちょっとクッキーは心の準備ができてから食べる」

「あい」


 味は大丈夫のはずだから、腐る前に食べてください。

 で、と瀬川はもう一つの袋を持って、


「こっちは?」

「クッキーだけだと何だし、ちょっと贈り物的な」

「気が利くわねー。西村じゃないみたい」

「お、俺だってたまには頑張るし!」


 考えたのは瑞姫だけど!

 引きつった笑みを浮かべる俺を不思議そうに見つつ袋を開けた瀬川は、中身を確認してきょとんと言う。

 

「……これ、ヘアゴム?」

「そうそう。あんま高い物だと重いかなって」


 いつもツインテールにしている彼女に、ヘアゴムはあって困るものじゃないだろうと思ったんだ。イメージとしても想像しやすかったし。

 でも瀬川は、じーっとゴムを見つめて何も言わない。


「…………」

「あの、気に入らなかった?」

「………………」

「瀬川さーん?」

「………ぷっ、ぶふっ」

 

 笑った! 笑ったぞこいつ!

 

「なんで笑うんだよ!」

「これ、っ、全然、あたしの好みじゃない……ふっ、くっ……」

「そんなに!? いかんのか!」

「いかんでしょ。これ可愛すぎよ、花とかついてるし」

「まあ、いつも使ってないのを選んだけど……」


 確かに普段の瀬川は、リボンつきのヘアゴムでとめるか、シンプルなゴムで留めた後でリボンをつけてるぐらいだ。

 髪型の割に、可愛いイメージのアクセサリーは使ってない。

 だから、たまには可愛いのを使ってもいいんじゃないかなーと思ったんだ。


「好みじゃなかったか……そっか、ごめん……」

「なんで凹んでんのよ」

「使えないもの選んじゃったなーと」

「別に使えないわけじゃないわよ。それに、これでいいの」


 瀬川はくすくすと笑って、ヘアゴムについた大きな花を一撫でする。


「こんなのあたしは絶対に買わないんだから、一目であんたがくれたってわかるでしょ。紛れてわかんなくなるより、この方が嬉しいわ」


 そのまま大切そうに持ち上げて、胸元に抱いて言った。


「大事にするわ、ありがとね」

「……はい」


 なんだか恐縮しつつ、俺も頷く。

 贈った物そのものより、俺の気持ちに喜んでくれたような感じだった。

 ちゃんと使えるものを贈れば良かったなーと後悔しつつ、でも選んだ物の良し悪しとは別に喜んでもらえたのが嬉しかったりもして。

 あああ、なんだか妙に恥ずかしい気分!


「じゃあ長居しても悪いし、そろそろ帰るな」


 瀬川のお母さんに変な誤解をされても困るし。

 そう立ち上がろうとした俺に、瀬川の声がかかった。


「あ、待って!」

「ん?

「こうして部屋まで来てくれたあんたに、ちょっと頼みたいことがあるの」

「俺に頼み……?」

「そ。あんたにしか頼めないことよ」

「また大げさな」


 俺にしかできないことなんてないだろうに。

 しかし瀬川は真剣に、しかしどこか恥ずかしそうに言う。


「本当よ。あんたに……西村にだけは、あたしの大事なもの、見せられるから」

「瀬川……」


 頬を染めて言う彼女に、すべてを理解した。

 瀬川の部屋で二人っきりで、俺にだから見せられる大事なもの。

 そうか、そういうことか。


「ばはむーとの調子、悪いのか……」

「パソコンの中身を見せられるのなんて、あんたぐらいだからね……」


 それはクエスト続行のお知らせだった。

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