5 たっぷり死んで

 監視カメラの映像には、今から3時間ほど前の広間の様子が映されている。

 残念ながら、音は記録されていない。


 広間では大勢の着飾った人々が、楽しげに歓談している。

 不意に、30代半ばほどの男がひとり、仰々しい身振り手振りで部屋の中央へやってきた。それを皆が拍手で出迎えている。


 男に指示されて、部屋の中央からテーブルが避けられた。

 続いて、男は手に持っていた鞄からいくつか道具を取り出した。紙片と、蝋燭と、小瓶である。

 男は蝋燭を等間隔に6つ、床に置いた。

 

 そして、その蝋燭同士を繋ぐように、小瓶の中の液体を垂らして、繋いでいく。

 やがて床には六芒星が描かれる。

 男は立ち上がると、部屋中に向かって再度、大きな身振りでこれから行う行為の前振りをする。そうして、床に描かれた六芒星に向かって、両手を広げる。


 すると、六芒星の中央に、なにやら丸い、とても可愛らしいふわふわした饅頭のようなものが現れる。


 周囲の人々のリアクションは様々である。

 ただただ拍手するもの。

 遠巻きにそれを撮影するもの。

 詳しくみようと、身を乗り出すもの。


 男が手招きすると、人々の中から、ひときわ絢爛な服を纏った東宮寺心愛が出てくる。男は彼女に対して、そのふわふわしたものを差し出すような身振りをする。

 いつのまにか、ふわふわしたものから1本、幹のように太い腕のようなものが生えている。さっきまではなかったはずだ。

 しかし、その変化に気がついている様子のものは居ない。


 心愛はうれしそうな顔をして軽く礼をすると、また人々の中に引っ込んでいく。

 男は紳士めかした礼をする。

 画面手前に映っていた老女が姿を消す。

 腕が2本になる。


 誰も老女が消えたことに気づかない。

 何の前触れもなく、男が姿を消す。

 腕が3本になる。


 誰も男が消えたことに気付かない。

 画面奥に映っていた、若い女が姿を消す。

 腕が4本になる。


 人々がふわふわしたものに近づいてきて、思い思いに、つついたり、なでたり、まさぐったりする。

 人々が次々に消えていく。

 腕が5本に、10本になる。

 誰もそれに気が付かない。

 腕は増えていくにつれて、既に生えていたものも含めて、徐々に細くなっていく。


 やがて、部屋の外から館の主である東宮寺と、彼の親友であり、客のひとりである瓜置警部補がやってくる。

 すぐに部屋の異変に気付いた様子で、なにやら言うが、誰も彼らの言っている意味が分からないらしく、肩をすくめる。

 瓜置警部補がどこかへ電話をしている。

 人々が消え、腕が増える。


 部屋の外から波岸刑事が現れ、何か指示を受けて、外へ出て行く。

 瓜置警部補が消え、腕が増える。

 腕の数は50本近い。

 いまやどの腕も枝のように細い。このまま腕が増えていくと、やがて糸のような太さになるのだろう、と想像できる。

 しかし誰もそれに気付かない。最初は騒いでいた東宮寺も、やがて異変を異変と認識しなくなり、残った人々と何事もなかったかのように歓談しだす。

 やがて部屋には、東宮寺、神林、メイドの竹美の3人だけになる。

 部屋の扉が開く。波岸刑事と一緒に、私、経堂が入ってくる。


「なるほど」

 明が頷いて、再生停止ボタンを押した。

 警備員室にはいくつものディスプレイが置かれ、館中の監視カメラの映像が映し出されている。

 しかし、いずれのディスプレイの中にも、人影は映されていない。

 エントランスにも、広間にも、廊下にも、駐車場にも、誰もいない。

 館にいたすべての人間が、消失してしまったのだ。 


 これはなんとも厄介そうな相手である。

 一筋縄はいかないだろう。

 一度撤退して、しっかりと装備を整えてから挑まなければ。

 こういうとき、師匠が居てくれれば心強いのだが……。

 そんな風に思ったとき、ふと、違和感を覚えた。

 なぜ師匠がいないのだろうか?

 なぜ自分しかいないのだろうか?


 どうして、を差し置いて、ただの助手である自分、実山明だけがここにいるのだろうか?


 明は自分がここに来るまでの経緯を思い出そうとした。

 しかし、いくら考えても何も思い出せない。

 深呼吸しながら、広間に戻ってきた明は、部屋の中を見渡す。

 当然、ここには誰も居ない。当たり前である。

 

 明は部屋の中央にある、もふもふしたものを見下ろした。

 見ているだけで、幸福な気持ちになる、すばらしいもの。

 明は腕の数を数える。

 

 

 明がそう思ったときには、広間にはもう、明の姿はなかった。

 

 広間には、もう誰もいなかった。

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