3 さらに死ぬ

 私はとりあえず、パーティの会場となっていた広間を調べてみることにした。


 広間はほぼ正方形をしており、出入り口はエントランスへと通じる両開きの扉だけ。たったいま、竹美が出て行った扉だ。

 テーブルの周りを歩いていくと、あらゆる椅子は引き出され、汚れたナプキンがいくつも放置されており、さらにストールやらハンカチといった、持ち主が居たはずのものが、いくつも転がっている。

 やはり、かなりの人数の人間が、この場所に居たのだ。彼らはどこへ消えてしまったのだろうか。


 広間をくまなく調べてみたが、特にこれといって、誘拐犯や催眠術に関する手がかりは見当たらなかった。

 ただひとつ、私が手を付けていない場所があった。

 広間の中央である。


 さきほどから、何度となくそこへ足を運んではいるのだが、どうにも調査よりも、もふもふしたものを触る行為――もふることばかり一生懸命になってしまい、調べることが疎かになってしまっていた。

 私はポケットから皮の手袋を出すと、それを両手に嵌めた。

 そうすると、多少気持ちが律せられ、背筋を正し、事態に対してより真摯に取り組もうという気持ちになれるのだ。

 あと手袋をしていると、あんまりもふっても気持ちよくないから、もふろうという気持ちが削がれるという効果もあると思う。


 広間の中央からはテーブルが故意に移動させられた痕跡があり、おそらくは誕生パーティの最中に、広間の中央にスペースを設ける必要に迫られ、そうしたのだろうということが想像できる。


 さらに広間の中央には、もふもふしたものの他にも、ふたつ注目すべき点がある。


 まずひとつ目は規則的に並べられた六本の火の消えた蝋燭と、何らかの血液で描かれた魔法陣である。

 蝋燭と血液で描かれているのは、六芒星である。

 それらは、もふもふしたものを囲むように描かれている。

 おそらくは、このもふもふしたものを、生贄にしようとしたのではないだろうか。

 人間というのは、どうしてここまで残酷なことが出来るのだろうか。

 私は生贄にされたもふもふしたものの事を思い、歯噛みした。

 私の思いに反応するかのように一瞬、の腕が揺れたように思えた。


 そしてもうひとつの注目すべき点。

 それは六芒星の横に置かれた、古びた紙片である。

 私はそれを手に取った。

 そこにはまったく見たことのない文字がびっしりと書かれている。

 裏返してみると、どうやら表に書かれた文字を訳したらしい日本語が書かれていた。


『可愛いルト・イネカの召喚

 

 とても可愛らしいルト・イネカを呼んでみよう! それは楽しい!

 すごい毛並み! 柔らかい! 幸せを与える! 

 プレゼントに最適! 好きな娘を手に入れる!

 

 ■試してみる。

  準備。用意しよう。2つ。

   ①いくつかの意味ありげな照明器具。

   ②その星に住む意味ありげな生命体の血液。


 ■やろう!

   ①照明器具で意味ありげな図形を描く。(素敵な図形にしよう!)

   ②照明器具と照明器具の間を、意味ありげに血液で繋ごう。

   ③『とても可愛らしいルト・イネカ。こんにちは!』と唱えよう。


 ■おわり


 *注意しよう!

  大丈夫! 

  ルト・イネカはとても平和な生き物です。大丈夫!

  大丈夫!

  さようなら!』


「なるほど」

 私はひとつ、大きく頷いた。


 そういうことだったのか。

 つまり、このルト・イネカというものを呼び出すだとかいう、荒唐無稽なことをするための材料として、このもふもふしたものは殺されてしまったのだ。

 意味ありげな生命体の血液を得るために。

 このもふもふしたものも、被害者の一人だったわけである。

 私はこの愚行に対し、静かな怒りを覚えた。


 不意に広間の扉が開いた。

 そこに立っていたのは、私のよく知る実山みのりやまあきら少年だった。彼には、私の仕事の手伝いなどをよくお願いしているのだが、しかしどうしてこの場所にいるのだろうか。今回の仕事に連れてきた覚えはない。


 そもそも私は、扉を開けて現れるべきは、別の人物だと思っていたのだ。とはいっても、それが一体誰なのかは、もう思い出せないのだが。


「経堂さん、言われたとおりパーティの参加者と、外に止まっていた車のナンバーを照合してみましたが、特に怪しい車は止まっていませんでした。すべて参加者の車です」

 明はよく通る声で言った。

「????」

 私は、明が一体なにを言っているのか分からず、大変困惑した。

 私に言われた通り? 私が一体、彼に対して何を言ったというのか。


「経堂さん、その目……。これは認識改変系の催眠攻撃ですね? それも強力な」

 明はそういうと、ポケットからスタンガンを取り出した。


 私は明へ、催眠攻撃にあった際の対策として、スタンガンを用いてショックを与えるよう教えていた。だから、彼が私に対して、催眠攻撃から目を覚まさせるために、スタンガンを用いるのは、なんら問題はないのだが――


 ただ、私は自分が催眠に掛かっているとはとても思えないし、そもそも実際にこうして、スタンガンを持ち出されると、とても恐ろしかったので、慌てて逃げ出した。 

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