ウチの嫁さんは魔王様

仙道 蒼真

第1話 怒らすと怖いウチの嫁さん

魔王。

それは恐ろしく、凶悪な存在としての象徴。無慈悲で、冷酷で、全ての悪魔を統べる強力な力の持ち主。物語では決まってラスボスを演じ、勇者達の希望を絶望に変える。世界を支配するのが目的で、多くの人々を恐怖のどん底に陥れる存在だ。顔は厳つく、ガタイは良く。何か特別な武器で無いと対抗出来ない。……などなど。

魔王に関するイメージは、どれも凶悪な姿を連想させる物ばかりだ。

これの一部は人間の一般人の間違った認識であり、かく言う僕もその間違った認識をしていた内の1人だった。そう、昔はそうだったのだが今は違う。

実物の魔王を見れば分かる。魔王は決して厳つくも無いし、冷酷でも無い。むしろデロデロに酒で酔っ払って、部下の愚痴を旦那に撒き散らすだらしの無い存在だ。

別にこれは僕の妄想でも無いし、虚言でも無い。嘘偽り無い事実なのだ。

しかし、なんでそんな事を僕が知っているのか。答えは簡単だ。


「ただいまぁ~」

「おかえり。思ったより遅かったね」

「会議が長引いたのぉ……疲れた疲れた疲れたぁー!」


これがウチの嫁さんのクラリス。巷で言う所の魔王だ。人目の付くところでは人間の姿をしているが、自宅では本来の姿……つまり、悪魔剥き出しで過ごしている。見事に一般人のイメージとは全然違い、威厳と言うかおごそかさが全然無い。むしろ可愛いまである。てか可愛い。ロングで少し落ち着いた色の金髪に、赤く輝く瞳。顔も良いし、出る所は出て締まるところは締まっ……最近は締まって無いかも。捻れる様に生えた角は悪魔っぽさをより出し、黒い尻尾も生えている。落ち着くと大人っぽさが出て妖艶なのだが、愚痴をばら撒く時はまるで子供だ。まぁそんなギャップもウチの嫁さんの可愛い所なんだが。


「はいはい。ご飯出来てるから食べよっか。愚痴はちゃんと聞くから」


そう言って2人一緒にテーブルに付く。


「……いただきますぅ。全くあのクソ側近ったら……こっちは早く帰って癒されたいのにわざわざ会議長引かせる事言いやがって……あームカつく!」

「はいはい、食事中は怒鳴り散らさないの。食後にお酒飲みながら近隣の迷惑にならない程度に怒鳴ってくださいな」

「むぅー。分かったわよ……その代わり後でマッサージしなさいよ。やたらと重い装飾のせいで肩凝っちゃったの」

「お安い御用ですよ魔王様。風呂上がりにするから、早くマッサージして欲しいなら早めにご飯食べちゃってね」


クラリスが愚痴りながら5分経つと──


「……ごちそうさま!」

「早くない? いくらなんでも早すぎない?」

「魔王の胃袋舐めんじゃないわよ? 伊達に昼抜きになった訳じゃないから」

「そんなに豊満な胸張られてもお酒とお摘みしか出さないよ? あと無理な減量はリバウンドを引き起こすからね?」


僕も少し遅れてご飯を食べ終わり、クラリスに酒とお摘みを出す。クラリスは酒を豪快に飲んでお摘みの枝豆を毟る。僕はクラリスの愚痴を聞きながら食器を洗い、その後に少し酒を飲む。もう30分も経ってるよ。


「だいたい、なんで私が会議に出席しなきゃなんないのよ!? どうせ私の意見聞かずに進めるんだから私必要無くない!? ロッゾもそう思うでしょ!?」


魔王大荒れである。


「うーん……やっぱり魔王って悪魔の象徴じゃん。悪魔の中で一番強いのは魔王なんだから、下の悪魔達の反感を買い辛いんだよ。クラリスも部下からグチグチ言われるのってめんどくさいと思うでしょ? それは多分会議に出席してる人達も一緒だから、クラリスにも来て欲しいんじゃない? 僕はそう思ったけど」

「ぐぅの音も出ない程完璧な回答ね。聞いてて納得しちゃったじゃないの。スッキリしたから今日はこのぐらいにしておいてあげる。お風呂入ってくるわ」

「行ってらっしゃい。お酒臭いから風呂でちゃんと歯磨きしなよ?明日仕事無いからって放っておくとマッサージしないからね」

「分かってるわよ。着替え出しといてね」

「はいはい。お気に入りのパジャマでいいかな?」

「下着は勝負下着でお願い。今日は寝かせないわよ☆」

「僕が死なない程度にお願いね」


クラリスが風呂場へと向かう。僕はクラリスの指示通りに、勝負下着とお気に入りのパジャマを着替えのカゴに入れた。ついでに僕とクラリスのタオルを起きリビングへと戻る。

以前夜の方でクラリスの相手をしたが、休ませてくれずに絞り尽くされ干からびかけた。あの時は魔王の恐ろしさを痛感したなぁ。

クラリスが風呂から出たので、僕も風呂に入る。僕は風呂で好きな歌を熱唱するが、たまにクラリスが盗み聞きして恥ずかしくなるので最近は警戒しながら歌っている。

風呂から出るとクラリスは寝室の布団にうつ伏せで寝っ転がっていた。寝室は畳になっている。僕も隣に敷布団を敷いて寝るが、クラリス曰くたまにイビキが凄くなるらしい。寝れないレベルで酷いそうだ。そういう時はクラリスが僕をたたき起こし、僕は泣く泣くリビングで寝るハメになる。


「早くしてよね。肩凝り過ぎて死ぬ」

「それは困るよ。君に死なれちゃ僕はこれから生きていけない。だから僕の指圧スキルで魔王を助けるッ!」

「いいだろう! 掛かってこい勇者よッ! さぁさぁ! 全力で妾を癒せぇ!」

「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


盛大な掛け声と共にいい感じの圧力でクラリスの首の付け根を押し込む。


「あ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"~ そこそこぉ~」

「もうちょい強くする?」

「だぃじょぅぶぅ~」


クラリスが気持ち良さそうに答える。

一通り肩をマッサージしたら、ついでに腰のマッサージも頼まれた。


「クラリス……やっぱり最近太っt──」

「それ以上言ったら明日の朝、アンタ干からびてるかもよ?」

「ゴメンなさいゴメンなさいマジすみませんめちゃくちゃ反省してます」

「分かれば宜しい」

「おぉ……なんと寛大な……感謝します」

「感謝したまえ」


腰のマッサージも終わり時刻も12時を回った。そろそろ夜戦が始まる時間だ。

明日干からびてなきゃいいなぁ……。



そんな淡い希望を抱きながら、僕とクラリスの長い夜が始まった。

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