第5夜 月と太陽と光の粒

 キラリ、ひらり、と光の粒と、紙切れが宙を舞う。

 色とりどりの、小さな四角。小さな三角。光の粒つぶ。

 集まっては消えていく。

 時間が決まっているわけでもない。

 日にちが決まっているわけでもない。

 けれど、光の粒と紙切れは、集まっては、消えていく。


 何故ここに集まるのか。

 何故ここにあるのか。

 それが、何処に行くのか。

 僕は知らない。


 世界は


「知らないことばかり」


 降ってくる光に指先が触れるものの、ものの数秒でそれは消えてしまう。

『彼ら』がいう「真冬に降る雪」のようだ、とぼんやりと考える。

 これもまた、バクさんたちの、力なのだろうか。


 あのとき、琥珀先輩は、此処で、この光を見て何を思っていたのだろうか。


 誰を、想っていたのだろうか。


 ー 例えばこれが、この世界の涙だとしたら、凪はどう思う?

  「涙、ですか?」

 ー そう、わたしたち夢渡しや、共に生きるバクたちの、流した涙の結晶なのだとしたら、君はどう思う? どう感じて、何を考えて、誰を思う?

 

 

 そう僕に問いかけたあの日の先輩は、

 誰を想っていたんですか。


 その答えに返事などなくて、

 僕は、手のひらの光の粒を、握りしめた。



「ここで、11ヶ所目」


 ユウ爺さんたちとも、御影とも別れたあと、先輩が、行ったと思われる場所を、僕は巡る。

 琥珀先輩の痕跡を探すように

 琥珀先輩の気配を探すように


 あの日の先輩の手を、握りしめられなかった代わりに、僕は探す。


 みんな、声には出さないけれど、諦めろという。

 どうして。

 それがこの世界の理だから。

 どうして。

 いつも誰も、帰ってこないから。

 どうして。


「僕が傷つくだけだから、か」


 皆みんな、口を揃えてそう言う。

 前も同じだったから、と。

 けれど、今回は違うかも知れない。

 先輩は、帰ってくるかもしれない。


 ユウ爺さんも、言葉にはしなかったけれど

 琥珀先輩は、帰ってこない。

 そう言っていたように聞こえた。

 でも、それでも僕は、探し続けている。



 ヒタ、と光の粒が、頬に当たる。


 ー 見つからないんだ。この世界の、何処にも

 ー 琥珀を、大切にしてくれて、ありがとう。凪くん


 けれど、もしかしたら。


「分かっていないのは、僕のほうなのかも知れない」


 琥珀先輩がこの世界から、消えた、ということは

 先輩は、逢いたいと願ったあの人に会えたのかもしれない。


 琥珀先輩の幸せが、

 この世界に、この場所に戻ってこないことならば

 先輩が、幸せなら、

 僕は、探すべきでは、ないのでは。


「先輩……」


 いま、どこですか。

 好きな人に、会えましたか。


 いま、幸せですか、


 誰に問うでもない、僕の呟きに、

 光の粒たちだけが、応えた。




「あ、凪、やっと来たぁ」


 何の収穫も得られないまま、光の粒まみれのまま歩いていれば、前方に見知った人影が見える。


「リリス」

「凪ってば、身体中に粒だらけじゃない」

「え、ああ……うん」


 パタパタ、と身体をはたく僕を見て、リリスはほんの少しだけ、表情を変える。


「リリス、何処か痛いの? 大丈夫?」


 痛くて、泣きたい。

 僕を見てそんな表情を浮かべたリリスにそう問いかければ、「大丈夫よ」とリリスは笑う。


「それにしても。ね、私の勘、すごくない?」

「勘だったの?」

「そう! なんだか凪が居そうな気がして」

「……そう」


 ふふ、と笑った彼女の笑顔は、眩しい。

 自分を日陰と表現するのなら、琥珀先輩は月でリリスは太陽だ。


 長い昼間に、ギラギラ、ジリジリと肌を焦がすように照らす太陽ではなくて、その季節の、ほんの少し前の太陽。

 葉たちが光を受けて、輝きを返す。

 そんな季節の、太陽のよう。


「というか、リリス……?何でここに?」

「何でって、居ちゃダメ?」

「いや、ダメではないけど。でも君、確かこの前の編成で地区長補佐の候補生になったんじゃ……」


 引き継ぎ期間だし、忙しいのでは。

 そう問いかければ、当の本人のリリスが、きょとん、とした表情を浮かべたあと、口を開く。


「え、だって、今日は凪の独り立ちの記念日でしょう? お祝いの日だもの。候補生だからって凪のお祝いに行かない選択肢、選ぶわけないじゃない?」

「…ええと…」


 そういうもの? と首を傾げた僕に、リリスは「そういうものなの」と彼女は僕の手をぎゅっ、と握る。


「凪ももうお仕事終わりでしょう?」

「え、いや、まだ残ってる」


 そう言って、予定リストを取り出すものの、真っ白になっている。


「……あれ?」


 あと数件。しばらく時間をあけたあとにあったはずだ。

 決して悪すぎるわけではない記憶力をフル稼働させながら、紙束を捲る。

 そんな僕の手の中のリストを覗きこみながら、「あ」とリリスが小さく呟く。


「?」

「凪、これね、全部、終わってる」

「へ?」

「さっき、私がこれもコレもそれもやったもの」

「え……」


 どういうこと、とリリスの言葉に、思わず固まっていれば、「ああ、えっとね」と彼女が何かにリストを指さしながら呟く。


「これ、カペルと御影からのプレゼントみたい」

「プレゼント?」


 間違えたリストが? しかも二人から?

 そんなこと、聞いたこともないし、二人からとか、地味に怖いんだけど。

 リリスの言葉に思わず呟けば、リリスがふふ、と小さく笑う。


「凪の自由時間、増やしたかったんじゃない?」

「……僕の…」

「あの人……琥珀さんのこと、探してたんでしょう?」


 そう言って、僕の瞳を見たリリスが、泣きそうな顔をしたあと、僕の手を握りしめる。


「リリス」


 どうして君が、泣き出しそうなの。

 琥珀先輩みたいな色を浮かべたリリスの瞳に、僕はその言葉は、紡ぐことは出来ずにいて。


「ねぇ、凪」

「なに?」

「私ね、凪が好きよ」


 聞き慣れたリリスの声が、いつもと違って聞こえた気がする。


「……僕も好きだよ?」

「うん。知ってる」


 ちょっと違うんだけどね、と静かに笑いながら言うリリスに、「違う、とは

?」と言葉を返せば、「なんでもなぁい」と彼女はいつものように笑う。


「じゃ、一緒に行きましょ」

「え」

「え、って、私と一緒じゃ、イヤなの?」

「イヤじゃないけど」

「じゃあ問題なしね!」


 ふふ、とさきほどのまでの表情は消え、嬉しそうに笑うリリスに、なんだったのだろう、と繋がれた手を握り返せば、リリスはさらに嬉しそうに笑う。


 リリスの表情は本当に豊かだと思う。

 くるくると変わる表情は見ていて飽きないし、笑う笑顔も本当に可愛いらしいと思う。そんな事を考えながら彼女を見やれば、リリスは瞬きを繰り返したあと、楽しそう、少し照れたようにに笑う。


「どうかした?」

「ううん、私、凪と手を繋ぐの好きよ」

「? ありがとう?」

「どういたしまして! ほら、早く行きましょ!」

「え、あ、ちょっとリリス?」

「早くっ」


 ぐいぐい、と僕を引き摺るようにしてリリスは歩き出す。

 その細い腕のどこにそんな力があるのか。


 GATEへの階段を登りながら、僕はそんなことをぼんやりと考えていた。































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