鐘がなる頃に......

Re:over

ファイル No1


 俺たちの住む町には古くてボロそうに見えるお寺がある。世間では世界一御利益があると言われており、観光客は増える一方だ。しかし、それとは逆に怖い噂もあった。


 それは、お寺にいる神様を怒らせた人は冥界へ連れて行かれるという話だ。もちろん、ほとんどの人は信じている。


 俺は神様のことを良くは思っていない。理由は簡単だ。不必要なところで恵みを与え、必要な時に限って運は巡って来ない。それだけの理由だ。


 俺はごく一般的な家庭に生まれたのだが、小学校の時に両親を亡くした。たった数秒、数歩違っただけで両親は生きていたはずだったのに、落下してきた鉄骨の雨によって体が潰され、赤のインクが弾けた。即死だった。その数日前に、このお寺へ手を合わせに行っていたのにもかかわらずだ。


 俺は小さい時からじゃんけんやくじの運が強かった。勝利報酬があればじゃんけんは必勝、友達や好きな人に囲まれた席、豪華商品の当選などなど。しかし、そんなもの、どでもよかった。


 神様は、理由なしにものを与え、ものを奪う。人の価値観を否定するように。そんな世を作る最低なやつはいらない。そんなことを思ったから、世の中に反感を持つ友達を複数人集め、そのお寺を壊すことにした。集まった人数は同じ高校の生徒2人。俺ともう1人は同じ2学年の横田で、もう1人は3学年の先輩だ。


 計画実行の当日、お寺の前に集合し、バットやマッチなどの武器を構えて寺の中に入った。そう、これは戦いなのだ。理不尽に溺れる俺たちが足掻く上で必要不可欠な神様との戦いなのだ。


 夏の涼しい風が吹いて、お寺の周辺にある木々が揺れ、ガサガサという音が鳴る。その音以外は何も聞こえない。なにせ、現在の時刻は深夜1時ごろだから、観光客も地元の人も、お寺の坊さんでさえここにはいない。


 さぁ、勝負の時だと言わんばかりに門をくぐる。緊張感は一切無くて、とにかく今までの理不尽な出来事の仕返しをする気で金属バットを肩に置く。仏像のある本堂へと続く石が敷き詰められた道を一歩ずつ着実に進み、本堂を目の前に一同止まった。


「いくぞ!」


 叫び声が暗闇に溶ける前に先輩は先陣を切る。それに続いて俺と友達も本堂に向かってバットを振り下ろし、火をつけたりした。


 本堂を始めとして門や賽銭箱、その他にも仏像など、寺のありとあらゆる建造物の形を歪めさせた。


 木造の建物は心地よい音と共に崩れ、赤く光る炎に包まれ、刃物で木っ端微塵になっていく。あっという間に建物は灰と化した。焦げた匂いが黒い煙と共に辺りを埋め尽くす。


 快感に心を奪われ、罪悪感などとうに忘れていた。理不尽を与えた罪は重い。ただでさえ花火のような一瞬の命に水をぶっかけたのだ。しかも気まぐれに。そんなやつには命の大切さを教えこまないといけない。そういう心持ちで寺に火を放った。


 綺麗に揺れる赤がとても美しく、繊細で、自分の中にあった後悔や嘆きが浄化されていくのがわかる。バットを振り回し、いろんな場所に穴を開けた。まるで、両親を失った痛みを暴力で教えているようであった。


 これがもしも、人と人とのやりとりならば、末代まで続く復讐劇の始まりだったのかもしれない。そんなことを考えた。


 深夜に咲く火の花を見上げていると、先輩がいないことに気がつく。さっきまで隣にいたはずなのにと思いながら横田に聞く。


「あれ、先輩は?」


 彼は首を横に振るだけで何も答えない。まぁ、あの先輩は気分屋だから家に帰ったのかと思った。辺りを見渡してみても居ないので、それをほぼ確信する。


「もしかして、先に帰っちまったのか? だとしたら俺たちも帰るか」


 そう言って横田の方を向き直すと、そこに横田は居なかった。彼が勝手に1人で帰る人とは思えない。さては、先輩と協力して俺を驚かす作戦でもあるのか? なんて思った。


 ゴーン――ゴーン――


 鐘が鳴った。場所は本堂の裏側からで、びっくりして音の方向に目をやる。どうして鐘の音が聞こえたのか不思議でならない。メラメラと燃えたぎる炎の音に混ざっていく鐘の音が耳に残る。


 後ろに誰かの気配を感じた。振り返ってみると、さっき壊したはずの門が元どおりになっている。そして、門はしなやかに曲がって歩き出す。


 まるで生きているかのような動きに肝を冷やし、パニックになりながら反対方向にある本堂へ走り出した。本堂も壊す前の形になって待ち構えている。


 壊したはずなのに......? なんで元通りに?


 仕方なく賽銭箱の隣に身を置くが、それも動きだした。手足の生えたそれは俺を捕まえようとしたが、間一髪で避ける。


 ゴーン――ゴーン――


 2度目だ。鐘が鳴っている理由を考えても、答えは見つからず、後ろから容赦なく門と賽銭箱ご追っかけてくる。仕方ないので恐る恐る本堂の裏にある鐘のところまで来ると、雨も降っていないのに濡れた地面と出会う。それが何なのか匂いでわかった。


 薄暗く、赤に見えないそれは地面から鐘の方まで点々と続いており、鐘が視界入った瞬間気がつく。普段は濁った金色をしていた鐘が真っ赤になっていたのだ。そして、その下辺りには靴や肉片が落ちている。


 全てを理解し、恐怖で足がすくむ。後ろから追いかけていた賽銭箱に俺の背中を思い切り押され、鐘の目の前に倒れた。そんな俺を、箸で摘まむように門の足が俺を挟む。門は浮かんで、俺を持ち上げる。


 鐘は自分の中にある空洞を見せつけるようにこちらを向く。そして、鐘が成った。その空洞に丈夫そうな尖った歯と舌が生えてきたのだ。


 恐怖のせいで逃げ出したり、抵抗するという発想が根絶やしにされたせいで、俺は身動き一つ取れなかった。


 何がいけなかったのだろう。俺の人生において、失敗とはなんだったのだろう。俺の人生において成功とはなんだったのだろう。自分の価値観がもっと正常であれば、両親が目障りだと思っていれば、俺は幸せになれていたのだろうか。


 この世は自由だと思っていた。憲法にも、それが記されているから余計にその考えを肯定し、否定しようということさえ阻まれていた。自由なんてのは表面上の話で、実際には理不尽を押し付けられた上での自由であることを知る。これは本当の自由ではない。選択肢という分岐点に立っているだけなのだ。


 その口が大きくなると、門はゆっくりと俺を口の中へ近づける。もう、俺の命はこいつら化け物の手にあり、煮るも焼くもこいつら次第。鐘は生で食べることを選んだらしく、俺の下半身を置き去りにさせて、口の中で解体作業を始めた。俺の意識はぷつりと消滅する。


 俺の体が完全に消えた後、鐘の鳴る音が夜の闇に溶けていく。まるでご馳走さまという風に聞こえるのは、気のせいではない。

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