「まだ正方形な四人」 3ぱねる

 部屋のドアを叩く音が聞こえ、私はうっすら目を開けた。


 辺りは薄暗く、扇風機の優しい風が足元をなぞる。右手には漫画。しおり代わりにしてある人差し指に感覚が戻りはじめる。

 再度ドアの叩く音で私の意識ははっきりと戻る。


「おねえちゃん! じ、か、ん! 時間! 大丈夫なの?」

 ドアの向こうから聞こえてくる。

 

 声の主は妹の小春こはるである。

 私はベットの上で勢いよく起き上がる。


「やっば! 時間! なんで寝ちゃったんだろー! 小春ありがと、今起きた!」

 ドアの向こうに聞こえるように大きめの声で伝えた。


「はーい」

 と返事の後、階段を下りていく音が静かに響く。


 慌てながら部屋の電気を付け、時計を確認すると、針は7時45分を指していた。


 時間やばい。頭お団子にしていこうと思ってたのに! 時間足りない……。


 急いで寝間着を脱ぎ捨て、適当に着替える。ショートパンツにTシャツとラフめの選択。

 鏡で顔を確認。

 髪が爆発したような寝癖、おまけに顔には枕の痕が付いている。


「なんだこれ……」

 思わず声が出た。

 

 霧吹きタイプの整髪料を吹き付け櫛で梳かす。顔の痕は諦めることにした。

 なんとか納得できる状態まで髪も落ち着いたので、急いで家を飛び出した。

 

 

 公園に着くと、いつもの水飲み場に見覚えのある自転車が2台停めてあった。

 何故か昔から皆ここに自転車を停めるのだ。

 私も同じ場所に自転車を停めて、ブランコの所へ駆け足で向かった。


「千夏おそーい! 5分遅刻ー!」

 そう言いながら、ブランコの柵に腰を掛けている彩月。


「ごめんごめん! 寝坊した」

 私は手を合わせて言った。

 

 ブランコで高さの競争でもしているのか、激しく漕ぎ続ける浜田と謙からも「おせーぞ」と言われた。


「じゃじゃーん! これを見るがいい!」

 彩月は、大きな抱えるサイズの花火セットをふたつ持ち上げている。


 ビニール製で紐付きバックに入った花火セットだ。『超メガ盛MAX200発』と書いてある。


「でっかー! それもらったの?」

「うん、親戚がネットで個数間違って買っちゃったらしくてさ、私たちでどどーんとやっちゃおう!」

 彩月は笑いながら答えた。


「あ! バケツ持ってくんの忘れたわ、取ってくる」

 謙はそう言って頭を掻きながら家の方に戻っていく。

 

 この公園は、謙の家のすぐ裏で、目と鼻の先。

 そんな謙の背中を眺めていると、彩月が小声で話しかけてくる。


「で、今日のデートはどうだったのよ?」

「だから、ただの買い物だってばー、本屋行ってから……あっ」


 まずいぞ、パフェ食べに行ったって言ったら『へー、パフェねー、楽しそうなデートじゃない』とか言われそう。


 するとブランコから降りた浜田がこちらを向く。

「そーいえばさっき矢元がマンゴーパフェはマジでうまいから、今度食った方がいいって言ってたなー」

 若干棒読みな言い方。

 

 私は浜田を睨む。

 顔はニヤついている。こいつめ! 今の話聞いてやがったな!


「へー、パフェねー、楽しそうなデートじゃない」


 ほらみろ、言われてしまった。


「なんかパフェは……買い物付き合ってくれたお礼で奢ってもらったの!」

「「ふーん」」

 と彩月と浜田。二人とも半眼のニヤケ顔だ。

 

 こいつらやっぱりお似合いじゃないか! 早く付き合ってしまえばいいのに。

 ってかなんなんだこの二人は? そんなに私と謙をくっ付けたいのか?

 なんで私と謙が。……付き合うとか1ミリも考えた事ないぞ。


「で、その後チューしたの?」

 と彩月。

「してないわ!」

 

 キスとか1ミクロンも考えた事ないわ。ってか、謙って片思いの人いるんじゃ? 浜田なら知ってるのかな?

 

 彩月と浜田からの集中砲火を浴びていると、謙が戻ってきたのが見えた。

 手にはバケツとレジ袋を提げている。


「おーい、親父から差し入れ貰ってきた。肉まん、熱いうちに食べろってさ。あとペットのお茶持ってきた」

「おー矢元ナイス! 親父さんまじありがとー」

 浜田はすかさず肉まんとお茶を貰って食べている。

 

 私も貰って食べる。

 寝てしまったせいで、夜ご飯食べそびれた。これはとても嬉しい差し入れだ。

 謙のおじさんは、昔からよく食べ物をくれる。そのくれるシリーズで一番好きなのは芋羊羹だ。

 うちの家ではなかなかお目にかかれない和菓子ってのもあるだろう。


 私と彩月が「この肉まん美味しいね」などと話しながら、ブランコの柵に腰かけていると、突拍子もなく一発の花火が打ちあがった。

 花火大会の花火と比べると、とても凄いとは言えないが、小さく上がった色のついた花火はとても綺麗だった。


「ちょっと! なにいきなり打ち上げタイプやっちゃってるのよ!」

 と彩月が怒鳴る。


「景気づけの一発だろ!」

 と対抗する浜田。

 

 その少し横で、謙は地面に点火用のロウソクを立てて、連射タイプの手持ち花火に火を付け、浜田に連射する。


「おい! あぶねーだろ」

 浜田は逃げる。

 

 無表情で浜田を狙っているのがシュールだ。

 私も花火セットの中から、ひとつ取りロウソクの元に向かった。



 花火セット一つ目が底を付き始めた頃。

 私たちは汗だくで座り込んでいた。


 謙の連射花火事件から、だんだんと花火を持っての追いかけっこになり。その後何故か普通の鬼ごっこに発展したためだ。

 私と彩月、謙の3人でお茶を飲んでいる。浜田は少し離れたロウソクの所で何かをしている。


 謙からの視線を感じて目をやると、顎で合図してきた。


 きっとパフェ屋で話した事だろう。私もすぐに目で合図をし、線香花火の束を持って浜田の元に向かう。

 足音に気付いたのか、急かすように手招きをしてくる。


「これこれ! 見て見て!」

 浜田は目をキラキラさせながら喜んでいる。

 

 覗き込むと、大量の蛇花火がウネウネと蠢いていた。


「げ、きもちわるい」 

「すげー」


 この裏表なく見栄を張らないところが浜田の良さでもある。ちょっと子どもっぽいけど。

 私は一緒にしゃがみ込み、早速切り出してみた。


「浜田ってさ、巨乳が好きなんだね?」

「あったりまえよ! 俺はおっぱい好きだからな! 小さいのには興味ねー」


 私の女心をグサリと抉っていく発言。私は自分の胸を見て少し落ち込む。

 浜田は察したのか、すぐにフォローしてくる。


「いやっ、そういう意味じゃなくて、七崎は顔可愛いからいいじゃねえか。俺は可愛いやつ好きだし」


 軽く恥ずかしいことを言ってくるが、不思議と嫌味は感じられない。これも浜田の良い所だ。

 私は分かりやすく、彩月の方を見ながら・・・・・・・・・もう一度言ってみる。


「浜田ってさ、巨乳の人が好きなんだね?」

「あ、だ……え? ……なんの事? ですか」

 顔が真っ赤だ。

 

 分かりやすいにも程があるだろ。なんで敬語?


「大丈夫、彩月に言ったりしないし、私も協力してあげるから! ずっと片思いなんでしょ? 高1の時からずっとさ」

「くそ、矢元か。ばらしやがったな」


「謙は悪くないよ。私が脅迫して吐かせたようなもんだし。それに謙だと頼りないでしょ? あいつ彼女とか一回も出来た事ないし、恋愛スキルゼロだよ?」

「……まあ、そうだな」


「ただ、あなたが今狙っている彩月はかなり手ごわいと思われるぞ! 可愛くてスタイル良くて頭も良くてスポーツも出来て料理も出来て気もきくし」

「知ってる……俺、実はもう諦めようと思ってたんだ……」

 浜田はうつむく。


「なんで?」

「もし告って振られたらよ、今日みたいに4人で集まる事が無くなっちまうかもしれないじゃん? それってさ、俺だけの問題じゃないじゃん?」


 私は、どうやら浜田の心の栓を抜いてしまったようだ。

 今まで溜め込んできた浜田の想いが、私の発言であふれ出てしまったのだろう。

 謙は見守って深入りしないタイプだから、私のように核心を突かれたのが、浜田の中の制御装置を破壊したのだと思う。

 浜田からはどんどん言葉となって溢れてくる。


「俺さ、本当は勉強大っ嫌いなんだぜ? でも、もし付き合えたらよ、小林は頭良いから良い大学行くと思って……だから、必死に同じ大学進めるように勉強頑張ってんだ。同じ大学行けなかったら、離れた俺の事なんて振って、ただの高校の友達くらいになっちゃうかもだろ? あと……俺本当はミュージシャン夢だったんだけどさ、小林が教育大進むって知った時に、ちょっとずつ俺の夢も変わってきてさ……教師目指すのも悪くねーなって……でもよ、この4人の関係が壊れちゃうのも同じくらい嫌なんだ。こんなに一緒に馬鹿出来る友達ってすげー大切なんだと思う。最近は集まりちょっと悪くなってきてるけど……。今日の花火の事だってさ、大人になっても絶対忘れてないぜ? それによ――」


「待って……」

 私は何故か涙が出ていた。


 脈絡もなく洪水のように出てくる浜田の想い。それは、私の心に流れて来たのかもしれない。私が受け止めてしまって……私のまだ小さな器に収まりきらなくて……。

 私の涙はそうやって出てきたのかもしれない。


「七崎なんで……泣いてんだ?」

「わかんない! でも、なんでか……」


「ありがとな! なんかすっきりしたぜ! 矢元にはこんなこと恥ずかしくて話せないしな! 七崎が友達でよかったぜ、なんかもうちょっと頑張れる気がしてきた!」

「うん……」


 浜田は柄になく照れくさそうにし、ライターを付けたり消したりを繰り返している。


 ここで私はふと気になる事が出てきた。

 浜田の気持ちは分かったのだが、何故そこまで好きになったのか? ということだ。


「あのさ、彩月のどこが好きなの?」

「……顔とおっぱ――」

 言い切る前に、浜田の肩に渾身のグーパンチをお見舞いした。


「いやウソウソ! いや、嘘じゃねーけども……最初はホント一目惚れだったんだよ! でも、好きになっちまったんだよ! わかる? どこが好きかって言われたら全部だよ! まだまだ知らねー部分とか一杯あると思うけどよ、でも好きなんだ! うん」


 あれ? なんか浜田カッコいいじゃん?


「あのさ、私に言った事を全部彩月に同じように伝えたら? だって――」

 しかし、遮るように浜田は呟いた。

「いや。……まだ勇気がない」


「……そっか。……勇気出るかはわかんないけど、私の親の話してもいい?」

 これに浜田は頷いた。


「私のお父さんお母さんはね、高校から知り合ったらしいのね。でも友達とかじゃなくて、同じ学年の生徒くらいな関係だったらしいんだけど。お父さんはお母さんに一目惚れで何回も何回も告白続けたんだって。で、お母さんは全部断り続けたらしいの。……高校の卒業式の後にも告白されたんだってさ。でね、お母さんは『20歳になった時も私の事好きでいてくれたなら付き合ってあげてもいい』って言ったらしいの。お母さんは今でもその事を後悔してるって笑いながら教えてくれるの。告白の嵐は、お母さん的にはうんざりしてて、わざと無理な約束をしたつもりだったらしいの。卒業後は会うこともないだろうって」


「で、その後は?」

 浜田は続きが気になるのか、ワクワク顔を寄せてくる。


「ちょ、近い」

 私は顔を手で押し返し、話しを続ける。


「でね、二人は友達やってなかったから、お互いの進学先知らなかったんだって」

 私は少しクスっと笑いながら続ける。


「お母さんは製菓専門学校に進学したんだけどね、入学初日の隣の席がお父さんだったらしいの。ふふ、お父さんもかなりびっくりしたらしいよ。でも、それから告白の嵐はピタッと止まって。学校卒業の時に告白したんだってさ。お母さんは了承して、お付き合い始めたんだって」 

「ええ! そんな事もあるんだな、おじさんすっげえ一途」


「うん! お父さんは『諦めるのは出来る事を全てやってからにしろ!』って口癖なの。それに、もし浜田が振られたとしても4人の関係が壊れたりしない。私や謙はもちろん友達続けるし、彩月だって……最初は気不味いかもしんないけど、そんな時こその私と謙だよ! 一杯頼ってくれればいいから!」 

「……お前、ぐすん……ほんと良い奴だな。めっちゃパワー貰えた!」


 浜田は立ち上がり顔を上に向けて鼻をすすり「俺が小林を好きになってなくて、お前が巨乳だったら危ないところだったぜ」と呟いた。

 私は思いっきり浜田の尻を叩いてやった。



 その後、私は少し放心していた。

 線香花火を束ねている紙の帯を剥がし、本数を数える。

 ブランコ側からは3人の笑い声。

 少しロウソクに近づき、線香花火に火を付けようか迷う。

 しゃがんでいる膝の辺りまで、ロウソクの熱が伝わってくる。

 私は、ただロウソクの火を見つめる。脈を打つように炎は弱まったり強まったりを繰り返している。


 人を好きになるってハッピーな事だと思っていたけど……本当は違うのかも?


 謙の事を『恋愛スキルゼロだよ?』と浜田に言った自分。改めて考えるとめっちゃ恥ずかしい。

 私だってゼロだ。キスだってした事ないっての。

 浜田みたいに、人を好きになる日は来るんだろうか?


 私は膝の上に組んでいる腕の上に伏せるように顔を付けた。

 ブランコ側から、また花火の音が聞こえ始めてきた。ふたつ目の花火セットに突入したみたいだ。



「千夏!」

 謙のとても大きな叫ぶような声。

 

 続くように「頭!」と彩月の声。

 

 更に「バケツバケツ! 矢元早くしろ!」浜田。


 私は何事か? と顔を上げた。同時に、右膝の辺りに触れた髪の毛から、もの凄い熱を感じた。


「熱い!」 


 脳が理解する前に、炎を消そうと体が勝手に動いていた。髪の右側にロウソクの炎が引火していたのだ。


「熱い! 熱い!」


 慌てふためいていると、肩から上が冷たくなったのを感じた。


 火が消え放心する私。びしょ濡れの頭と、花火の残骸が付いたTシャツ。掛けられた水から発せられる火薬の匂い。

 目の前には、目を見開いた謙。手にはバケツを持っている。

 謙はバケツを投げ捨て、駆け寄ってくる。


「大丈夫か? やけどは? 顔見せてみろ」

 そう言って私の右側の頬や腕の辺りを触ってくる。


「とりあえずは大丈夫そうだ。ヒリヒリとかしてないか? 明るい所で見た方がいいかも、俺ん家で見てみよう」

「……うん」


 私はまだ状況をあまり理解していない。ただ、大変な事になった……そう思った。


「彩月と浜田は片づけしといてくれ、俺は千夏を家に連れてって状態見てみるから」


 私は、謙に手を引かれるまま公園を後にした。  

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