1人目と2人目と3人目

「お足元の悪い中、ご足労いただきありがとうございました」

「こちらこそ本当にいつもお世話になっておりまして……ほら、あんたも挨拶しなさい」

 母親の言葉に仏頂面で頭を下げた生徒が、こっそりとこっちを見上げて苦笑する。私も思わずつられて笑みを浮かべそうになり、顔を引き締める。地球人と関わるようになってから感情的に脆弱になりつつある自分に気づく。

 日本語でなんと言ったか。類は友を呼ぶ……いや、違うな。朱に交われば赤くなる。

「今後も何か不安などあれば都度ご相談ください。お疲れさまでした」

「はい、今後とも宜しくお願い致します」

 教室の引き戸が閉じられる音がスイッチをオフにする音に聞こえた。

 これで今日の分の面談は終了だ。

 もっとも明日も朝から面談が続く。今朝までは、今日のこのあとの時間を全て明日の準備に当てる予定だった。

 しかし、とてもそのような気分にはなれなかった。もちろん昼に聞かされた件だ。あらゆる索敵行動に検知されないあの寄生生物を発見するまでにかかった時間と労力を思い返す。しかも、起きた事件の類似性を追うという手段をまた使うのであれば犠牲者が出ることが前提となる。

 暗澹たる気分を抱えたまま、私は荷物を片付けた。


 昇降口で靴を履き替え、外に出たところで意外な顔に出会った。

「どうした、まだ帰っていなかったのか」

 晴れ間がのぞく曇り空の下、雨上がりの土の匂いが満ちる屋外でスマホをいじりながら立っていたのは、今日の1人目の面談相手である相模さがみ直人なおとだった。

 誰かを待っているのだろうか。そう感じさせた相模だったが、私を見やった様子で誰を待っていたのかが分かった。

 しかし、まっすぐに私を見つつも、相模は口を開くのに躊躇をしていた。

「すまないが明日の準備もあって忙しい。もし進路の話ならばまた明日以降に」

 れた私の言葉で逆に決心がついたらしい。ようやく相模が口を開いた。

「聞いてもらえますか」


 つい先ほど相模から聞いた話を心の中で反芻する。どういうことだ。にわかには信じがたいが、あり得ないと否定するにはあまりに符号が合い過ぎた。

 もう少し詳しく話を聞きたかったが校内で本職の方の話は続けたくなかった。加えて、まずはベースと情報を共有しておきたかったので、相模には近くの喫茶店で待つように伝え、一旦帰宅することにした。

 いざというときのために住まいを近場にしておいて良かった、と思いながら足早に校門を出たところで危なく人にぶつかりそうになった。

「きゃっ」

「すいません、急いで……なんだ、お前もまだいたのか」

 今日の2人目の面談相手である倉重くらしげ千賀子ちかこの姿を見つけた私は思わず呆れた声を出してしまった。見るとご両親も傍にいた。私と目が合うと母親は丁寧に、父親はどこか慣れない風に頭を下げた。

 倉重は私の言葉に不思議そうに首をかしげる。

「お前?」

「いや、こっちの話だ。どうした。忘れ物か」

 急いでいるから手短に会話を終えたかったが、ご両親がいらっしゃる手前、あまり無下むげにも出来ない。

「あ、いえ、なんかさっき帰るときに先生に呼び止められた気がして、でも、そのちょっと、急いでたんで……すいません」

 呼び止めただろうか。あのあと、あまりに色々あったので思い出せない。思い出せない以上は大した話でもないだろう。

 気にする必要はない、と一言伝えて立ち去ることにしよう。

「そうか」

「チカのこと責めないでやってくれよ。まさかあのタイミングでコマッタヒト・レーダーが鳴るとは……」

「はい?」

 聞き慣れない単語に思考が止まる。

「なんですか、そのなんとかレーダーとか」

「近くに困った人が、いや、人というか基本的に子供なんだけど、まあ、近くで子供が困ってると自動的に反応してくれるレーダーで、このおかげで効率的に魔法少女のポイント……」

 ここで、滔々とうとうと気持ちよくしゃべる父親の顔面に横から母親の拳がめり込んだ。

「あまりにスムーズに始めやがったんで反応が遅れたわ……」

「そうですか」

 他に言葉が出なかった。

 何にせよ、会話はこれで切り上げて良さそうだった。

「じゃあ、私はこれで」

 地面に倒れている父親が若干気になったが、なんとなく倉重も立ち去って欲しそうに感じたので別れの挨拶を口にする。

 怒りとも焦りともつかない表情で両親を見ていた倉重は私の声に不意をつかれたように振り向いた。

「あああ、はい、お、お疲れさまでした、あ、あの私も、そうですね、そろそろパトロールに出かけ……パト……パト?」

 思わず言ってはいけない言葉を口走ってしまったと言わんばかりの慌てようで倉重が引きつった笑みを浮かべながらこっちを凝視する。

「パト?」

「パ、パトカーの……」

「パトカー?」

「パトカーの模写に出かけようかと」

「そうか。変わった趣味だな」

 私の最後の言葉に倉重は困った顔でこう答えた。

「私もそう思います」


 無駄に時間がかかってしまった。駆け足にまとわりつく長めのスカートを履いてきたことを後悔しながら私は家路を急ぎ、角を曲がった。

 思わず足を止めてしまったのは、そこが例の事件現場だったから、ではない。

 今、もっとも会いたくない人物がそこにいたからだ。

「ああ、先生。奇遇ですね。お久しぶりと言うには時間が近すぎますか」

 そこで柔和な笑顔を浮かべながら、夏の午後の熱気に吹きだす汗をぬぐっていたのは、今日の3人目の面談相手である高橋の父親だった。

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