第8話 ドッペルさん現る

 森の中の小さな集落を救い、あわせてこの世界の常識では考えられないチート技で機密情報を入手した。この情報を生かそうと思ったら、もっと人や情報の多いところに行かないと役には立たないだろう。


 マヤは穀倉地帯を抜け東へと移動を続ける。そしてトップオーバーの街の入口へ到着した。


「帝都を目指すとして、帝都につくまでにある程度知名度をあげておきたいところよね。何か手っ取り早く知名度を上げる方法ってないのかしら?」


 いくら見た目よりレベルが高く即戦力であったとしても、知名度が低ければ難易度の高いクエストは受けられない。また、パーティを組むとしても基本は同程度のメンバーで組むはずだ。こちらの知名度が低ければ、優秀な冒険者はそもそも話すら聞いてくれないだろう。


「そろそろ移動疲れも心配だし、ここで一旦休憩しながら情報収集しましょうか」


 トップオーバーの街に入るためしばらく並んでいたところで、不意にマヤは入口にいる衛兵から声を掛けられる。いったいなんだろう?


「黒髪、黒目に少しキツメな目の少女か…お前もしかしてか?」


 ん?。初めて来た街なんだけど何故?と思わなくもないが、下手に嘘をついて不審者扱いされても困るので素直に答えることにする。


「そうよ。私がマヤよ。そんな有名になるようなことをした覚えはないのだけど?」


 名乗ったところ、周りが騒然としはじめる。何だか雲行きが怪しくなってきた。


「な…何だと!ちょっと話がある。奥の詰所まで来てもらおうか!」


 うげげっ。もしかして今までのチート行為の何かがバレたか?

不安になったが、ここで暴れて指名手配犯になるのは避けるべきだろう。

素直に衛兵の指示に従うことにしよう。


――――


 詰所内で衛兵からいろいろ詰問された。話をまとめると以下のような感じだ。


「最近、黒髪、黒目で少しキツメな目の少女が、街で無銭飲食を繰り返している」

「無銭飲食をした少女は特徴的な胸をしていて、

「いつも一人で行動していて、一匹狼のマヤに特徴が似ている」


 おいっ。1番目はともかくとして、2番目は違うだろーと思うが、ここを争点に無実を主張するのは負けた気がする。

衛兵も、『あれー。別人なのか?』という顔をしているので確信はないのだろう。


 そもそも犯罪の詳細を聞いてみると、賞金を掛けられるような悪いことをした訳ではなくちっぽけな罪ばかりだ。注意勧告が出されているものの即座に拘束せよという訳ではなさそうだ。


 魔法によるキャッシュレス世界が実現されているので、原則先払いで無銭飲食はできない。しかし、犯人はトッピング方式など食べ終わるまで値段の確定しない大衆食堂を狙うなど、かなり切羽詰まった生活をしているようだ。


 ちなみに、借金ができない世界なので支払い能力がなければ持ち物を換金して支払いに充てる。それすら無理なら奴隷落ちするしかない世界だ。


 そして、この世界では黒目、黒髪の人間は珍しいようだ。しかし、珍しいだけで全くいない訳ではないことがわかった。おそらく姿格好の似た黒目黒髪の別人がやらかしてくれたのだろうとマヤは推測する。


 声高に無実を主張しても解放してくれそうだが、大した罪ではなく『保釈金』を払いさえすればすぐに開放されそうな雰囲気だ。要はお金で解決できそうだ。


「私が犯人なら、こんなちっぽけな金額踏み倒したりしないわよ!。即金で支払うから、さっさと解放してちょうだい!」


 マヤはこの街にくるのは初めてで無銭飲食とは無関係だと伝えつつ 5000G の保釈金を支払い無事解放された。


――――


 マヤは、トップオーバーの街の中で解放され、ようやく落ち着くことができた。

近くで目に入った大きな鏡に映った自分を見ながら、一人つぶやく。


「まったく、ひどい目にあったわ。あーあ。疲れがでて顔が崩れているわ…」


 ここまでの冒険は、すごく順調だった。この世界に来てからこれだけ焦ったのは初めてかもしれない。


「あれっ。移動中はずっと『はがねの鎧』を着ていたはずだけど『ぬのの服』に着替えたんだっけ?」


 詰所に連れて行かれたので、武器は預ける必要があったが着替えてはないはずなんだけど…うーん。


「そういえば不思議ね。いつの間にかいるわ!」


 さすがにこれはおかしい。そんなアイテムや能力があるなら、真っ先にマヤが実験しているはずだ!




 …つまり、鏡だと思っていたものは実は単なるガラスで、ガラスの向こうに自分そっくりの人物がいるお約束のパターンだ。

ということは、今見えている彼女が無銭飲食の犯人かっ。


「そこのあなた、ちょっと待ちなさい!一体なにものなの!」


 マヤは、LV30の身体能力を生かし、本気で追いかけっこを開始する。


――――


 単なる町娘がマヤから逃げ切れる訳などなく、あっさりと捕まえることができた。

彼女はかなりお腹を空かせている様子で、このまま詰問するのはかなり辛そうだ。

とりあえず2人で近くの飲食店に入り、食べたいだけ食事をおごる話をしたところ、あっさりと従順になってくれた。


 確かに、知らない人から見れば二人の雰囲気は似ているかもしれない。しかし、当人から見ればどうみても別人でしょ?と声高に言いたい。


 いわゆる、残念系の『そっくりさん』レベルだと思う。これで誤認逮捕とかありえないでしょ。それでも、写真の存在しないこの世界だと人相書きは不明瞭だろう。

2人で一緒にいなければ間違えられることがあるかもしれない程度だ。


 それはさておき、ここで知り合ったのも何かの縁だ。とりあえず少女からいろいろ話を聞いてみよう。


「あなた。何で繰り返し無銭飲食なんてしたのよ!」


「両親とも亡くなって私一人なの。頼る人もなく生きていくために仕方なくよ!」


 両親に先立たれ、努力はしたもののコネも才能もなく負のスパイラルにはまり込んでいるようだった。ちなみに 14才で名前は「マユ」というらしい。名前や年齢までそっくりだと、無関係なのに運命を感じてしまう。

私もチートをしていなければ無理ゲー状態は予測できるので状況はよくわかる。


「私の名前を騙って無銭飲食するのはひどいわね。こっちは誤認逮捕されそうになったんだからねっ!」


 それを聞いてマユは驚きつつ、マヤに返答する。


「目撃した人が勝手に『一匹狼のマヤ』だって噂をしただけでしょ!

私もまさか自分そっくりの人がいるなんて想像もしてなかったのよ!」


 ちなみに、マユが日本からの転生者と疑って探ってみたがそれはないようだ。

経緯はともあれ、自分の妹のような存在が困っていることを知ってしまった。

負のスパイラル解消のため協力してあげようと思う。


――――


 二人は今までマユが無銭飲食をした店をすべて周り、マヤが支払いを進めていく。


「妹が無銭飲食して本当にすみませんでした。弁済しますのでとにかくお許しを!」


 もともと大した金額ではなかったのと、ちゃんと誠意を込めて二人で謝罪をして回ったことで被害届は取り下げてくれることになったようだ。本当によかった。

それにしても、二人でいると何故だか私に同情の目が向けられている気がする…。


「やっぱり胸なのか。同情するなら乳をくれってか。ムキーーー!」


 そして、同情の目はともかくふとマヤは気づいてしまったのだ!


「私、謝罪してお金を払っているだけで、気がする!」


 マイナス評価からスタートしたことで、のだ。


「いわゆるコントラスト効果って奴ね。これはラッキー♪」


――――


 今まで無銭飲食した分の支払いを終え、マユの短期的な危機状況は解消できた。しかし、コネも才能もないマユが今後負のスパイラルから抜けられるかどうかはわからない。乗りかかった船だ。単純にお金を渡すことはしないけどもう少し協力しよう。


「マユ。こちらに来なさい。あなたにチャンスを与えるわ」


 以前、森で廃レベリングをした時に拾った『レアドロップ』のいくつかを渡す。


「とても高価そうなものよね。これをいったいどうするの?」


「使い方はマユに任せるわ。その代わり、これからもし困っている人を見かけたら、代わりにあなたが助けてあげて」


 つまり、今回助けられた代わりに、今度はマユが困った人を見かけたら助けなさいと依頼したのだ。





「そして、もし名前を聞かれたら『』と名乗るのよ!」


 …善行のように見えるが、要はマヤの知名度アップのためのなりすましに協力しなさいということだ。いろいろと台無しである。心の中でこう話す。


「効率よいレベルアップには、ボットの利用が欠かせないわ。頑張ってね!」


 ――――


 その後、マヤがトップオーバーの街を離れてからもマユは言いつけを守った。

マユは負のスパイラルから抜け出すことができ、合わせてささやかながらマヤの知名度アップに貢献することとなった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る