第二章

 彼らの住む国パドリエスは、遥か昔から続くパドリエス王家の血筋の者に統治された、小さいながらも恵まれた国である。

 国土の中心には王族や貴族などが住み、その回りに商業地があり、その他の広い国土は農民に解放され様々に農業が営まれ、国土の外れには国軍が置かれ、侵入者を監視している。

 とはいえ、付近に対立するような国がなく、もっぱら深い森の向こうから時々迷い込んでくる魔獣の類を追い払う為にだけそれは存在するようなものであった。

 国民の子供は年頃になると国軍に入隊することが義務付けられており、それは貴族の子供でも例外ではなかった。

 そのために、ディオも剣術を勉強していたのだが。

「どうしてこうも先生に縁がないんでしょうか、貴方は」

 シフォーは溜息をついてお茶のカップを口にする。

 裏庭に面した木漏れ日の入る部屋で、この城のお茶の時間が始まっていた。

 テーブルを挟んだ彼の前には、薄茶色の長い髪を頭に緩やかに巻きつけた彼に良く似た女性が、薄紫の裾の長いドレスをまとって優雅に座っている。

 彼と同じヒスイ色の瞳の彼女は、隣に座るディオの硬い黒髪を優しくなでていた。

「筋はいいのよ。ねぇ、ディオ」

「はい、お母様」

 猫をかぶる弟と猫可愛がりな母親を尻目に、シフォーは苦々しい気持ちで残りのお茶をすすった。

 彼らの母親の名はエアリア。

 正式にはエアリア・ドゥ・エリストといい、魔術師の家柄で占星術を得意とし、この国の第一王女フィオレに仕えていたのだが、彼女が行方知れずになったのを期に、暇を貰い実家に帰ってきているのである。

「でも、なんでシフォーは剣の勉強しないんだ?」

 婆やお手製のクッキーをつまみながら、ディオはさも不思議そうに尋ねた。

「私は剣士ではありません。魔法使いは魔法で戦うのです」

「ふ~ん」

 わかったような顔をして、ディオは最後の一枚を食べ終えると、エアリアを誘って庭に出て行った。

「ほんとに仲がよろしいのですねぇ」

 婆やが、シフォーのカップにお茶のお代わりを注ぎながら言う。

「母上はディオに甘いので困る」

 お可愛いいんですよ、といいながらくすくす笑われて、またも気分を害したシフォーはカップをもったまま廊下に出て行った。

 断じて嫉妬しているわけではない、と思いながら廊下をまっすぐ進むと、その先は吹き抜けの大広間になっていて、二階へと続く階段があるが、その壁には肖像画が何点かかけられていた。

 シフォーはその中の一点を見つめる。

 その絵には二人の子供が描かれていた。そっくり同じ顔でありながら、一人は健康的に日焼けして笑い、もう一人は幾分青い顔をして、笑顔もどこかぎこちない。

 それは、シフォーがまだ幼い頃、彼の双子の弟が生きていた頃に描かれたものだった。

 二十年前、彼は双子の兄として生まれた。

 そっくりの顔をした弟セフィルは身体が弱く、外で一緒に遊んだ記憶はない。

 ただ、夜は一つのベッドで眠った。夜泣きする弟をなだめてやるのは、いつも自分の役目だったのである。

 しかし、五歳になったある朝、目覚めると弟の姿はなかった。泣きはらした赤い目をして母は彼を抱きしめた。

 母の泣き顔を見て、彼は弟がこの世から旅立った事を知ったのだ。

 彼は弟を腕の中に抱いていながら助けることが出来なかった。幼いながらも、それがしばらく彼の心の傷になっていたのである。

 そして、しばらくしてディオが二人の目の前に現れてくれた。太陽のような笑顔。彼が笑いかけてくると、母も自分も気持ちが安らいだ。

 彼の存在により、家族を失った悲しみに満ちた生活が一変したのだ。

 ディオは日の当たる方へ、明るい方へと彼らを導いてくれた。それが彼ら親子にとってどれだけ心の支えになったことだろうか。

「それにしても、彼は自分の立場がわかっていない。・・・いつまでも甘えた子供でいてもらっては困るというのに」

 やれやれといった顔で、シフォーは溜息をついた。

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