文学と娯楽のあいだ、あるいは舞城的物語論

 枕もなしに始めちゃうけど、小説のジャンル分けって、ナンセンスだと思うのよね。もう、まったくの売り手側の都合。この場合の売り手は作家ではなくて、文字通り本を売っている出版社ね。

 良い作品には、ジャンルなんて関係ないのですよ。純文学だって充分に娯楽性を持ち得るし、娯楽作品だって充分に文学的要素を持ち得るのです。


 ……なんて論を、無邪気に信じておりました。


 実際に書いてみるとね、別物だわ。別物。

 あくまでも、ワタシの場合は……なんだけどね。できあがった作品がボーダレスな要素を持つかどうかは読み手の判断に任せるとして、物語る工程としては別物。


 そもそも、文学作って何や、娯楽作って何や、って話ではあるのだけれど。

 文学作は芸術性を追求した作品、娯楽作は娯楽性を追求した作品……ワタシの中では、こんな認識。ごめん、当たり前の事しか言えない。


 文学作を書く時は、やっぱり登場人物の、特に主人公の内面を掘り下げる。対して娯楽作を書く時は、ストーリー運びに重きを置いて、掘り下げは最小限に留める。


 それでも、純文学を書いているとストーリーを盛って読みやすくしようとするし、娯楽作を書いているともっと内面を掘り下げて芸術性を付加しようとする。

 これを極めていくと、どんどん中性的になっていく。なんだか、同じところに着地するような気がしてきたぞ……。


 うーん、やっぱりジャンル分けなんて、ナンセンスだな……って、あれ!?


 さて、文学と娯楽の間で活躍している作家で、ワタシが好きな方が二人居る。一人は今や文壇の重鎮となった『村上龍』。そして覆面作家『舞城王太郎』。


 村上龍はデビュー作が芥川賞を受賞して、ゴリゴリの純文学路線に走るのかと思ってたら、三作目でいきなり『コインロッカー・ベイビーズ』カマしてきたからね。エンターテイメントの舞台で、文学も踊る事ができるんだと感心したものですよ。『五分後の世界』と続編の『ヒュウガウイルス』なんて、完全に娯楽作の手法だよね。


 舞城王太郎は、ワタシの中で村上龍の影響下から始まってることになっている。いや、本当はどうなのか知らんけど。

 『愛』や『家族』あたりの、気恥ずかしくて誰も正面から書かないテーマを、虚構に満ちた破天荒なストーリーと圧倒的な文圧で読ませてしまうあたり、天才じゃなかろうかと思う。


 舞城王太郎のいまだ文庫化されていないノベル『暗闇の中で子供』の中に、次の一文がある。

『ある種の真実は、嘘でしか語れないのだ。』

 作中の主人公(作家)が語る言葉なのだけど、舞城王太郎の物語論や創作論として捕らえても間違いではないと思う。

 ワタシの中で、物語とは何かと定義するにあたって、大きな部分を占める論だ。最後に一節まるごと引用するけど、実は次節にもかなり大事なことが書いてある。この作品を手にすることがあれば、確かめてみて欲しい。


(以下、『暗闇の中で子供』より引用)


 ある種の真実は、嘘でしか語れないのだ。


 本物の作家にはこれは自明のはずだ。ドストエフスキーやトルストイやトーマス・マンやプルーストみたいな大長編を書く人間だってチェーホフやカーヴァーやチーヴァーみたいなほとんど短編しか書かない人間だって、あるいはカフカみたいなまともに作品を仕上げたことのない人間だって、本物の作家ならみんなこれを知っている。ムチャクチャ本当のこと、大事なこと、深い真相めいたことに限って、そのままを言葉にしてもどうしてもその通りに聞こえないのだ。そこでは嘘をつかないと、本当らしさが生まれてこないのだ。涙を流してうめいて喚いて鼻水まで垂らしても悲しみ足りない深い悲しみ。素っ裸になって飛び上がって「やっほー」なんて喜色満面叫んでみても喜び足りない大きな喜び。そういうことが現実世界に多すぎると感じないだろうか?そう感じたことがないならそれは物語なんて必要のない人間なんだろうが、物語の必要がない人間なんてどこにいる?まあそんなことはともかく、そういう正攻法では表現できない何がしかの手ごわい物事を、物語なら(うまくすれば)過不足なく伝えることができるのだ。言いたい真実を嘘の言葉で語り、そんな作り物をもってして涙以上に泣き/笑い以上に楽しみ/痛み以上に苦しむことのできるもの、それが物語だ。


(以上、『暗闇の中で子供』より引用)

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