6. SUCH A MORON


 ――自首、した方が良いよね。コレ・・


 視界に映る複数の画面を前に、かさねは滂沱の汗を流していた。

 驚いたように声を上げながら後ずさる通行人。警報を鳴らしながら寄ってくる巡回ドローンたち。終いには紺色の制服を身に纏う警官までも見つけてしまい、いよいよ泣きそうになった。


 乗っ取りクラッキング成功してしまった・・・・・・・・機械人形たちを通してかさねが目にしている光景は全て、リアルタイムで起きていることだ。

 ネットワークから機械に侵入し、《ウィルス》を注入する――たったそれだけの簡単なステップで、機体のコントロールを持ち主から奪い、勝手に動かせてしまっている。

 かさねが手を動かさなくとも、機械たちは皆、注入したウィルスに従って、今も好き放題に動いているのだ。


(――さっきのあの黒スーツ……絶対に伊吹さんだったよね)


 最悪だ。全くもって最低最悪な話だ。

 あまりにも一瞬のことで、かさねは直ぐに気づけなかったが、さっき・・・、ドロイドの視界が激しく揺れたあと聞こえたあの低温ボイスは、間違いなく伊吹史郎のものだった。

 捕まった瞬間、咄嗟に接続を切ってしまったがやはり戻った方が良いのでは、と馬鹿みたいな考えがかさねの頭を過る。


(いや、もう犯罪だよねコレ。犯罪だよ、コレ)


 都内を走り回っているのであろう複数の機体たちのカメラ画面。それらを凝視しながら、かさねは酷い不安と憔悴感に見舞われていた。

 じくりと痛みを訴える首元を、掌で押さえる。


 やめよう。そうだ、もうやめよう。このまま警察署へ出頭しよう。

 こんな騒ぎを続ければ伊吹史郎に絶対零度の視線を向けられるどころか、両手に手錠をかけられてしまう…………あ、いや待て。伊吹さんに捕まるなら、それはそれで――。


「――じゃねぇよ。アホか自分」


 パン、と小気味いい音を立てながら自身の頬をひっぱたいた。

 今ならまだ引き返せる。そう思ったかさねは画面の端に、通話用のウィンドウを開こうとした――が。


『――ちょっとちょっとぉ、何ボサッとしているのかなぁ? かさねちゃあん』


 耳障りなソプラノボイスが聞こえた。

 生身の声じゃない。直接かさねの思考に響く――通信だ。

 じっと暗い場所から動かず、電子世界ネットワークに飛び込んだままだった、かさねの思考を『薄紅美少女』の言葉が現実へと引き戻した。

 かさねの傍に、彼女の姿は見当たらない。おそらく別の場所から、かさねに通信を繋げているのだろう。

 スマートフォンも無線通信機も持っていないのに、その身一つであらゆる事を可能にしてしまう《機械仕掛け》の身体に、かさねは未だ慣れることが出来ずにいる。

 違和感はいつまでも経っても、こびりついて、消えてくれやしない。


 ぴこん、と的の形をした赤いアイコンが、『PIXY』というピンク色の文字と共に、かさねの視界の端に現れた。

 『PIXYピクシー』――薄紅美少女のプレイヤー名だ。


「……なに?」


 送信されてきたフォルダの正体を知ろうと無意識にかさねの思考が働き、勝手に中身を開けてしまう。

 すると、メモ帳のような文字の羅列が展開された。


「Dickey、刹那、魔王、おはようマン――……これって、《機械人形バトル》のアカウント名? まさか、コードやIPアドレスも全部はいってる?」


 普通にネットワークを彷徨って、手に入れられるものではない。

 他の機械人形をクラッキングする際に渡された前回の情報と、同じようなものをまた送りつけられ、かさねの頭から血の気が引いた。

 びしばしと全身を襲う嫌な予感を煽るように、薄紅美少女こと『ピクシー』は続ける。


『そだよー。フェスに参加してない人形も使うことにしたから、そっちも全部奪っといて……ていうか、もう手あたり次第やっちゃっていいか』

「手当たり次第って……いやいやいや」


 ぎょっとかさねが目を剥いた。

 まだ、機体を盗む気なのか。もう既に百体以上の人形は奪ったはずだ。

 これ以上犯行を広げて、一体その先に何があるというのだろう。彼女たちの目的はあるプレイヤー・・・・・・・を捕まえることではないのか――?

 そもそも何故、この夥しい数の機体のコントロールを奪う必要があった?

 ピクシーたちの意図が全く見えないかさねは、困惑したように言葉を吐いた。


「ピクシーさん……あの、これ、かなりアウトだと思うのですが」

『やだなぁ。既にアウトなことをやっちゃった子がなに言ってんの! 百体もクラッキングしちゃって……よ、子悪党!』

「いやいやいやいや。人を脅して奴隷みたいにして、ヤれと言った人にそれを言われても……え、百体やれって言ったのソッチですよね?」

『ようこそ☆ 胸躍るドキドキのピンクワールドへ! これできみも我々の立派なBotだね!』

「胸止まるドバドバのレッド血色ワールドの間違いでは」

『――きみ、脅された奴隷を名乗ってるわりには余裕だよね。結構さっきからエラい口答えしていることに気づいてる?』


 ――ああ、気づいているとも。だが、これぐらいは言わないと、やってられないのだ。

 口には出すことなく、かさねは内心で毒を吐き捨てた。

 たったの数日で人生のどん底へと突き落とされたかさねは、ゲーム開始時とは別の意味で精神が麻痺しはじめているのか――かなり自棄になっていた。


「……これ、『ヨツバ』さんっていうプレイヤーを追い詰めるためにやってますけど、本当に誰かを殺すつもりでやっているんじゃないですよね?」

『そだよー――ふふ。なぁに、疑ってるの?』

「……」

『まあ、信じようが信じまいがどっちでも良いけどさぁ。逆らったら、どうなるか――分かってるんだよね?』


 ずくりと、首元が一際鈍い痛みを主張したような気がした。

 自然と首を押さえるかさねの手に、力が籠る。


「私が逆らうときって、貴女を殺すときだと思うんですけど」



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