2.共通認識

「ふぅ……あの子、驚いただろうな……」


 目を覚ますと、神殿の広間。……ものの見事にキルされていた。

 手も足も出なかった。完敗だった。そもそも、争いさえもしてなかった。


 ……たまに野蛮な奴もいるが(そういったロールに忠実なだけなのかもしれないが)、この世界での仮想生活も嫌いじゃなかった。


「よろしくおねがいしまーす!」


 通りの端に、新築らしい建物が一つ。

 その前で大きな看板を立てて、男が声を上げていた。


「あぁ、新しい建物の建築が終わったのか……。


 没入型MMO、その他にはない特徴として――プレイヤーの記憶、感覚により世界が構成されている、というものがあった。


 この世界では、建物も、何もかもが、人の記憶によって成り立っているのだ。記憶、そんな曖昧なもの、時間が経つにつれて薄れてしまうのではないか、という懸念も自分が始めた当初は山程出ていた。


 けれども、実際にはどうだろうか。


 ゲームを始める前にざっと見せられた風景を土台に、全員の共通認識として刷り込まれた風景はそこに存在しているものとして出来上がっていて。これが“今の町”と認識している者が多数いる限りは、存在し続けるという仕組みである。


「お疲れさん、どれぐらいかかったんだ?」

「だいたい3日ぐらいっすかねぇ。材料さえ集めれば、あとは簡単っす」


『新しく建物を作ろうとしても、残しておけないのでは?』という問題も出ていた。それこそ“共通認識”に塗りつぶされてしまうのではないか、と。事実、一夜で建てたところで、次の日の朝には消失してしまうのだが――これをどう解決したのかというと、“一から自分で作る”のだった。


 個人の所有するアイテムは消失することはない。完全に建築し終わるまでは、個人の道具という認識なため、それまでの過程を“家を建てるという作業の風景”として観測される必要があるのだ。


 ゲームの手軽さと、現実のリアルさが融合したという目新しさ。この魅力が理解できる者は決して多くは無かったけど――確かに面白い、と感じるに足るシステムだった。


「……ただいま。戻ったよ」


 それともう一つ。自分がこのゲームを長らく続けている理由がある。『グリム童話』と、『共通認識システム』と、あとひとつ。

 

「あら、おかえりなさい。ハーメルン」


 ――床にまで届きそうな黒く長い髪。スラリと伸びた手足。僕よりも少しだけ身長の高い彼女が僕の名前を呼ぶ。


 同じプレイヤーの一人であり、僕の最愛の彼女であるターリアだ。吟遊詩人である自分とは対照的で、戦士職でプレイしていた。実力はゲームの中でも上から数えた方が早い、もしかしたら上位二十人には入るのではないだろうか。


 ターリア、『太陽と月とターリア』。いばら姫。

 何人たりとも花へと触れさせぬ鋼鉄の茨とは、彼女の剣のことである。


「今日も最後のクエストに?」

「四人で挑戦したけどダメね、ぜーんぜんゲージが減らないの。絶対、一番最初に攻略して見せるんだから!」


 ……今から一年前、吟遊詩人としてフラフラしている自分に、ゲームを始めたばかりの彼女は話しかけてきた。どこからか、初心者にいろいろ教えてくれるプレイヤーがいる、とでも聞いたのかもしれない。


 それから四六時中一緒に付いて行動し始めて、めきめきと実力を付け始めて。今では、ターリアは日夜戦いの場に身を置いていた。……ゲームの世界の外、現実世界で毎日会っているのだから別に構わないのだけれど。


 それでも――


「僕は……君とこうしてゆっくりとした時間を過ごす方が――」

「っ!? なんの音!?」


 突如、けたたましくサイレンが鳴り響いた。


 運営のアナウンスだろうか。それにしても、ここまで喧しく鳴るのは初めてだ。それに、それにこんな中途半端な時間に行うなんて、緊急の案内なのだろうか。


『――現在接続されているプレイヤーのみなさん』


「……声?」


 普段ならテキストのみで表示されるはずの運営アナウンスが、今回に限っては合成音声のようなものによって始まる。抑揚がない、温度もない、雑な作りな棒読みの声。


『サービス開始から二年余り、未だに最後のクエストクリアを達成したプレイヤーはおりません。生活にのみ注力し、挑む者も少なくなってきました」


『私は、クリアを望んでいます。ゲームに参加したのなら、クリアを目指すのが貴方たちの義務です。できないのなら――死んでいただきます』


 ――あまりに簡潔な物言いに、呆気にとられた。

 恐らく自分たちだけではない。接続している全員が、呆然としただろう。


『一ヶ月の期限を与えます。それまで、逃げ出すことは許されません』






「……どうするの!? 本当にログアウトできなくなっちゃった……! ねぇ、ハーメルン、聞いてるの!?」


「……いま運営に問い合わせのメールを送ってみた」

「そんなもの帰ってくるわけが――」


 ぴろりん♪とメール着信の音が鳴る。

 自分が送った質問文に対しての、返答が返ってきていた。


『Q:最後のクエスト、ゲームクリアーとは「KHM???」のボス攻略クエストのことですか?』


『A:その通りです。貴方たち550人のうちの誰かが、一ヶ月以内に「KHM???」のクエストを攻略することでゲームクリアーとなります』


 こんな一つのクエストのためだけに、こんなことをしているのか? 


 高すぎる設定値により誰も攻略不可能。どれだけレベルを上げたところで、どれだけ高性能な装備を纏ったところで――数時間費やしたところで勝てないのは、これまでのプレイヤーたちの様子から明らかだった。


「……? ハーメルン……これ見て……」


 そう言ってターリアが見せてきたのは、現在の接続オンライン状況のリストだった。上部には人数が表示されるようになっており、運営の言う通りならば――……546?


「接続人数が……減っている? ……っ!? まさか――」


 嫌な予感がして、再び運営へと問い合わせのメールを送る。すると直ぐに返答が返ってきた。質問を重ねる度に、絶望感的な返事が返ってきていた。


『Q:そちらが期限として設けた一ヶ月の間、ゲーム内で死亡した場合、リスポーンは行われるのでしょうか?』


『A:。期限が終わるまで、またはゲームがクリアーされるまでは、昏睡状態になっていただきます』


『Q:期限以内に誰もクリアーできなかった場合は、どうなりますか?』


『A:全員死んでいただきます。期限終了時まで生き残っているプレイヤーも強制的に死亡状態へとなっていただきます。クリアー以外に、貴方たちが生還する方法はありません』


「なんてゲームだ……」


 こっちはそんなつもりじゃなかったのに。この世界に浸れるだけで、十分に楽しかったのに。と、メールを送ったところで答えは返ってこないだろう。……まさか、運営によってそれを奪われてしまうなんて。


「みんなに知らせないと……。……ハーメルン?」


 期限以内に誰もクリアできなければ全滅。ゲーム内で死んでしまっても、期限切れと共に現実で死亡。誰も彼もが疑心暗鬼になり、最悪殺し合いが始まってしまうかもしれない。


「これが広まったら……みんなパニックになる」

「なに言ってるのよ! もうが出てるのよ!?」


 減っていた4人。もしや、クエストに挑戦した者たちなのだろうか。アナウンスにあった言葉を信じ、クリアを目指し、それで――

 

「――ターリア! どこに行くんだ!?」

「どこって、皆に教えてくるわ! それに、クエストをクリアすれば皆助かるんでしょう!? それなら行かないと……!」


 彼女はクリアすれば全部解決だと言った。だが、それはできない。今の状態で、ラスボスに勝てる保証なんてどこにもない。そして、それに失敗してしまえば……僕はもう、ターリアに会うことができなくなってしまう。


「絶対にダメだ! それだけは……ターリア、君が犠牲になるのだけはダメだ! 誰か――他の誰かが終わらせてくれるのを待とう!」

「……なんで? なんでよ! きっとできるわ、私が戦って、貴方がそれをサポートして――」


 弱気なことを言っているのは自分でも分かっている。

 けれど、自分にだって守りたいものがあった。最低限の日常があった。


「“きっと”が通る状況じゃない、それは無理だ。……できない。誰も今まで攻略できなかったんだ。僕が入ったところで何ができる? 頼む、お願いだよ、ターリア」

「――っ」


 制止する自分の腕を振りほどき、ターリアは外へと飛び出してしまった。

「……意気地なし……!」と、そう言い残して。

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