第12話 ハンブルに常識はない

 「おはようございます!」


 ハンブル商工会本部の朝はルーさんの元気な挨拶から始まる。

 受付嬢、専属技師、管理官、というなんとも不思議な顔ぶれが集まり、簡単な集まりをするのが慣例なのだ。

 ちなみにファリエ会長は新法の根回しやらなにやらで忙しく飛び回っており、朝はいないことのほうが多い。

 

 現時点でハンブル商工会には所属商店もなく、所属技師も一人しかいない。そんな名も売れていない商工会に新規魔法道具制作の依頼がやってくることはない。というわけで最近の俺の仕事は、魔法道具を修理することである。

 毎朝の集まりで今日の修理先を指示された後、日が暮れる頃までに修理し、商工会に戻り報告をするのが日常だ。

 

 サンライニの木製魔法道具は思った以上に幅広く、庶民の暮らしに根付いているという印象だ。水を出したり、物を温めたりということも一般の家庭でも魔法道具を使っていることも少なくない。

 

 一方ノースモアでは一般の家庭にはそういった魔法道具はまだまだ浸透していない。

 加熱料理をする際や、水仕事をする際に使うのは別途魔石とよばれる使い捨ての鉱石を使うことが多いので、それなりに維持費が掛かっているのが現状である。

 最近では貴族の払い下げを買うことも増えてきてはいるが、まだ一般的ではないだろう。


 実家は手をいれる前から魔法道具が僅かだが据えられていた。庶民の家としては割りと珍しい。どうも祖父世代からの遺品でもあったらしく、父は専門ではなかったがまめに手入れをしていたのを覚えている。


 サンライニで木製魔法道具が使われるのは魔石が手に入りにくいといった事情もある。

 魔石は少ない魔力で簡単に現象を引き起こすことができるが、その現象の効率はさほど良くない。だからこそ数が必要になるので、安定的な供給ができない地域ではそういった生活様式が維持できないということだろう。

 とはいえ魔石より、魔法道具のほうが安定した品質を提供できるし、利便性も高い。ノースモアでも将来的な魔石枯渇に備え魔法学園を設立したという説もある。庶民向けの魔法道具の開発は遅々として進んでいないが。


 そんな事情もあり、修理を担当する魔法技師は意外と重宝されているのが実情だった。もちろん貴族が少ないという事情で同じ仕事をしている技師も多いのだが、それ以上に修理を必要としている家庭も存在するので、俺の仕事も確保されているのだ。

 ティーラ区での仕事が基本なので、ここ最近はちらほら顔見知りになってきた方もいる。


 今日はどんなところに修理に向かうのだろうか…と考えを巡らせていると、意外な話を伝えられた。



 「花の日が近づいてますね!というわけで、我が商工会でも今回花を販売しようということになりました!」



 ルーさんが快活に告げる。眠気を吹き飛ばしてくれるような明るい声色である。


 「今更なんだけど、ルーさんって管理官だよね…。なんか会長より会長らしいっていうか…」


 今更ながらニアが指摘をする。専属技師も全く同感である。


 「いや、まあ…ハンブル商工会自体の経営が上向きであれば、公国としても良いことなので…。一応管理官としては入国の管理だけではなく、この商工会そのものの管理も含んでますから」


 苦笑い気味に答えるルーさん。なんともできる兎族である。


 「あの…花の日、というのはどういうものなんでしょうか」

 「あ!そうか、ノースモアには無いらしいもんね、花の日」


 ニアが声を上げる。どうやら花の日というのは、サンライニ独自の風習らしい。


 「トラジア島に咲いているウームという花を、日頃の感謝を込めて身近な人に贈る…という習慣があるんですよ」

 「まあ両親とか、夫や奥さんにとか、恋人とか。サンライニの春の風物詩みたいなものかな」


 聞くとこの時期にウームという花や、それを使った何かを売ったりすることは、いろいろな商店がやっているそうだ。

 またウームという花は、「魔素抜き」の工程が必要になるものでありそれに長けた職をもつ方々の稼ぎ時でもあるようだ。


 「本来ならそういった方々の市場に入っていっても難しいとは思うんですけど、会長からはリアンくんにもぜひ「魔素抜き」の工程を学んでほしいというお言葉もありまして。技師としての技術にも関係することでしょうし、ウームの出品に挑戦してみるのはいかがでしょうか」


 確かに魔素抜きは魔法道具を作っていれば必要になる技術だ。当然学園でも訓練はあるが、サンライニの魔法道具に関してはあまり綺麗な魔素抜きはされていないような印象があった。

 修理の工程でも、もう少し魔素抜きがされていたら長持ちするのに、というような場面に出くわすことも少なくなかった。


 「そのことに関しては会長も言っていました。だからこそ商機があるって考えているみたいですね」

 「ってことは商工会で売るってこと…?」

 「一応そういうことになります。ニアちゃんは受付嬢だけじゃなく、看板娘としても活躍していただくことになりますね」

 「ええ…、ここ商工会だよね…」


 商工会は普通商品を並べたりはしない。所属商店に対して仕事を奪うことにもなるし、基本的には依頼のやり取りで忙しいからだ。

 考えていなかった展開にニアの表情はやや引きつっている。


 所属商店もないし、依頼のやり取りも少ないことを逆手にとって、ハンブル商工会は商店も兼ねるつもりらしい。秘密の外交窓口であり商工会でもありさらに商店でもある…、どうやらますます俺の常識は通用しない組織になっていくようだ…。

 お得意様用の応接室もないし、個人工房室が設置されている時点で色々と常識はずれではあったのだが、いよいよ商工会の道から外れていきそうである。


 「それに伴ってなんですが、リアンさんにはキュリオさんという方の工房に研修という形で伺っていただくことになります」

 「キュリオさん…?」


 聞いたことがない名前がでてきたが、聞くところによるとウームの扱いに長けた方らしい。

 彼が魔素抜きしたウームは少量とはいえ、あっという間に売り切れてしまうほどだそうだ。


 「キュリオさん自身の本業はグラス製造なんです。彼が製造するグラスは良心的な価格の割に透明度が高くて評判がいいんですよ。ハンブル商工会の窓もそのグラスを使っています」

 「確かにここのグラスって綺麗だよね。会長が金に物をいわせたのかと思ってた」

 「ニアちゃん、それなら商工会の建物自体ももうちょっと品質が上がったのでは…」

 「あっ…」


 苦笑いする兎族管理官が、貴族の意外な財布事情を告げる。一連のやりとりをしたニアは、その世知辛さに気づいた後、こちらをちらっと見る。やめろ、俺の給料が普通だった理由を察するでない。もらえるだけで十分なんだ…!ちょっと納得がしにくい契約提示だっただけで…!


 とはいえ、こっそりではあるが他国への窓口としての役割も担っているはずである。公国からの補助もありそうなものだが…。


 「リアンさんもご存知とは思いますが、グラスの透明度を出すには魔素抜きの技術が欠かせないですから。今回会長がお願いをして、その制作にお付き合いさせていただけることになりました。本日からはしばらく、魔法道具の修理ではなくそちらに出向いて技術を学んできてください」

 「わかりました。良いウームを出品できるように頑張ります!」

 

 技師が技術を開示してくれるなんて非常に稀有なことだ。おそらくファリエ会長が上手に話を運んでくれたのだろう。グラス製作に関しては専門外ではあるが、この機会にしっかりと勉強させていただくことにした。




 「おう!ハンブルの新入りってのはお前さんのことか。思ったより若いんだな!」

 

 早速グラス工房へ出向くと、灰色の毛並みの子猫族、キュリオさんは尻尾を振って歓迎してくれた。気難しい技師も多い中、子猫族の気質に違わずとても人懐っこい雰囲気を感じる。

 彼のいる鮮やかな白色の工房は周りの景色に溶け込んでいる。自宅も兼ねているそうだ。

 ノースモアでは工房にも格が求められるためそれ相応の装飾や、魔法道具を掲げることも少なくない。そのことからすると、随分と謙虚な造りだと感じた。


 「ハンブル商工会に最近所属しました、魔法技師のリアンです。よろしくお願いします」

 「おう!俺はキュリオだ。グラス技師をしてる。異国から来たらしいじゃないか!ささ、こっちへ来て国のことを聞かせてくれよ」


 彼はいそいそと俺の服を引っ張り用意された木製の丸椅子へ座らせる。

 子猫族特有の好奇心が抑えられないのだろか。可愛らしい耳をぴくぴくさせ、くりくりとした目で見られるとどうも断れない。

 グラスの話も、ウームの話も後回しで俺はヴィクト王国のことやノースモアについて色々と話をした。

 話をしている間、たんったんっと音がすると思ったら、キュリオさんの尻尾が彼の座る椅子を叩く音だった。俺の拙い異国の話でも満足していただけたようだ。


 「はー、ヴィクト王国ってのはすごいんだな。そんな大きな城なんて見たこともないぜ!金持ちなんだなあ…」

 「まあノースモアは王都ですし、それなりに豊かだとは思います。みんながみんなではないですけどね」

 「にゃはは!そういえば、ファリエにうまいことやられたらしいな?あの男がいい笑顔でお前のことを話してたぞ、優良物件を仕入れたって!」

 「仕入れって…俺一応人間なんだけどなあ…」


 そんな俺のぼやきを聞いて、キュリオさんは更に笑った。子猫族は笑うときにゃはは!っていう独特の感じになる。なかなかに可愛らしい響きである。


 「ま、金のことは心配すんなよ、らしくはなくてもあいつは貴族だしな。飢えることはねえだろうし、搾取に精を出すようなやつでもない」

 「そうだといいんですけどね…。ところでキュリオさんはファリエ会長とは長い付き合いなんですか?」


 考えてみれば「ファリエ」と呼び捨てだ。ノースモアでそんなことをしたら衛兵に連れて行かれて、問題を起こすな、とこんこんと説教されてしまう。当の貴族に聞かれでもしたら大層厄介なことになるだろう。


 「そうだなあ、子供の頃からの付き合いだから腐れ縁っていってもいいかもな。この工房を作る前は家も近くてなあ、ご近所付き合いっていうのか?歳も近かったしよく遊んでたんだよな」

 「貴族と…遊ぶ…!?」


 二重の意味で衝撃的な発言であった。一つは貴族の子息と庶民が遊ぶこと、もう一つはこんなに見た目が可愛らしいのに彼は俺よりも結構年上のようであったことである。


 「にゃはは!まあ聞いたところリアンの国ではなさそうだもんな。こっちでは子供時代に一緒に遊ぶくらいは普通さ。ファリエの場合は中でも砕けてて、大人になってからも楽しくやらせてもらってるよ」

 「へえ…」


 確かにこの国には貴族達が住むところはあるが、あからさまなわけではなく街中にある少し大きめの家が貴族の屋敷だったりもする。国から指定されて貴族位を賜るところは同じなようだが、あまり硬くるしくやっていないのはサンライニ気質も関わっているのかも知れない。


 「まあ心配すんな!ちょっと姑息で、狡猾で、詐欺師っぽいところがあるだけだ!」

 「心配する要素しかないです!」

 「にゃははは!」


 長い付き合いの子猫族からこんな風に評されるとは、ファリエ会長は一体どんな子供時代を送っていたのか。少し不安にもなったが、まあからかわれたのだろう。子猫族特有の顔に、人懐っこい表情をみせるキュリオさんは非常に楽しそうである。


 「それじゃ面白い話も聞かせてもらったし、魔素抜きの肩慣らしにグラスの製作でもやってみるか!異国の技師がどんな技術をもっているのかも気になるしな」


 子猫族にとっては少し高めに見える椅子から彼はぴょんっと飛び降りる。するとそこには職人の顔をした子猫族がいた。ニヤリとこちらを見つめる表情には、好奇心はそのままに技師としての自信が少し見えたような気がする。


 俺はこういう表情を見せる男を知っている。エドガー工房の跡継ぎ、スタンレイだ。話がしやすいと感じたのは、子猫族の気質によるところだけではなかったようだ。この感覚が間違いでなければ、キュリオさんには魔法技師として学べることがたくさんある。


 俺は学園生として魔法学の勉強を始めたあの頃を思い出し、心が沸き立つのを感じた。

 海に近いグラス工房の窓からは、サンライニ特有の暖かく、それでいて爽やかな風が吹く。その風に俺は背中を押され、改めて挨拶をした。


 「よろしくお願いします!」

 「にゃむ!」


 ふふん、と得意げな表情をする子猫族の尻尾は、たんったんっと景気良く椅子を叩いていた。

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