第5話 格闘技を辞退する回路

 ハンブル商工会はやはり変わっている。

 商工会2階の個人工房室に荷物を置きながら改めて思う。

 最初に思った通り、貴族やお得意様をもてなす部屋ではなかったが…、この商工会ではそういった部屋は必要ないのだろうか。


 普通、商工会は魔法道具に関する作業ができる工房室なんてまず作らない。それもそのはず、技師個人での所属は珍しいし、所属する商店だって魔法道具に関連しない所のほうが圧倒的多数だからだ。魔法技師関係の人間ばかりを優遇するわけにもいかない。


 「学園内のやつでも予約が大変だったんだけど…まさか卒業後に個人工房室なんて」


 人生何があるかわからないな…なんてことを考えながら室内を見渡す。

 明かり取りの窓に、作業用の木製机とイス。最低限の設備ではあるけれど、窓の向きがいいのか室内でも明るい。一人なら横になって仮眠をとることもできそうだ。

 というか、枕も置いてある。なかなかに準備がいい…この商工会、技師の生態にやたらと詳しい気がする…。


 「ま、最低限も最低限、ただの個室っていってもいいけどね。王都の学園は人も多いし確かに混みそうだなぁ。ま、その点こっちはいつ来ても空いてるよ!」


 案内してくれたファリエ会長が得意気に語る。

 それって商工会が流行ってないんじゃ…というのは黙っておくことにする。


 「うちの商工会、流行ってないからね!」


 ああ、黙っておいたのに…この人自分で言っちゃった…。

 しかも、得意気な表情はそのままである。


 「ちなみに作業が長引いたら泊まってもいいからね、課題提出の日までは自由に使ってくれたまえ!」


 それじゃ、頑張ってね!と片手をあげて、返事も聞かずにファリエ会長は去っていった。


 

 工房室で木製の腕輪を確認したのは、その後のこと。


 思い出さないようにしていた感覚や記憶が鮮明に蘇りしばらく沈黙していたが、改めて腕輪を確認することにする。

 久しぶりに使うゴーグル式の技師グラスをつけて、木製腕輪の回路を拡大して観察する。


 魔法回路というのは簡単に言えば彫り込んだ線だ。木製でもアモーリテ製でも、要はそこに魔素が流れるのに必要な道を彫ればいい。

 同じ円形の回路でもその大きさによって効果は変化する。基本的に大きな現象を起こすには長く複雑な回路が必要になるので、魔法道具も大きくなりやすい。


 魔素は普段は目に見えないけれど、この地のどこにでも存在すると考えられている。なかなか説明しづらい感覚だが、ほぼすべての生物がなんらかの形で魔素を動かすことができると言われ、魔素を動かす力のことを魔力と呼んでいる。

 大量の魔素を動かせることを、魔力が大きいと表現するのはこのためだ。

 一般的に子供より大人のほうが魔力が大きいし、教育を受け訓練を積めば魔力を大きくすることもできる。


 貴族は幼い頃から教育を受けるので、庶民の大人より魔力が大きいのが普通だ。

 だからこそ魔法道具は光ったり、美しい幻影をまとわせたりする長い回路を仕込むことができる。これだけの魔素を動かせるんだぞ、もしくは大量の魔素をもつ高級なほたる石を買えるんだそ、という見栄も必要だからだ。

 貴族の社交界とはもはや魔素格闘技である。恐ろしい。


 しかしこの木製腕輪の回路には、その格闘技に対する戦意が一切感じられないのだ。


 魔素を回路内で振動させて光を発生させる。そんな基本的な仕組みすら彫り込まれていない。ほたる石が付いていないところや、腕輪型であることを鑑みれば持ち主が任意で魔素を流す仕組みだとは思うが、身につける装飾品としては地味すぎる。

 これでは貴族のたしなみ、魔素格闘技では一回戦負けどころか、予選も突破できない。


 木製というのも珍しい。学園生の頃か、もしくは工房に入りたての際の試作に使うくらいだ。とはいえ作りは丁寧で均一、学園生の不慣れな彫り込みとは考えにくい。回路がやや浅く太めだが、これもおそらく意図されたものだろう。

 彫りの浅さは強度を意識したものと考えればおかしくはない。耐水の回路も入っているし、雨の日でも使えるようにという意味か。それなら木製をやめればいいと思うが…。


 これは試作なんだろうか。

 しかし普通は試作の際にも発光する回路なんかも彫り込む。

 そうでなければ本制作の際に回路が大幅に伸びて、試作の意味がなくなってしまう。下手をすれば道具に彫りきれない、なんてこともあり得る。


 だからこそ節々から確かに感じるのだ。木製で安価に設計し、小さな魔力で最大限動かそうという意図が。

 社交界、魔素格闘技での勝利は必要ないのだと、自身の存在を通して訴えかけてくるような気がするのだ。


 しかし奇妙な点もある。


 「手を暖めてどうするんだ…これ」


 この腕輪がやろうとしているのは少ない魔素で「腕輪周辺を暖める」ことだ。


 いやいやいや…待ってくださいよ。

 最大限効率よく手を暖めてどうするんだ!手袋でいいじゃないか!

 貴族はもちろん庶民でも手袋くらいもってるよ!

 昔のこととか思い出して感傷的になった時間を返してくれよ!

 

 心の中で突っ込みながら、渡されたもう一方の腕輪を手に取る。


 「ああ、これはかなり回路変えてるな…まあ気持ちはわかる、そうなるよね」


 アモーリテで作られ、美しく細工が入った腕輪は、木製の腕輪とは別物といって言っていいほど回路の内容を変えていた。

 光を発生させるのはもちろん、軽い幻影もつくようになっている。王都で最近流行っている、擬似的に花びらが散ったように見せるものだ。おそらくこの腕輪を作った技師も最近まで工房で魔法道具を作っていたに違いない。

 ただ、肝心の効果は


 「手の先に魔素を集め、発光する球体を生み出す」


 というものに改修されていた。

 苦しかったんだろうな…とその悩みが手に取るように分かる。

 

 当然である。

 手を暖めるだけの魔法道具なんてまず無いのだ。


 「温度をあげる」という回路と「発光する」という回路は類似点も多い。

 「温度を上げる」ほうが回路は単純になるし、木製という材質からあくまで学園生の試作程度の腕輪である、と判断したのだろう。

 「発光する」という回路の不完全なものだと考えて、補完するような形で製作を進めたんじゃなかろうか。


 試験なのだし、そういった所を見抜き改善する腕を試すものだと考えれば、細工を追加したり回路を追加したりするのも理解できる。

 ただ、その実用性は疑問だ。手の先から発光する球体を生み出す場面なんて、一生に一度あるかどうか、むしろ一度も無いのではないか。

 誘拐されそうになったときの目くらましかな?


 「しかし、これが不合格かぁ…」


 その用途に対しての疑問を置いておけば、丁寧な出来だ。

 華美な彫り細工ではあるが、一部は発光回路を兼ねていて、腕輪の表面積を飾りだけで埋めてしまわないようにしている。

 流行りの幻影回路は、長さもあり難易度が高いのだが、狂いなく彫り込まれている。全体の装飾や回路の並べ方は、伝統的な様式で貴族受けもいいだろう。


 「華やかで美しいことは義務である。…義務を果たさなければ、仕事はない…か」


 この様式を確立させた魔法技師、エクセシオスの名言とされる言葉を思い出す。

 この試験でも義務を果たすべきなんだろうけど…明後日か。元基礎工程主任が、回路、装飾をこの作品以上に仕上げられるのだろうか。


 「とりあえず…ルーヴを見せてこないといけないか」


 あまり深く考えても仕方がない。技術は今持ちうるものしかないのだから。

 技師グラスを外すと、日は高く登っていた。

 鞄に手荷物をまとめて背負うと俺は工房室を後にした。



 一口に工房と言ってもその内情は様々である。

 修理を中心に請け負う工房もあれば、大型の魔法道具を得意とする工房、逆に小さな装飾品を専門にする工房など。各工房ごとに特色はあるのだ。

 一部の工房を除いて、大抵は貴族やお金持ちからの依頼を受注し制作を行っている。

 

 ではその一部の工房とはどういった所か。

 それは魔法技師を客として、技師の道具を手掛ける工房。通称、技師工房である。



 「お邪魔しまーす」


 その工房の扉を開けながら声を掛ける。

 しかし返事はない。

 まぁ予想の範囲内ではある。こちらを一切見ることなく、技師グラスをつけたまま黙々と手を動かしている彼を見るのは初めてではない。


 扉を開けてすぐの板張りの空間には、今彼が使っている大きな机がある。使いこまれた魔法道具が並び、床には試作品で使ったであろう木版が散乱し、アモーリテのかけらまで転がっていたりする。

 壁一面に配置された大小様々な木製の引き出しは使い込まれ、ところどころ引き出されたままのところがある。


 相変わらず作業に没頭したままの彼を見ながら、作業机より入り口側に置かれたテーブルの上にある魔法道具に魔素を流す。


 「あふっ!?…おお!リアンか、しばらくぶりだな!」


 技師グラスはそのままにぱっと顔を上げた彼は、こちらを見ると快活に声をあげた。

 その前に少し気持ちわるい声も上げていた気がするけど…。


 「スタンレイも相変わらず。まぁいつもより間隔空いたかな」

 「工房クビになったんだもんな?」


 技師グラスを外した彼は、ニヤニヤとした表情を隠そうともしない。

 俺はあまりに明け透けな物言いに、逆に救われたような気がした。

 そのことがちょっと悔しくもあったので、言い返す。


 「また気持ち悪い声をあげてたけど、今度はどんな仕掛けしたんだよ」

 

 作業に夢中になりすぎて来客に気づかないため、彼はある時から来客向けの魔法道具を開発した。最初は大きな音が鳴る…とかその程度だったはずなのに。


 「今回は尻にビリっと刺激がくるやつよ!リアンも試してみるか?癖になるぜ!」

 「いらねーよ!」


 技師工房エドガー。技師の道具を手掛けるその工房には、赤髪のスタンレイという腕のいい技師がいる。技術は確かで、学園の同期であることを誇りに思っただろう。


 …変態でなければ。

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