世界がデスゲームになったので楽しいです。

おしゃかしゃまま

第1話 世界が変わる

『楽』を探せ。


『楽』を選べ。


『楽』を進んで


『楽』を『楽』しめ


 と、言われ続けてきた。


 それが生きるコツなのだそうだ。


 だったら、この状況の『楽』とは何だろうか。



「ちょっと? 聞いているの?」


「聞いているよ」


「そう。じゃあ、さっさと死んで」


 と、私立女原高等学校に通う高校三年生。明星真司(めいせい しんじ)は思った。


 ある事情で普段よりも一時間ほど早く学校に着いてしまっていたシンジは、自分のクラスである3-Aの教室で持ち込んでいた携帯ゲーム機を遊んでいたのだが、そこに女子生徒が現れた。

 人に向かって『死んで』と、およそ常識では考えられない暴言を吐いた少女の名前は、荒尾 桃(あらお もも)。

 高校生とは思えないほどに発育した胸が目に付くシンジとは同学年の少女だ。



「ほら、早く。早く死んで、今すぐ死んで。気持ち悪いから」


 そんな少女が、シンジに『死ね』と言い続ける


(かれこれ15分か……)


 モモがシンジの教室に現れて15分。

 ずっと暴言をモモは吐いている。

 シンジは『楽』をしようと、モモの暴言をそのまま聞き流していたのだが、そろそろ飽きてきた。


(15分あれば簡単なクエストが一つクリア出来たな)


 モモがやってきたときに面倒になるのを避けて胸ポケットに咄嗟に隠した携帯ゲーム機にシンジは目をやる。


「聞けって言っているでしょうが!!」


 と、シンジが目をそらしたと……実際にそらしているのだが、思ったモモがシンジに詰め寄ってきた。


 その、学年でも5本の指に入るほどに発育した胸が、シンジの目の前に現れる。


(うわぁ……デカい。制服の上からでも揺れているのが分かるぞ?)


 シンジは、その豊満な胸を思わず凝視してしまう。


「死ね、死ね、死ね、死ね……」


 モモが体ごと言葉を叩き付けるように言ってくる。

 しかし、それを聞いたシンジの思考は……


(うわぁ、揺れる揺れる。おっぱいが揺れる。おっぱいがいっぱいブルンブルン。祭りだ祭りだ。おっぱい祭りだ。ウヒョヒョヒョ……)


 シンジは完全にモモのおっぱいに気を取られていた。


「ねぇ、聞いているの?」


「……ワッショイワッショイ……いや、聞いていたよ? でも、死ぬわけないだろ?」


 漏れ出た思考の言葉を慌ててつぐみ、シンジは答えを返す。

 そんなシンジの真っ当な反論に、モモは眉を寄せて凄んできた。


「はぁ? アンタごときに拒否権があると思っているの?いいから死んでよ、今すぐに。ゴミが。気持ち悪い。マジで。なんでこんな男とコタ君は……」


 ギリギリと、モモが歯を鳴らす。

 目は血走り、髪の毛が逆立って見えるくらいに、モモから憎悪の感情が溢れている。

 ここまでモモがシンジに対し怒りを見せる理由。

 それをシンジは知っている。

 それは、モモだけではない事も、知っている。


「いい? 虫以下のアンタがコタくんと遊んだ。それだけでもう死ぬべきなの。死んで当然なの。なんで生きているの? コタくんが寛大な心でアンタみたいな奴を許しているけど、私は違う。私たちは違う。ねぇ、そうでしょう?」


 モモの声に、クラスにいた大半の女子。それに、別のクラスからモモに付いてきていた女子が、拍手と賛同の声を上げた。


「……はぁ」


 この光景は。

 別にシンジにとって珍しいことでは、実はない。

 もう付き合いきれないとばかりに、シンジは胸ポケットから携帯ゲーム機を取り出して電源を入れる。


「……人の話を聞きなさいよ!」


 その瞬間。モモはシンジが持っていたゲーム機を叩く。

 ゲーム機は、勢いよく教室の扉に向かって飛んでいった。


「ゲームなんてして、本当にキモい! 早く死ねよ! マジで……」


「……良かったな」


「はぁ? 何て? 聞こえないんだけど? 気持ち悪い声で何キモい事を……」


「よっと。ん? 今日はなんでこんなに女の子が教室にいるの?」


 モモの声が、途中で止まる。

 飛んできたゲーム機を受け止めたのは、薄い茶髪がサラサラと揺れる、線が細い長身のイケメン。


「コ、コタ君?」


 山田小太郎だ。

 コタロウはモモたち女子を押し退けると、シンジの机に真っ直ぐ向かう。


「あ、あのコタ君。おはよう! 今日は良いお天気……」


「おはようシンジ。今日は早いな。どうしたんだ?」


 モモを無視して、コタロウはシンジに話しかける。


「……親父の趣味だよ。金曜日から三泊四日。山ごもりだ。あのクソ寒い山にな」


 そのまま、シンジはコタロウからゲーム機を受け取る。

 それを見て、モモは声を荒げた。


「……この、お礼くらい言いなさいよ! ゴミ! コタ君がお前ごときのゲーム機を渡してくれたんだから、土下座して……」


「あの、荒尾ちゃん、だったっけ?」


 モモに向かって、コタロウはニコリと微笑んだ。


「俺、今シンジと話しているんだ。自分のクラスに帰ってくれる?」


 モモの教室がある方向をコタロウが指さすと、モモは感極まったように声を弾ませた。


「は、はい! 荒尾桃!自分の教室に戻らせていただきます! 失礼します!」


 キャアキャアと黄色い声を上げて、モモと他のクラスの女子達が去っていく。


「……見事な手際で」


「……どーも」


 そんな女子達の様子を見ながら、シンジとコタロウは息を吐いた。

 もう、教室は先ほどまでの殺伐とした空気は無くなっている。


「……悪いな、いつも」


 コタロウが、バツ悪そうにそっと言う。


「気にするな。いつも言っているだろ? この事ではお互い礼も謝罪もしないってな。お前がモテるのも、モテすぎて女子達から俺に反感がくるのも、全部お前のせいじゃないんだから」


「……シンジ」


 コタロウは軽く頬を緩めると、そのままシンジの隣の席に座る。


「それでもさ、気にはするよ。親友にあんな事を言うなんて。正直殴ってやろうかと思ったよ、俺は」


「コタロウはしっかり止めただろ? ゲームも受け止めてくれた。それで十分。俺はちゃんと『楽』を『楽』しんでいたから大丈夫だ」


 シンジはコタロウの耳元に近づく。


「あの荒尾さんのおっぱいが目の前で弾んでいたんだぜ? あれは凄かった。マジで」

 

 周りに聞かれないようにこっそりと言ったシンジの言葉に、コタロウはふっと笑う。


「『楽』を『楽』しむか。そういえば、また親父さんと山を登ったのか?」


「ああ、金曜日の夜から、今日まで。三泊四日。家に帰る暇が無かったから、道具もそのまま持って来ちまった」


 シンジはロッカーに置いてある荷物に目を向ける。


「……よかった」


 コタロウが、ぽつりとつぶやいた。


「ん? 良かったって、何がだ?」


「いや、何でも無い。それより、親父さん山で何か言っていなかったか?」


「別に、何も。いつも通り『楽』を『楽』しめ。とかそんな家訓みたいな事しか言ってねーよ。てか『楽』を『楽』しめって言うんなら、山とかに連れて行くなよな。もっとも、親父の目を盗んでゲームをしていたけどな」


 ニヤリとシンジが笑う。それを見て、コタロウも微笑んだ。


「……あの親父さんの目を盗めるのはシンジくらいだよ。シンジは相変わらずだな」


 コタロウは呆れたように軽く目を閉じた。

 そのとき、予鈴のチャイムが鳴る。


「さてと、俺も席に着くか。シンジの一限目は……世界史だっけ?」


「ああ」


「世界史でも、『楽』を『楽』しむつもり?」


「もちろん」


「……シンジ!」


 コタロウが、少しだけ声を強くする。


「……なんだ?」


「そのままでいろよ。何があっても。まがつくな」


「……ん? ああ」


 そう言って、コタロウは自分の席に戻っていった。


(……まがつく? 魔が差すじゃなくて? まごつく?)


 コタロウの言葉が気になったが、もう席に着いている。


(言い間違えか? 珍しい……)


 朝のホームルームが終わり、シンジは一限目の授業があるクラスに向かった。

 一限目は世界史。シンジが受ける予定の大学では使わない科目だ。

 だから、シンジは世界史の授業が好きだった。


「……普通にサボってゲーム出来るからな」


 鼻歌交じりに、シンジは制服の内ポケットからゲーム機を取り出す。

 授業が始まり、出席を確認されたあとにトイレに向かいそこでゲームをする。


 それがいつものパターン。

 世界史を教えている杉田先生は高齢のおじいちゃんだ。

 色々達観しているのだろう。もう11月。この時期の3年生が受験に使わない科目にやる気を出さないのは知っているし、サボることに特に口出しもしない。


「『楽』を『楽』しめってな」


 鼻歌交じりに、トイレでゲームのクエストをこなしていると、突然校内放送が流れてきた。


「妙善高校の方が来られました。生徒のみなさんは体育館に集合してください」


(……ん?)


 聞き覚えのない学校名に、シンジは首をかしげる。

 シンジの通っている高校名は私立女原高等学校だ。


(妙善高校って……確か、不審者が入ってきた時の校内放送だっけか?)


  トイレの外も少しだけ騒がしくなっている。

  放送で体育館といったのはもちろん嘘だ。


(この放送が流れたら、すぐに校庭に避難しないといけないんだっけか? マジかよ!)


  シンジは舌打ちをした。


 (やっと、オメガレウスの尻尾から、神球を入手したのに……クソ!)


  ボスはまだ体力の半分さえ削っていない。倒すまであと十数分はかかるだろう。

  シンジは外の様子に聞き耳を立てる。


(……あと15分くらいなら、大丈夫か? というか、馬鹿正直に避難なんてしなくても色々混乱しているだろうし行かなくてもバレない……か?)


 シンジは避難訓練の時の様子を思い出す。

 中学や小学校の時と違い、高校生になって避難訓練なんて真面目にしない。

 集合までに十五分以上かかるのはよくあるし、不真面目な生徒はそもそも現れない。


(なんだかんだ1000人以上いるからな、この学校。教室移動も多いし……大丈夫だな)


「みなさん、すぐにグラウンドに」


 廊下から、杉田先生の声が聞こえる。

 案の定、トイレにいるシンジの事を気にかけるそぶりもない。


(『楽』を『楽』しもう)


 避難のため早足で去っていく皆の足音を聞きながら、シンジは悠々とゲームを続けるのだった。



 15分後。


「ふぅ……倒したー!」


 やっとオメガレウスとの戦いが終わったシンジは、大きく伸びをする。


(さてと、校庭の様子はどうかなー? 流石に皆揃っているとは思うけども……)


 遅れて出て行く時の言い訳を考えながら、シンジはトイレの窓から校庭を見た。


「……なんだこりゃ」


 シンジは口を開けて、目を大きくする。


(……まぁ、集中していたけど、これに気付かないか? 俺?)


 簡単に言えば、校庭は地獄だった。


 至る所に血が飛び、人の体の一部と思われるモノが散乱している。

 悲鳴が至る所から響きわたり、街の方からいくつも煙があがっていた。


「……戦争? テロ?」


 何が起きているのか、判断する材料が少ない。


「……あ」


 情報を得ようと見ていると、校舎に向かって走ってくる人物がいる。


 モモだ。


 豊満な乳房が、その動きに合わせて激しく揺れている。


「荒尾さーん! おーい!」


 シンジはモモに呼びかけた。

 五階から校庭に声を出すのだ。しっかりと声を張る。

 彼女はシンジの声にびっくりしたかのようにキョロキョロと辺りを伺い、そして、上を見上げて声の元を発見したようだ。


「こっちこっち! ねぇ! 今何が起きているの?」


 シンジの声に、モモはキッと激しくシンジを睨み付ける。


「うるさい! 何でそんな所にいるのよ! 何で生きているのよ! 死になさいよ! クソが!」


 罵詈雑言。いつもどおりだ。

 走っていたから、息が切れているはずなのだが。

 夢中で、必死に言っているのだろう。


 しかし、だから、気付いていない。

 モモの背後から近づいてくる者の存在に。

 ユラユラと歩く、正常では無い者。異常な者に。


(……あれは?)


 それを視認した瞬間。

 シンジはそれに向かって近くにあったデッキブラシ投げつけた。


「……キャッ!?」


 五階の窓から投げつけられたデッキブラシに、直接は当たっていないが、モモは反射的に頭を押さえて悲鳴を上げる。


「よし! 命中! 大丈夫?」


 モモの安全を確認しながら、シンジはデッキブラシが命中した者を見る。


(……男子生徒? 血まみれで……もしかして被害者だったか? いや、何か……)


 デッキブラシが頭部に命中し倒れているのは、シンジと同じ制服を着た男子だった。

 血まみれになっている。

 モモが危ないと思い咄嗟に投げたが早計だったか。

 と、シンジが少しだけ反省していると、頭を押さえていたモモがゆっくりと立ち上がっていた。


「お? 良かった。ちょっと状況を教えて欲しいんだけど、これ、何がどうなって……」


「……死ねぇええええ!」


 シンジの質問を、モモの絶叫が遮った。


「……いや、あの」


「死ね! 死ね! 死ね! いきなり何を投げてくるの? 人に向かって! 馬鹿じゃないの? 死ねよ! ○○○が! そこから落ちてとっとと死ね!!」


 キンキンと、モモの叫びにも似た声が響く。


「あの、それより……」


「それよりじゃねーよ! 何? 何なの? 急に皆が殺されて、やっと会えたのがアンタみたいな○○○なんて、どうなっているの!? ねぇ! コタ君はどこ? どこにいるの? 教えなさいよ! このクソ○○○!」

 

「その、うし……」


「教えろって言っているでしょうが! 教えられないなら死ねよ! 死ね死ね死ねし……」


 モモの声が、そこで途切れた。

 当然だ。

 声が出せるワケが無い。

 モモの首に、半月上の大きな穴が空いているのだ。

 空けたのは……噛み空けたのは、先ほどシンジがデッキブラシをぶつけた男子生徒だ。

 男子生徒は、モモがシンジに向かって罵詈雑言を並べている間にゆっくり起き上がると、そのままモモに襲いかかったのだ。


「……あーあ」


「あ……が……あああああああ」


 モモは、そのまま豊満な胸元をビクビクと揺らしながら、男子生徒に貪られていった。


「こりゃあれかな……」


 シンジは、モモが食べられていく様子を見ながら、今の事態について考えた。

 おそらく、これは映画や創作物でよくある、ゾンビ物のような事が起きているのではなかろうか。

 薬や生物兵器が元で、死んだ人がヒトを食べる化け物に変わってしまい、それが世界中に広まるという奴である。

 良くある話だが、現実では起きてほしくない話である。

 なぜなら、この手の物語のほとんどにハッピーエンドはないのだから。


「ん?」


 シンジは、いったん思考を停止することにした。男子生徒が、モモの上着をはぎ取ったからだ。

 露わになるプルプルとしたメロンのような果実。


 (うわぁ……やっぱデケェな、荒尾さん。コタロウもあんなにおっぱいが大きい子なら一回くらい遊んであげても良かったんじゃないのか?)


 シンジは、プルプルと揺れる魅惑の果実の踊りを見ていたが、男子生徒がモモを押し倒して胸に顔を当ててしまい、見えなくなった。


 シンジはそれを少しだけ残念に思ったが、男子生徒がモモのメロンを口の中で楽しんだ後それをかみ切ったのを見て驚いた。


「……へぇ」


 シンジは、それを先ほどとは違った意味で、興味深く見ていた。


(……肉食動物なら、確か内臓から食べ始めるよな? 腐りやすくて、栄養がある内臓から)


 モモのお腹は、まだ無傷だ。


(胸から心臓に……肋骨があるそんなところから食べるか? それなら何もない腹部からだろ。ゾンビは違うって可能性もあるけど……)


「……よく見ると、アイツ、田村じゃないか」


 シンジは、モモを貪っている男子生徒に見覚えがあった。

 田村 勝(たむら まさる)。シンジの同級生だ。


「巨乳が好きって公言していたよな。荒尾さんとか、潮花さんとか、それに、貝間さんがタイプだって」


 そんな奴が、モモの巨乳を美味しそうに食べている。


「ある程度、ヒトとしての意識はあるのか?」


 そんな考察が、ふっとシンジに湧いた。


「……いや、なんか違うな。意識というか……欲望?」


 シンジは、学校の成績は悪いが、頭が悪い訳ではない。

 むしろ、得意分野ではかなりのパフォーマンスを発揮するタイプだ。


「……起きあがった」


 やはりというか、マサルに貪られていたモモが、平然と立ち上がった。

 目はうつろで、そしてえぐれている首と左の胸からは出血は起きていない。

 時間としては食べられ始めて十五分といったところだろうか。

 そのままモモとマサルはフラフラとどこかへ歩き出していった。


 (感染する、か。よくあるパターンだな。校庭の血の量から考えて、もうすでに半分は死んでいるとすると……)


 シンジは校門を見る。

 逃げる生徒と襲う生徒が入り乱れて、混乱していた。今から学校を抜け出そうとしたところで、あそこで食われて終わりだろう。

 シンジは自分の黒いスマホを見る。

 コタロウにチャットアプリで連絡してみるが、返事はない。

 電話も繋がらない。

 こんな状況だ。

 当たり前だろう。


「っとなると籠城かな」


 シンジは必要な物を考えていく。


(まずは、水、食料、安全を確保できる場所、充電器。そして、武器)


 シンジは、自分の教室に向かって駆け出した。


(困難を選ぶな。苦痛を避けろ。『楽』を探せ。『楽』を選べ。『楽』を進んで、『楽』を『楽』しめ。それがコツだ。生きるコツだ)


 シンジの父親が、事あるごとに伝えてきた言葉。


(この状況。一番の『楽』は……)


 シンジは教室の扉を開ける。

 ここに、『楽』がある。

 だが、そこには人がいた。

 二人、床に座り込んでいる。

 シンジのクラスメイト、山口 紗枝(やまぐち さえ)と川上 美香(かわかみ みか)だ。


「……山口さん?」


 そのうちの一人。サエはシンジの姿を見た瞬間。

 激しくシンジを睨み付けていた。

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