第5話 自分からの贈りもの
言ってやった。
こんな清々しい気持ちは初めてだ。
胡桃は昇降口へと向かっている。最初は歩いていたが、気がつけば走り出していた。
「——言っちゃった」
あの米園英梨華に。
勝負を挑んでしまった。
なんだかすごいことをしてしまったような気がする。もう自分は事態を受ける側ではない。自分が挑戦者なのだ。自ら選んで行動したのだ。こんなこと、一年前の自分では考えれない。
心が震える。
足取りも、自然と弾む。
胡桃は昇降口で踊るように靴を履き替え、スキップ混じりで外に出た。雨はやんでしまい、雲の隙間から日が差している。始まったばかりの西日を体に受け、胡桃は両手を広げてくるりと一回転した。
「——言っちゃった!!」
自然と浮かんでくる笑みを隠しもせず、胡桃は真理の待つ旧校舎へと急いだ。
「ただいま、真理ちゃん!」
がらりと理科室の引き戸を開ける。
コーヒーを飲んでいた真理は、息を切らしている胡桃を見て、にこりと笑った。
「おかえり。どうだった?」
「なんか、——なんかすっごく緊張したけど、言って良かったよ!」
「それは良かった」と真理は笑った。
新しいビーカーにコーヒーを注いで、胡桃に渡す。胡桃ははにかみながら礼を言い、砂糖を加えて口を付ける。
「真理ちゃんが背中を押してくれたからだよ。本当にありがとう」
「いえいえー」
真理が照れるように笑う。
しかし、ここで浮かれている場合ではないのだと胡桃は思った。自分から勝負を挑んだのだから、前回と同じようなことがあってはいけない。そう考えると、少し緊張もする。そのことを真理に話すと、
「んーん、心配しなくても大丈夫だよ」
真理は首を振った。
「今の胡桃さんは中間試験の前の胡桃さんとは全然違うから」
「そうなのかな……」
確かに、少しは前向きにもなったし、能動的に行動ができたけれど、でも学力に関しては変化はない——どころか、ここのところ勉強から逃げていたから、下がっていると思う。
「だって、胡桃さんは一度、失敗を経験したでしょ? だったら、その経験は胡桃さんにとってとても大きな財産になってるはず」
「財産に?」
「そう。それは実際に行動して、経験しなくてはいけないの。知識でも理屈でもなくて、実際に目の当たりにした人にしか分からないもの。胡桃さんは、この間の試験で失敗して良かったと思うべきなんだよ」
——失敗して良かった。
「中間試験の問題って、いま持ってる?」
持っている。試験のあと、見るのも触るのも嫌で、ずっとクリアファイルに挟んだまま放置していたのだ。
真理に手渡すと、彼女は問題文に目を通しながらこう言った。
「実験でも、テストでも、大事なのは失敗をした後なんだよ。どうして自分がミスをしたのか、どうやったら次は成功するのか、それを知れるかどうかは、失敗した人にかかっているの。せっかくできた失敗なのだから、きちんと有効に使わなきゃね。だから、」
真理はにっこりと笑って、白のチョークを手に取った。
「今から『生物』の復習を、始めましょっ!」
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