第2話 校庭にサムライ!?

 2時間ほどして、胡桃は声を出さないように息を吐いた。ペンを置き、机に頭を伏せる。


 ——あー、頭ぱんぱん。


 もともと胡桃は暗記が苦手ではない。もちろん、暗記なんて面倒で非生産的なものだとは思うが、「覚えなくてはいけない」と割り切ってしまえば、英単語や歴史の用語くらいなら頭に詰め込むことはできる。


 とはいえ、2時間も詰め込み作業をすると、やはり疲れる。


 なにより、江戸時代の将軍である徳川家は名前が似ているので覚えにくい。家康、家光、家慶、慶喜——どれも似たような名前なので、誰が誰で何をしたのか、こんがらがってしまう。


「——はあ」


 胡桃はすぐ横の窓から外を見た。

 校庭では部活動が行われている。トラックでは陸上部が走り込みをしていて、その横の芝生が敷かれた一角ではチアリーディング部がダンスの練習をしている。日曜日なのに大変だろうなあ、と胡桃は思って見ていると、


 ——ん?


 何かがいる。


 チア部の練習している場所から少し離れたところ、外部からの覗き防止のために植えられた木々のあたりで、何か変なものが歩いている。


 胡桃は目を凝らす。じいっとそれを見つめ、そして気づいた。


 サムライだった。


 仰々しい甲冑を身にまとい、腰に刀を携えた1人のサムライが校庭を歩いていた。


「……ええ」


 半開きの口から思わずこぼれた。横の席で勉強している女生徒が怪訝そうな顔で胡桃を見るが、サムライに気を奪われている胡桃は一切気づかない。


 勉強のしすぎでいよいよ幻覚すら見えるようになったのかもしれない。校庭を、サムライが歩いている。剣道の防具とはワケが違う。日光を反射する兜や鎧はどう考えても金属製だ。歩くごとに甲冑が揺れ、その足取りから結構な重さであることが自習室からも見て取れる。腰には刀を携えている。


 ——ど、どうしよう。


 胡桃は動揺した。あたふたと自習室の中を見渡す。平日なら質問を受け付けてくれる先生が自習室にいたりするが、休日と言うこともあって今はいない。


 職員室に行くべきか、と思って再び校庭に視線を戻し、 


 ——あれ?


 いない。サムライがいなくなってる。ほんの数秒目を離した隙に、跡形もなく消えてしまった。


 校庭では平穏な日常が続いている。100メートルを走りきった陸上部員がトラック上に転がって肩で息をし、チア部がホイッスルとともに各自のフォーメーションの位置をチェックしている。

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