― ― ―

 ────暗闇。



 暗く、冥い、闇の中。



 その中で、蠢くモノが──五つ。



「──よく、顔を出せたな」

 一人、低い男の声が響く。


「……別に、あんなの失敗したって、なんの影響もないでしょ。僕は単に面白そうだったから、少しイタズラしただけだよ」

 子供の拗ねたような声が鳴った。


「ハハハッ、なるほどなるほど。やはりお前さんはあの蓮とかいう少年にご執心なんだな」

「……はぁ」

 快活とした男の笑い声に鬱陶しそうに溜息だけで子供は返す。

 しかし、その笑い声はふつと途絶えた。

「にしても、あの狐のガキ。俺ん時と言い、またあいつが出てくるとはなァ……全く鼻の効くガキだ。さっさと?」

 声色をまるで変え、男は下劣に笑った。


「──待て、逸るな。アイツはまだ生かしておいた方が何かといい──勿論、もだ」

 冷たく、あしらう様に新しい声が発せられた。


「本当に、アナタはあの小娘が好きなのねぇ?……でも、アナタがもたもたしていると、先に、ワタシが喰べてしまうかもねぇ?だって、あんなに綺麗な娘を喰べてしまえたら、ワタシは、さらに美しくなれるもの……ふふふふ」

 最後の一人──その女はくすくすと笑い声を立てる。


「それにしても、あの少年……日向蓮、だったか。あのような不安定な状態で、あそこまでの霊纏術……実に興味深い……」

 低い声の男は、不敵に笑う。


「ダメだよー!蓮くんはボクだ。あんな美味しそうな人間、久々に見つけたんだから」

「──人間を喰らうことを止めはしない、が……あまり目立つような真似は控えろ。我々は、人間など喰わなくても生きていける。欲に溺れるな」

「そりゃ酷だろ?なんつったって、俺らは、喰らうことでしか、満たされないんだからな……じゃ、俺はこれで、じゃあな」

「私も帰るわ。そろそろ仕事なのよねぇ……じゃ、皆々様方ごきげんよう」


 二人がその場から消えるように去ると、続いて、一人、また一人と消えた。


 そして、一人。冷たい声の持ち主だけが残った。

「半妖、半霊、そして──半喰魔くうま、か。半端者の集まりで、何が出来るのか……見ものだな──貴様が撒いた種は、育ちつつある芽は、全て、摘ませてもらうぞ──



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



「やっと家だぁ……」

 僕は、家へと帰りついた。

 中々に、家まで、遠かったなぁ。

 あの後、葵のコンビニ巡りに付き合わされ、まさか、こんな時間になるとは、思いもしなかった。

 同じコンビニチェーンを三件も巡るとは、思ってなかった。何故そんなことをと思ったら、同じコンビニでも、店舗によって品揃えが違うらしい。それに加え、どの店舗がどんな傾向なのかを知っているという恐ろしさ。

 本当に、如才じょさい無いやつだ。


「……にしてもあの返事は……どう、捉えていいのだろう」

 恐らく、告白して、あんな返事を貰った男子なんて、僕だけなのじゃないかと思う。

 首を縦でも横でもなく、きっちり四十五度の角度で右斜めに振られた感じだ。

 ──何を言ってるんだ僕は。

 だいぶ、頭が回らないな……早く寝ないとな。


 それにしても、やっと帰ってこれたのが、こんなボロボロのアパートだと言うのは、なかなかに切ないものがある。

 階段は軋み、床は今にも抜けそうで──

「──んッ、なんだ、今の」

 不意に、足元を何かが、走っていったような……。


「鼠、かな?やだなぁ……虫でさえ、苦手なのに……まぁ、いいや……ほんとに、もう頭回んないよ……」


 そうして、重い足取りで、僕は家の前へとたどり着いた。

 僕の、部屋。

 僕が、死んだ部屋。

 そして、僕が、帰る部屋。


「……明日遥真に、ちゃんと謝らないとなぁ……あ、でもいないかもな……なら、明日電話でもしよっかな……城崎とも、もう少し話したいし……」

 そんなことをボヤきつつ、ドアノブへと手をかける。

 なんか、少しずつ、気分が悪くなってきた。

 やっぱり、身体への負担が、大きかったのか……?

 まぁ、とりあえず、帰ろう。


「ただい──」


 扉を開けると、既に、そこには、先人がいた。


 誰もいない筈の、僕の家に。

 わらわらと。

 ぞろぞろと。

 うじゃうじゃと。


 ──先人、と言ったのは、訂正しよう。


 魑魅魍魎、百鬼夜行のそれらが、溢れんばかり、部屋を、埋めつくしていた。


「──────」

 僕は、とりあえず、ドアを閉めた。


 そして、胸ポケットから、一枚の紙を──名刺を、取り出した。


 そこにある、数時の羅列を、スマートフォンに入力し、僕は、そっと、耳元に寄せるようにした。




「──はい、こちら、桔梗怪奇探偵社です。どう致しましたか、くん?いやぁ、はっはー、流石に電話かけてくるの、早すぎだろ。あの名刺の電話番号、俺の携帯に変えといてよかったよかった。電話かかってきた時点で、だいぶ笑わせてもらえたからね」


 そう言いつつも、その狐は、電話越しにもそのニヤケ面が分かるぐらい、笑っていた。

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