TRUE.〜焼かれた僕と、喰われた少女と、怪奇探偵〜

夕招かるま

一、始まりは炎

001

 どれ程、時が経ったのだろうか。

 いや、どれ程、経ってしまったのだろうか。

 僕は、部屋の隅で、どうする事も出来ないまま、ただただ時間を浪費していた。

 その理由は、ひどく明白で、しかし、酷く不可解で、不条理で、不可思議なものだった。



 結論から言うと、四月十九日、なんてことない普通の火曜日。僕──むかいれんはこともあろうに、この二十一世紀に、などという非科学的現象により、四肢の末端、髪の一本まで物の見事に焼き焦げて、焼死してしまったのだ。



 僕は、いつも通り、朝の六時に起き、眠い目を擦りつつも学校への支度──少し、ちょっとした、とある事情で気が重かったが──と、家事なんかをしてから、軽い朝食を食べていた。

 これまたいつも通り、興味をそそられないような内容ばかりのワイドショーをただ眺めていると、気がつけば、学校へと出かけなくてはならない時刻が目前に迫っていた。

 この時間になると、毎日──特に今日は、学校を休んでしまおうか、などと考えてしまうが、先生はまだしも、幼馴染でもある学級委員長がうるさいので、小さく溜息を吐いてから、渋々と身支度を始めた。

 二年目になり、もうだいぶ着慣れてきた学制服に袖を通し、まだ大して目も通していない新しい教科書を詰め込んだスクールバッグを肩にかけ、履き潰しかけのスニーカーを履く。

 いつも通りだ──何もかもが。

 いつも通り、だった──筈だ。

 そして、玄関の鍵を開け、街が曜日ごとに指定しているゴミ──今日は火曜日なので、可燃ゴミ──をいれたポリ袋を持ち、その重い足を何とか動かし、外に出ようとしたその時に──

 ──それは訪れた。


 いつも通りに、いつも通りの事を、していただけなのに。



 身を包む、熱さと──迫ってくる痛苦。

 それらが、突然に、唐突に、突如として身を包んだ、炎によるものだと気づくには、そう時間はかからなかった。

 僕は、慌てて、手に持っていたカバンやら何やらを放り投げ、床へと伏せ、転がった。何処かで、そうやる事で火が消せると、言っていた気がしたからだ。

 ──本来ならば燃えてる箇所を何度も床へと押し付けるようにし、酸素を遮断することで、衣類へと燃え移った炎を消すのだけれど、僕の体は全身が燃え盛っており、大きく全身を右へ左へと転がらなければならなかった。今にしてみれば、とても滑稽で、素晴らしく無駄な行為だったと思う。

 何処かで見かけたような薄い知識──もしかすると、ワイドショーで見かけたのかもしれない。まともに見ておけば……いや、流石にそんなことはないだろう──では、腕や、脚だけならまだしも、全身を包む炎など、どうすることも出来ず、火の勢いは収まる様子など無いままで、その代わり、体の感覚は徐々に消えていった。


 気がつけば、痛みも、熱も、感じなくなっていき──そして、いつの間にか、僕の意識は途絶えたらしい。


 そんな誰に言っても信じてもらえなさそうな、にわかに信じ難い理由で、僕は、人生にピリオドを打たざるを得なくなった。


 筈だった。


 驚くべきことに、僕は、そんな状況から目を覚ました。


 だが、しかし、かといって、あのような危機に瀕し、眠っていたタイムリープ能力が発現し、過去へと逃げおおせた、だとか、見たこともないような容姿端麗な美女に助けられた、などという夢のあるような非現実的な現実は、待ってはいなかった。


 待っていたのは、現実的な非現実。


 自分で言うのも恥ずかしい話ではあるが、鳩が豆鉄砲を食らったよう、という言葉は、まさに、この時の僕の為にあったのではないか。そう思うほど、僕にぴったりな言葉であった。


 死んだ僕が初めて、認識したもの。


 死ぬよりも前の時刻を示す時計でも、絶世の美女でも無く、僕が、見てしまったもの。


 それは、黒々とした炭──いや、正確に言うと、僕であったのであろう、焼死体であった。


 僕が、僕を見ていた。

 僕を、僕が見ていた。


 焼け死んだ僕を、焼け死んだ筈の僕が。

 見ていた。


 僕に起こった、現実。

 僕が見てる、真実。


 どうも僕は、鳩ではなく、チキンだったようで、豆鉄砲を軽く凌駕するマグナム弾のような現実を食らった挙句、もう一度、気を失ってしまった。

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