第5話 訪れた理由

「もうやめてよ!」

 葉子がそう叫んだ。いくら他人のことだといえ、聞くに堪えなかったのだろう。

「私も両親に同じことを言ったことがあります」


 中学三年の時でした。その時私は、メガスターⅡというプラネタリウムの感想文コンクールで最優秀賞を受賞したのです。地区で一番大きな天文台での授賞式の時、私の両親は欠席しました。

 私はどうして来てくれなかったのかと両親に聞きました。すると、驚きの返事が返ってきました。

「希望はこんなちんけな世界で勝負しない」

 私はこの時、さっきのあなたと同じことを言いました。そして、言いたいことを言いました。

「姉さんは三年前に死んだんだよ。今日は僕が生まれて初めてメダルをもらったのに、どうして姉さんとまだ比べるの?」

「…」

 両親は口を動かしましたが、言葉は発しませんでした。しかし私には、何を言いたかったのかわかりました。

「希望の代わりに死ななかったんじゃ、何のためにお前が生まれたんだか」

「やはり仏様の選択は間違っていた。生き残るべきは希望だったのに」

「お前に期待なんてしていない。私たちを巻き込むな。一族の恥が」

「病気とわかった時点で、やはり病院において来ればよかった」

 この四つの内、どれかだと私は確信しています。もしかしたら違うかもしれませんが、意味は同じだったと思います。

 この一件以降、私も溝を埋めることを止めました。

 そして私は、両親に何も期待されていないことを改めて自覚しました。

 高校は全寮制の所を選びました。幸い学費は出してくれたので、進学はできました。大学も両親に相談しないで勝手に一人暮らしができるところに決めました。相談しても何も聞いてくれなかったと思いますが。今度は生活費も出してくれました。しかも割と多めです。

 もしかしたら、両親には私への謝罪の気持ちがあるのかもしれません。だからお金が多く送られるのかもしれません。最初はそう思っていました。

 私は、春学期の試験期間中に両親に、久しぶりに実家に帰りたいと言いました。思えば高校に進学してから一度も、両親には会うどころか連絡すら取り合っていませんでした。

「お前が帰って来ても、希望は帰って来ない。お前は来なくていい。大目に送金しているのだから、意味はわかっているだろう」

 両親は来るなとはっきり言いました。そしてどうしようかと思っていた時、他の親戚の家に行ってはどうかと思いました。

「葉子さんの記憶にはないと思いますが、真庭の家のご主人と女将さんは、姉の葬式に参列していました。娘と同い年なのにかわいそうと言っていたのを覚えています。そして調べて真庭の家にたどり着いたんです。ご主人が錆街の家系のことを覚えてくれていて、夏休み中に病気療養のために行きたいと言うと、すんなりと了承してくれました」

 ですので私は今、この真庭の家にいるのです。


「その口ぶりじゃあ、ここにいることを両親に言ってないのね?」

 葉子は察していた。そして私は、そうですと頷いた。

「親戚を使って私たちに恥をかかせる気か、って言われる気がして、言ってません。それに次に連絡を入れたら、お金も送らないとか言い出しそうです。私はバイトなどできる体ではありませんから、それをされては大学にもいられなくなってしまいます…」

「そんなに酷いことするの…。私には考えられないわ。私は本来なら真庭の家の跡継ぎのはずなんだけど、公務員になりたいって言ったら母も父も笑って許可してくれたわ。そして未だに実家暮らしだけど、実際に町役場で働いているもの」

 私は、我儘が通じる両親を持つ葉子がとても羨ましかった。私の将来の夢なんて、両親には一度も話したことがない。いや、夢を見たことすらない。それを説明すると、葉子はまた、酷すぎると言った。

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