星降る夜空

杜都醍醐

第一章 余所者

第1話 梟町への訪問

「あの島は、何という島ですか?」

 わたくしは伊豆には初めて来た。だから視界に入る何事についても質問できた。島にしたのは、電車の中からずっと見えていたからだ。

「あれは三原山だよ。三十年ぐらい前に噴火したって有名でない?」

 駅員さんは親切に答えてくれた。

「ああ、あの三原山ですか」

 恐らく上から見ればすぐにわかったと思う。春学期の講義で、火山活動について学んだからだ。その時のスライドに写真が載っていた。けれども横からでは不可能だ。

 私は駅のベンチに腰かけた。直射日光が差さない、日陰になっている席だ。すぐに目的地に行くというのも選択肢ではあるが、相手が迎えに来てくれることになっている。

「お客さん、移動手段がないのかい? タクシーでも呼ぼうか?」

 駅員さんが、ベンチから全く動こうとしない私を見て言った。

「心配ありません。真庭の家の人が車で来てくれることになってますので」

 ちょうど、車が一台駅の前で止まった。運転席から主人と思しき人が降りてくると、

「待ったかい? 思ったより道路が混んでいてね…」

 頭を下げながら言い、トランクを開けた。

「全然です。私も今、来たばかりなので」

 私の荷物をトランクに入れてもらった。キャリーバッグと段ボールが一箱しかないので、すぐに終わった。そして後部座席のドアを開けてくれた。私はそこに乗り込んだ。車の中はクーラーが良く効いている。

「車で三十分ぐらいだけど、途中で揺れても大丈夫?」

「平気ですよ」

 そのまま車は発進し、真庭の家に向かった。私はその三十分間、ずっと右手を胸に当てていた。


「着いたよ。さあ、降りてくれ」

 車から降りると、純和風の屋敷が目に飛び込んできた。これが真庭の家だ。ウェブサイトにて事前に確認した通りだが、実際に見てみるととても大きい。増築されて、二階まであることが拍車をかけている。

 いや、周りに建物が少ないからそのように見えるのかもしれない。現にこの伊豆の梟町ふくろうちょうは、田舎といって差し支えないぐらいに過疎化が進んでいる。途中で商店街を通ったが、見事にシャッターだった。

 荷物を下してもらって、さらに持ってもらい、玄関から屋敷に上がる。

「こんにちは。待ってたわよ。こっちに来て」

 女将さんのような人が私の腕を掴んで引っ張ろうとした。その時、

「おい、無理をさせるな!」

 主人が怒鳴った。

「うるさいわね、させてないでしょ!」

 女将が反論した。私は一瞬だけ喧嘩が始まるのかと思ったが、そうではなかったので安心した。

「歩くことぐらいはできるのよね?」

 女将に聞かれたので、私は、

「心拍数が急に上がらない運動なら、主治医に許可はされてはいます」

 と伝えた。

「じゃあ歩くことしかできないじゃない!」

 その通りだ。私は十月には十九歳になる男子大学生だが、そうは思えないくらい体が弱い。自転車を漕ぐことすらできないと言えば私の病弱っぷりが伝わるだろうか? もちろん泳ぐこともできないので、海水浴では砂浜でお城を作ることしかできない。

 女将の言葉に私は無言で頷いた。そしてゆっくり歩いてもらい、部屋に案内してくれた。私にはもったいないぐらいの立派な部屋だ。聞くに大人を四人程度泊めることが可能だそうだ。

「えーっと…。錆街颯武さびまちりゅうぶ、君でいいんだよね?」

 私は、はいそうですと返した。

「旦那から話は一通り聞いたんだけど、えっと。病気の名前…は、何だっけ?」

「気にしなくて結構ですよ。肉体的な無理は禁物、とだけ認識して下さい」

「でも、たまに発作が起きるんでしょう?」

「薬は十二分に持ってきてあります。対処も私一人で行えますので」

 私は女将に、できるだけ心配されないように努めた。見栄を張ったのではない。迷惑をかけたくないだけだ。


 いくつか屋敷の規則を教えると女将は、夜ご飯の時間に居間に来るよう私に言った。そして部屋を出た。

「…ぐ!」

 朝からの疲れからか、緊張から解放されたからか、発作が起きた。足に力が入らず、かがむ。私は胸を押さえた。

「ゴホ、ゴホ」

 咳が出てきた。しかし、焦らない。いつかはわからないが、発作が起きること自体はわかっている。私は胸ポケットに腕を伸ばし、中から薬を取りだした。そして包装紙を破るとすぐに口に運んだ。手元に飲み物がなかったので、唾で薬を飲んだ。

 咳はすぐに落ち着いた。今のうちだ。キャリーバッグからペットボトルの天然水を取り出し、追加の薬を飲んだ。

「…………」

 もう片方の手で口を押えた。そして少し待って、異常がないと判断したら立ち上がった。

 今のは本当に軽い発作である。少しでも重くなると、病院に行かなければ手に負えなくなる。だがどんなに軽くても、決して油断してはいけない。人生で一番主治医にお世話になったのは、軽い発作なら平気と姉が言って、私に無理をさせた時だ。あの時も最初は咳しか出なかった。

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