三日目くらい

「屋上は寒いよね」

「うん。寒いね」

 というわけで、私たちは冬には教室で昼御飯を食べることが多い。

 もっぱら窓際で日当たりがいい私の机に、アサミが椅子だけ持ってきて、食べることが多い。

 こっそり入手した屋上の鍵は出番はここ数日ない。私が禁煙をしているせいで、屋上には寂しい思いをさせるが、これはしょうがないこと。諦めてもらう他ない。

「相変わらずよく食べるね」

「そう?」

 アサミはお弁当を食べ終えた後、さらに購買で買った菓子パンの袋開けようとしている。あんぱんだ。

「ミキちゃんこそ、それだけじゃダメだよー。痩せちゃうよ」

 私のお昼は大体、ゼリー飲料と野菜ジュースだけで、不健康だとアサミによく怒られる。だけど、これが楽だからしょうがない。

「食べたら眠くなるからさー」

 煙草をやめてから、なんだか無性に眠たい。寝ても寝ても眠い。

「あー。わかるー」

 そう言いながらもアサミはあんぱんの袋を開ける。

 本当によく食べる。これでなんで太らないのかが不思議。

「ミキちゃん半分あげるよー」

 話を聞いてたのだろうか。食べたら眠くなるという話をしたばかりで、アサミもその話に同意した。なのになぜ私にあんぱんを食べさせようとするのか。でもあんぱん美味しそう。

 アサミはあんぱんを割る。だけど、明らかに割るのに失敗して、大きさに差がある。半分とはとても言えない。二対一くらいの割合。

「はい」

 考えることもなく、ノータイムでアサミは一のほうを私に渡す。

「ありがと」

 苦笑いをしつつも、私はそれを受け取る。あんぱんを食べるのなんて久しぶりだ。

 あんぱんを一口サイズにちぎって口に放り込む。あ、これ、あんに栗入ってるやつだ。

「牛乳があれば完璧だったんだけどねー」

「あ、わかる。合うよね」

 確かに牛乳が欲しい。と野菜ジュースを飲みながら思う。

「あんぱんの上にさ。ゴマ乗ってるじゃん?」

 牛乳どこいった。

「私あれすき」

 だからなのだろうか。アサミはあんぱんをゴマが乗っている周辺から食べている。

 そういえば私がもらったほうにはゴマがほとんど乗ってなかったような気がする。でも、アサミは知らないのだろう。このあんぱんに乗っているのはケシの実だ。ゴマじゃない。

 だけど、それを教える必要も別にない。アサミは美味しそうにあんぱんを食べている。それでいいと思う。それに「ケシの実ってなに?」と聞かれると困る。ケシの実はケシの実。それ以上の説明は私には出来ない。

 嬉しそうにアサミはケシの実がたっぷりと乗った最後の一欠片を口に放り込む。

「美味しかった?」

「美味しかったー」

 アサミはぐーっと大きく伸びをしてから、机にぐでーと突っ伏す。

「ねむいー」

「あんなに食べるから」

「食べたら眠くなるよねー」

 デジャブ? と疑う必要すらなく、ほんの少し前にした話題が素知らぬ顔で再登場。

「時間来たら起こしてー」

 そう言ってアサミはそのまま寝てしまった。寝付き良すぎだろ。

 私の机で気持ちよさそうに昼寝をかますアサミを見ていると、私の瞼もどんどん重くなってくる。

 私の机の上を占領しているアサミをぐいぐいと押し戻す。「うー」と呻く声は無視する。そうやって、なんとか半分だけ私の机を取り戻す。

 そこに私の身体を押し込んで、寝る体制を強引に整える。私の頭のすぐ近くに、アサミの頭。アサミのシャンプーの匂いが鼻をくすぐる。顔を横に向けるとアサミの髪の毛が私の頬を撫でる。

 今日は良く晴れていて、冬の日差しが心地いい。それが悪いと思う。私は悪くない。ただでさえ、禁煙を始めて眠いんだ。お腹いっぱいで眠いんだ。

 だから、全部、冬の日差しのせい。



 今日の授業これで終わり。それを告げるチャイムが鳴る。先生も教室を出ていく。それを見届けて、そこからすぐにアサミは私のところにやってきて、腕を組み、まだ座っている私を見下ろす。

「なんでミキちゃんも寝ちゃうの!」

 二人して机に突っ伏して寝たまま、昼休みは終わり、授業に突入した。そして当然、先生に怒られた。いくら自由な校風でも、さすがにそこまでの自由は許されなかった。

 アサミは慌てて自分の席に戻った。そして、その授業が終わっても私のところには来ないで、ときおり振り返り非難の視線を送ってくるだけだった。

 そして、放課後になって、満を持して私のところに来たというわけだ。

 アサミは私をじっと睨みつけてくる。大きな瞳に私が映っている。

「冬の日差しが悪い」

「は?」

「いや、なんか最近やたら眠くてさ」

「夜更かししてるの?」

「いや、なんかこれやめると眠くなることがあるんだって」

 私は煙草を吸う真似をする。教室であまり煙草の話はしたくなかった。

 アサミははぁーと大きくため息をついて、顔を下げる。そして、顔を上げるといつもの笑顔。

「じゃあ……しょうがないか。許す!」

 許してはもらったけれど、起こしてと言われて起こせなかったのだから、私もすこしは悪い気がする。

「ごめん」

 だから、謝る。

「いいよー」

 禁煙を理由にしたのはすこしずるかったかも知れない。だけど、眠くなるのは本当で、それを理由にすれば、アサミはすこし甘い。そうは言ってもアサミも別に本気で怒っていたわけじゃない。そのくらい私にもわかる。

「でも、誰か起こしてくれたらよかったのにねー」

「まあ、そうかもね」

 起こされなかったのは、私にビビっているからかも知れない。アサミと違って私はお世辞にもクラスのみんなと仲がいいわけではない。

 私は別に不良とかじゃないけど、そういう風に思っている人はいると思う。煙草を吸っていたことを知っているのは、この学校ではアサミだけのはずだけど、入学前に好きな歌手の真似をして、金髪にしたのがダメだった気がする。

 いくら自由な校風とはいえ、入学式に金髪で来た人間を私は私以外に見たことがない。髪を染めている人もちょっと茶色にしてるくらいで、金髪は見ない。

 偏差値が高いせいなのだろうか。でも、自由な校風で偏差値が高い男子校はファンキーな人たちが溢れているとどこかで聞いたことがあるような気もする。自由とはいえ、ここはそういう校風ということなのだろうか。

「どうかした?」

 アサミが私の目を覗き込んでくる。

「別に」

 教えてよー。とアサミが私の肩を揺するのを笑ってなだめていると、鞄を持った隣の席の森さんが「あ、あの、漆原さん」と声をかけてきた。

「ごめん。うるさかったよね」

 森さんとは席は隣だけど、あんまり話したことはない。

「ゆっきー。ごめんねー」

 アサミは森さんをゆっきーと呼ぶ。たしか森さんの名前はユキエだった気がする。二人が話しているところはたまに見る。

「あの、そうじゃなくて。お昼に和久井さんと漆原さん起こさなかったから、先生にふたりが怒られてたから……。ごめんなさい」

 そう言って、森さんは頭を下げる。長い髪が下げた頭に遅れて揺れる。

 髪を背中につくまで伸ばすってどういう感じなんだろうか。ショートカットの私にはよくわからない。アサミの髪は肩にかからないくらいの長さだ。長かったことがあるのかは私は知らない。

「あー。大丈夫。爆睡してた私達が悪いから」

「そうそう。ミキちゃんが寝ちゃうのが悪い!」

「アサミが先に寝たんでしょ」

「私はちゃんと起こしてって言ったしー」

「私は起こすなんて言ってない」

 さっきは悪いと思ったけれど、撤回する。私は悪くない。

「あ、あの……」

 森さんはどうしたらいいのかわからないといった表情で私たちを見ている。

 森さんは私とはまったく違うタイプだ。なんというか優等生って感じ。静かで大人びた雰囲気で、勉強も出来る。自由だけど、大人しめな校風を体現するような子だ。あまり話をしたことがないので、実際はどういう人なのかはよく知らない。でも、イメージはそんな感じで、多分だいたい合っていると思う。

「あ、なんかごめん」

 私はまた謝る。

「ううん。私の方こそ本当にごめんなさい。何度か起こそうと思ったんだけど……」

 森さんは気まずそうに視線を下げる。起こせないほど、私はビビられてるのだろうか。私を起こしたら怒られるとか思われていたのだろうか。

「ふたりともとても気持ちよさそうだったから……」

 それは私が思っていた理由とはかなり違っていて、うまく返事ができなかった。

「気持ちよかったよー」とアサミは笑って言う。こういうときアサミが少し羨ましい。

 森さんは「本当に本当にごめんなさい」ともう一度頭を下げて、その場から立ち去る。少し離れたところで待っていたクラスメイトの炭谷さんと合流する。

 なんとなく森さんの姿を眺める。だから、森さんが教室から出る直前、目があってしまった。森さんはもう一度小さく頭を下げて、炭谷さんと教室を後にした。二人は友達なのだろう。一緒にいるところをよく見かける。

「……森さんって変わってるね」

「ゆっきーもミキちゃんには言われたくないだろうね」

「そうかもね」

 森さんの中では、私はきっと入学早々金髪にしてきた痛いヤツだろう。でも、私はこの金髪を結構気に入っていたりする。だから、春からずっと金髪のままだ。

「ゆっきーはいい子だよ?」

「……そうかもね」

 きっと森さんは私みたいなタイプは苦手だろう。森さんは委員長タイプで、実際クラスの委員をしている。

 アサミは森さんとどんなことを話すのだろうか。私と話すときみたいになんでもないことを話すのだろうか。それとも勉強の話でもするのだろうか

「アサミはさ……」

「なに?」

「なんでもない」

 なんで私と一緒にいるの? とは聞けなかった。こう見えてもアサミも成績は優秀だ。本来なら、森さんと炭谷さんと一緒に教室から出ていくほうにいる気がする。アサミは誰とでも仲良くなれるタイプで、実際クラスのみんなとも仲が良い。

 アサミは、「そっか」と言うだけで、それ以上追求してこなかった。

 あぁ。煙草が吸いたい。頭の中に屋上への鍵のシルエットが浮かぶ。

『屋上行かない?』と言いかけた寸前。

「なんかさ。ミキちゃんのこと許したらお腹減っちゃったなあ」

 これ見よがしにお腹を撫でながらアサミは私を見てくる。それを見て、鍵のシルエットは消えていく。

 お昼にあれだけ食べたのに、もうお腹が空くなんて、消化早すぎ。

「わかったわかった。帰りにどっかよっていこ」

「やたー!」

 私達は二人で教室を出る。森さんと炭谷さんが一緒に出ていったように。現実として、アサミは森さんとではなく私と教室を出る。だから、とりあえずはこれでいいのだろう。

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