第22話 ぬる、罷り通る

『このあたりの敵はあまり強くないから修行にはちょうど良いんだよ』

『えー? ほんとお?』


 湿地を歩く男女の二人組。この場所はダンジョンの一部であるにも関わらず手を握り合っていて、愛し合っていることを誇示しているように見える。ちょうど向かいから影が近づいてくる。影の手には槍より少し短いくらいの長物があり、薄金色の鞘が雲の切れ間から差し込む日光を受けて鈍く光る。そして反対の手には、縁日で売っている『ひょっとこ』のお面が握られている。しかし、そのデザインは面白い顔のひょっとこではない。左側は目出し穴の部分が広がって隻眼のようになり、面全体がひび割れている。赤ら顔は削れて土気色で、曲がった口はなぜか不気味に見える。


「何をしに来た?」


 口を開いたその影は、二人組の男のほうよりも少し背が高い。人のよさそうな笑みを浮かべてはいるが、これは作り笑いだ。向こうもそう直感したのだろう、戦闘態勢を取った。


「話くらいしてくれよ。ここはダンジョンの中なんだけど、片手が塞がった状態で大丈夫か?」

「俺たちは愛し合っているからな! 彼女が俺の右手だ」

「……そう。気を付けてね」


 そしてそのまま二人の横を通る男。二人は何やら違和感を感じた。


「ねぇ……あのお面、怖かったね。魔力と力の強さが見合ってないのが変だけど」

「ああ。あいつは間違いなく強い……あれ? なんでここに人が居るんだ? 受付の話だと先行しているパーティはいないんじゃ……お面?」


 男は懐から数枚の紙を取り出す。アレオス国が指名手配している人間のリストだ。この二人は警察のような役割もする『特殊ギルド』の一員である。

 目当ての紙が見つかった。名前は不明。


「……通り名『null』。罪状は……殺人1件、殺人未遂1件。能力は改変、世界すら改変可能であるだと? 勇者、魔王を凌駕するスキルと戦闘能力を持つか……なんて事だ、もしあれがnullなら止めないと、何するかわからねぇ!」


 女の方もうなづくとUターンし、すれ違った男を追いかける。それを後ろから見ている女が1人。白いコブのようだった角はかなり伸びて角らしくなり、赤黒い基盤模様が走っている。ルミナだ。


「ぬるさんー、どうします? 顔見られてますし、今追っかけていきましたよ」

「そう。気にしない、どうせ俺は見つからないよ。『視認不能ステルスアーマー』」


 そういった彼、ぬるは足元から透明になっていく。魔力で周囲の空気を屈折させ、水属性を鏡のように纏って景色を映し出す。

 ぬるは、前まで持っていたスキルのほとんどすべてを改変して別のスキルに変えてしまっている。このステルスもそうだ。


「くそ、どこにもいねえ!」

「でも魔力はあるよ! 目の前!」


 女の方が指先から電撃を放つ。雷魔法の上位、雷撃魔法だ。この2人はそこそこの強さみたいだ。

 すると、空気の奥から炎が溢れ出し、円形に滞留する。そこに雷撃魔法が当たった瞬間、炎に飲み込まれて吸収される。同時に足からステルスが解けてぬるが現れる。


「……八尺鏡やたのかがみを使う事になるとはね」

「おまえがコードネーム『null』か!?」

「そうだよ」

「あなたを捕縛します、現在あなたには殺人1件と殺人未遂1件がかかっている」


 ぬるの口元に笑いが浮かぶ。


「違うよ。……殺人は3。『至天ゲイ・ボルグ』」


 手を合わせると手の中に桃色の光が現れる。その光は青と赤に変化しながら延びて行き、細身の槍になると二人に向けて飛んでいく。男の方が前に飛び出し、地面が隆起して槍を防ぐ。が、槍は壁に当たる寸前にありえない軌道を描きながら上から飛んでくる。

 しかし、その槍は二人の目の前で弾けて消えた。二人の後ろに気配を感じる。


「え?」

「『草薙剣くさなぎのつるぎ』」


 彼らの周囲が干上がり、地面が赤くなると爆発する。



 ――――生きてるか見てきてね


「わかりました、見てきますね」


 えぐれた地面にかがみ込んだルミナは、左腕に桜吹雪のような紋章を出しながら二人に近づく。2人は息があるようだ。


「つくづく甘い男ですよ、あなたは。殺人3件とか言っちゃって……」


 紋章が光ると、2人の首筋から白い結晶が現れる。それをキャッチすると、結晶の中には至天ゲイ・ボルグの軌道やぬるの素顔が映っている。それを握り潰して破壊する。これは、記憶を抹消するスキルだ。いや、その部分の記憶を奪い取ると言った方が適切だ。『残響の結晶』と言う。


 ついでに回復してあげると、ルミナは霞のように消え去る。しばらく経ち、2人は目を開けた。


「……何かあったような」

「瘴気に当てられたのかな、私達」


 それぞれが勝手な解釈をし、また手を繋ぐとぬるとは反対側に歩いていく。

 ぬるは、それを呆れた顔で見ていた。


「凄いですねー、あの図太さ」

「記憶は消した?」

「もちろん。でも生かしたんですね?」

「あのふたりは心から愛し合っていたから、引き裂くのは可哀想だと思った」


 さ、いくよ。と言いながら歩くと空間が割れる。周りは黒い世界だが、ピラミッドのような建物が見える。その中に2人は入っていく。


 部屋に戻るとフリートが待っていた。フリートもルミナと同じことを考えていたようで、ニヤニヤしながら質問してくる。


「なーんでトドメ刺さなかったんですか?」

「はえ? 今言ったよ」


 溜息をつきながら言うと、ルミナが頭を撫でてくる。いつもなら嬉しがってフリートにビンタされるのだが、今の状況だとあまり嬉しく感じない。はやく八田様を倒さないと。ぬるの思考は柔軟に見えて凝り固まってしまっている。


 ――――


「クソ、やつの考えていることが理解出来ん!」

「人の命は助けていますが町や周囲のものは完全に破壊しています」

「とりあえず、分かっていることを整理しよう。奴は改変能力を持ってる。そして、精霊の寵愛と外道の圧殺を両方持つという特異性。雷、水、炎を組み合わせた属性を使うが詳細不明。また、武器を作り出す炎を使うが詳細不明!」

「ほとんど全部詳細不明じゃないか! 調査を続けろ!」


 そんな怒鳴り声が、アレオス国の王都でこだましていた。


 ――――


「移動だよ」

「随分早いですね、食料はありますよ」


 今のぬるは、完全に八田様に囚われている。神様のような怪異は、そういう状態の子を襲うのだ。これはまずいと考えたルミナは、ぬるにある提案をする。


「……勝負、しませんか?」

「勝負?」


 ルミナはにこりと笑うと、こう続けた。


「スキルの悪魔と、です」

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