壊滅都市 ~繁華街~ 後編



 8



 ヒトの縄張りの九九%以上を制圧完了。

 黒いサーバルに受け渡した『咎』を核に各地に強力なセルリアンを配置……完了。

 個体〝ラッキービースト一型〟から全域のネットワークを遮断……完了。

 計画の進行は順調。残りの始末対象は──。



 9



 ある少女はサーバルたちの先にいた。街から少し離れた瓦礫の上に座り、眉一つ動かすこと無く眼前の絶望の権化を眺めている。

 とん、という音がする。

 その少女は初めて目玉を転がし、傍に立つ影を視認した。

 黒い毛皮、大きな耳。とあるフレンズを元にしてると思われるフレンズ型のセルリアン。

 黒サーバル。

 少女は視線を戻すと、平坦な声で話す。


「ご苦労様でした。セーバルさん」

「うん かばんちゃんもお疲れ様」


 無表情なかばんに対し、黒サーバルは顔を曇らせた。

 笑わなくなった。

 怒らなくなった。

 悲しまなくなった。

 黒サーバルがかばんと密接な関係にある影響か、彼女は一部のセルリアンの情報を取得できる。視覚や聴覚の情報を、その時その時でかばんの近くにいたセルリアンから感じ取っていたのだ。

 感情の一つ一つが死滅したように、かばんは何も感じなくなっていった。地下の一件以降、かばんの表情が変わる姿を見たことがない。あの時地下で何があったのかは定かではないため関係してるかどうかも分からなかった。

 でも、まるで人形のようになっていく彼女に黒サーバルは胸を締め付けられるような感覚があった。


「………………セーバルさん」

「?」


 何かの指示だろうか。だが聞かされた計画の中で自分の役割は終わっている。

 そう、終わっているのだ。

 かばんは計画を妨害するものに容赦しない。殺しはしないが制裁を加えないなんて甘い真似はしない。肉体的にも精神的にも、生き地獄を与え続ける。

 しかしそれが適用されるのは生物だけだ。幾らでも替えが効くセルリアンは除外される。だからこそ、港街でヒト型のセルリアンに対しあんな事を言った。



『歯向かわれたり欲望に従って行動するようになっては



 もし、そんな残虐な『王』が自分の些細なこの感覚を感知したのだとしたら。

 もし、それが自身の障害になると判断されてしまったら。

 ──その結果は見えている。

 顔は俯き、体が震え始めた。

 訪れる結末を前に、もしかしたら自分は一人前にも恐怖を感じているのかもしれない。

 そう考えたらもう顔を見られなくなった。どんな表情で自分を見ているのか、どんな感情がそこに表れているのか知りたくなかった。

 音で分かる。

 彼女は、かばんは、今目の前にいる。

 あの、誰かを嬲る残虐な笑顔。

 あれを見たくなくて、ただ震える体を抑えることしか出来ない。

 しかし、届いた声は優しげで、包み込む手は暖かかった。


「セーバルさん、どうやら貴女は別の何かになることを望んでいるようですが、その必要はないんですよ? ここにいるために、貴女が変わることはないんです」

「え?」


 思わず顔を上げる。

 黒い手袋を外された白い透き通るような両手のうち、左手が黒サーバルの右手の上に重ねられ、もう片方の手はそっと顔に添えられていた。

 その顔に浮かんでいたのは、あの狂気の笑顔ぶきみなほほえみではない。

 制圧中にヒトの発言によって見せたあの激情の表情でもない。

 最初の最初、初めて出会ったあの時のような、優しげな笑顔だったのだ。


「替わりなんて幾らでもいる。ここはそんな世界です。でも、貴女はこの世界でたった一人しかいないんです。……いないんですよ。だから……だからキミはキミのままでいてください──」

「良いの?」


 思わず聞き返していた。

 体の震えの意味は変わっていた。

 かばんはその手を優しく包み込んでくれている。

 捲し立てるように、目の前の少女へ問いかけた。


「わたし いっぱい失敗したんだよ? こんなにもダメなんだよ? 何でここにいるのかも どうして生まれたかも 全然分からないのに なのに」


 聞きたかったけど、答えを聞くのが怖かった質問。

 拒絶されることを恐れ、出すことが出来なかった言葉。

 それを。今、ここで。

 黒サーバルは投げかける。


「そんなでも そこにいて 良いの?」


 そして、悩むことも、考える素振りすら見せず。

 はっきりと、笑顔のまま言い切った。


「もちろん」


 目に見えない何かが萌芽するのを感じる。

 暖かい何かが胸の奥底から溢れるのを感じる。

 ぼやけたその景色に感謝して。

 出会えたこの縁を抱きしめて。

 黒いサーバルは、ただただ笑っていた。


「えへへ……ありがとう。ありが、とうっ……かばんちゃん……」



 10



 それはまさに破壊の化身だった。触れるだけで周囲を崩壊させる博物館のセルリアンとは違う方向で進化した破壊装置。

 燃やすだけでは終わらない。

 焼くだけでは済まされない。

 爆発という一つの破壊の完成形。

 それにヒトが敵う道理など無い。少なくともこの場において、ヒトの群れはライフルや拳銃などの火器は持っているものの、一撃で大破壊をもたらす兵器は残されていなかった。

 だから見えないし届かない。

 優雅に空を舞い続けるそれの姿を捉えられない。

 故に、ヒトは敗北するのだ。






「──なんて思ってんだろ? 甘いんだよ」


 それは一瞬の出来事だった。

 何もないはずの上空で、連鎖するように爆発が炸裂する。

 崩れたビルの上でツチノコはそれを眺めていた。


「ホントに当てやがった……。何者なんだ、あんたは……」

「ノヅチだって言ったろ? それにほら、よく見ろよ。アレが、オレたちの敵だ」


 暗雲の下、僅かに光景が歪んだ場所があった。

 ザザ、ざざざっとそこだけ乱れていく。それはまるで、画面に走るノイズのように。

 そして、ノイズが収まると共に、それは遂に姿を現した。

 それに明確な尾翼はない。

 主翼のみで構成されているそれは、必要以上の構造が省かれている設計をされているようだった。

 凹凸を極限まで減らされた、戦略機の中でも特に異質な造形をしているそれ。

 ヘリ型のセルリアンと同じく、その体質は間違いなく黒セルリアンのものであり、同時にその一つ目は正面に怪しく浮かんでいた。

 一度、その目が地上に下ろされる。

 再び景色に溶け込み、消える。

 ビルの上でツチノコが目を細め、ポツリと呟いた。


「逃がすわけねぇだろ」


 一度振り向く。それを合図に数本の筋が空を切って虚空に直撃した。

 閃光と熱が連結される。

 何もないはずの場所で明確な破壊が巻き起こる。

 ノイズと共に現れたのは他でもない、あの鋼鉄の『鳥』だった。

 消える。

 ジャパリパークで同じ時間、同じ場所でジャパリまんを配るラッキービーストのようにその行動を繰り返す。

 視界から脱するそのセルリアンを前に、ツチノコは平然と指示をした。


「さっきの場所から五時の方向に修正しろ。まだ撃つなよ……そこだ!!」


 爆音とともにセルリアンが現れた。その飛行は不安定で、重心も偏っているように見える。

 効いてる。

 それを直感した。


 ツチノコが行ったのはそう難しいことではない。

 ヒトの銃火器ではたとえ場所を特定できてもさほどダメージを与えられない。であれば、他に使えるものは何か。

 B-2は爆撃機だ。セルリアンであるため内部構造は多少異なっているかもしれないが、その過程プロセスに違いはない。

 爆撃したい場所の上空に移動し、撒き散らすように爆弾を落とす。

 ツチノコはそこを叩いたのだ。

 つまり誘爆。

 落とされる爆弾に銃火器をもって爆発させ、誘爆による連鎖爆発でダメージを与える。

 ヒトの装備でダメージを与えることは出来ないかもしれないが、セルリアンそのものの装備なら話は別だ。

 己の力で届かないのであれば相手の力を利用しろ。それがこの戦いの中で掴んだ戦い方の一つ。

 しかしそれでも倒せないだろう。

 元々のスペックの他にも、その付近の中で一番強いセルリアンは何かしらの自己修復する力があると推測できる。

 だとすれば討伐はまず不可能。

 蘇生回数に限りが有り、それが尽きるまで倒し続ければいいという選択もあるにはあるが、石、というよりも力の核のようなものが他にある可能性も充分にある。しかも、ツチノコの予想では後者のほうが少し高い。ともなれば持久戦に持ち込んだ時点でこちらの敗北は決定する。

 だから撃滅は諦める。

 狙うは無力化。

 セルリアンの一挙一動を読み切り、行動をパターン化させる。


(あの歪な神みたいにこっちの全てを完全に掌握されているわけじゃない。だとすればいける。まだ勝ち筋は残っている!!)


 ……勘違いするといけないので補足するが、サーバルたちの目的はかばんの計画を頓挫することであって目の前のセルリアンを倒すことでもなければヒトを救うことでもない。

 目的を達するための通り道に転がっている最低限のノルマのようなものだ。長距離マラソンで一定の距離に配置されている中継点を想像すれば分かりやすいかもしれない。

 ただ、お人好しの代名詞のようなサーバルに関してはヒトも救いたいと思っているのだろうが。


「ツっ、……ノヅチっ」


 思わず本名で呼ぼうとしたサーバルを視線だけで諌める。ツチノコは誘爆が続いている空を見直すと、


「……安心しろ。どんな手を使ってでもオマエをアイツの元に届けてやる。絶対にだ」


 それが、博士と話し合った結論だった。



 11



 サーバルがヒト化し、付近の散策に出ていた頃の話だ。


『……どう思う、博士』

『どうもこうも、私はそうとしか思えないのです。あれはどう考えたって、サーバルが到達することを危惧していた。そう見るべきなのです』


 サーバルに贈られた無限の地獄は、間違いなく博士やツチノコにも行われていた。

 しかし質が違う。量も異なる。

 、サーバルの心を測ることなど出来ない。しかし出来なくとも、ある程度予測はつくのだ。

 明らかに扱いが違う。

 博士とツチノコを相手に手を抜いていたわけではない。用意された劇場ステージはどうしようもなくて、救いがなく、心を確実に壊していく毒だった。サーバルの顔色から、自分たちの許容を超えた数多の『世界』を渡り歩いたことは推測できたが、それ以上は分からない。あの知り合いの顔をして非情の言葉を投げかける『神』に何を言われ、どういうふうに切り抜けたのか見当もつかない。

 だが、それでも分かる。

『アレ』はサーバルを恐れていた。サーバルそのものではなく、サーバルがこのまま進むことを恐れていた。それは、吐きそうになる記憶をひっくり返して、博士とツチノコの見てきた『世界』を照合して得た結論だ。

 なら、まだ希望はある。

 サーバルを必死に止めようとして失敗した。だからあとは辿り着きさえすればいい。辿り着かせればいい。


『何としてでも届かせる』

『絶対にかばんの元へ送り届けるのです』


 その時に方針は決まった。何となくだった進路を明確に定めた。




 あぁ、だけど。

 二人は失念していたのだ。

 それは、想定すべき最低最悪の可能性。

 あまりにも残酷で、救いがなくて、目を逸したくなるような可能性。


 あの『神』が、そう思わせるために舞台を整えたという可能性を、二人は考えていなかったのだ。

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