或いは、例えばそれはこんなif Version_X.



 13



 いったいどれだけの『世界』を見てきただろうか。

 悪夢を見た。

 地獄を見た。

 絶望を見た。

 見てきた『世界』の全てが、例外なくサーバルを苦しめるものだった。かばんと名付けられる前の少女が、拳銃と呼ばれるものを使って殺戮を繰り返すものもあった。善と悪の価値観が反転して、フレンズ同士が殺し合うようなものもあった。島中のフレンズが理性を失って、元の動物のように襲いかかってくるものもあった。沢山の武装したヒトがジャパリパークに上陸して、フレンズを抹殺するものもあった。陸が見えない海の上で遭難し、助けが来るまで待ち続けるものもあった。サンドスターに不具合が起きたのか、意識はあるのにじわじわと元動物に戻るようなものもあった。サーバルとしてではなく、顔も名前も知らない誰かが歩んできた人生みちのりを追体験するものもあった。

 全ての『世界』がそれぞれ違う視点で、違う立場で、違う状況だった。しかし共通点が一つだけ。

 どれもハッピーエンドは迎えなかった。

 必ず何処かで挫折した。

 必ず何処かで失敗した。

 心は折られ、決意は踏みにじられた。

 どの『世界』も行き着く先は悲惨な結末バッドエンドだった。

 サーバルは一度も、誰か一人でも笑って終わった『世界』を見たことはなかった。


 目に見えない心というモノが壊れていくのを実感していた。

 建物が音を立てて倒壊したり、何かが爆発したりするようなはっきりしたものではない。少しずつ少しずつ削れていって、まるで骨をヤスリで削っていくような、ゆっくりと、しかし気付いたらどうしようもないほど欠落している状態になっている、そんな壊れ方だった。


『世界』が歪む。

 揺らいで、瞬いて、移り変わる。


「……やっぱり」


 でも、懸命に記憶を辿って。

 吐き気がするような思い出を手繰り寄せて、途切れることなく思考する。

 この無限地獄のカラクリを。

 このifの『世界』の終わらせ方を。


「やっぱり、あなたはかみさまなんかじゃない。……あなたは、あなたはセルリアンなんでしょ?」

『……まだ否定するつもりですか? ではこの「世界」をどう説明するんです?』


 靄がかかったような頭のまま周りを見渡す。

『世界』が歪んで見えた。

 あの時。黒セルリアンに食べられたかばんを救い出せなかった未来。

 色々なものが、様々な意味で壊れていた。

 それを、サーバルは見ていることしか出来なかった。

 もう、現実と夢の境界が曖昧になっていた。


「ここは、わたしがいた場所じゃない。せかいは壊れてないし、つくりなおされてもいない……でもあなたはそう思わせた」

『…………、』


『かばん』の表情からあらゆる感情が消えた。

 サーバルは続ける。


「多分、ここは夢みたいな場所なんじゃないかな。あなたはその中でなら、本当に、きっと本当の意味で何でもできる技をもってる。だからそれを使って、夢と元のせかいを曖昧にさせて迷わせてるんだと思う。きっと、パークにあった地下迷宮みたいに」

『なるほど。それで? それがこの「世界」の絡繰りだとして、貴女はこれから逃れられるんですか?』

「分かんないよ」


 即答だった。

 フラフラと、足を一歩前に出す。

『かばん』は目と鼻の先にいた。


「でも見つけるんだ、絶対に。わたしにはやらなきゃいけないことがあるから」

『やらなきゃいけないことがある、ねぇ。ククク』

「……?」


 また誰かが壊れた。

 発狂の慟哭が聞こえる。

 何か、ぐちゅりという水っぽい音が耳に届いてきたが、次に来る言葉に掻き消された。


『いえ、すみません。想像力とは恐ろしいものだと思っていたもので』

「な、んの……?」


『世界』から色が消えた。

 灰色の『世界』で、『かばん』は艶めかしく微笑んでいた。


『世界は一言で言うなら木のようなものなんですよ。遥かな過去は根、共通の歴史が幹、無数の未来が枝という風にね。共通の歴史について例を挙げるなら、。そのifはもはや並行世界とすら呼べない、ただのガラクタと判断され深淵に消えていきます』

「……、」

『もしも、あの時こうだったら……そう考えただけでも簡単に分岐します。大抵は途中で朽ちますが、それでも終わりまで続く枝もあるんですよ。分かりましたか? これが世界と呼ばれるものです。まぁ、中には例外も混じっているようですけどね』

「……あなたはそのせかいを実際につくったわけじゃない」


 その答え合わせにどれだけ意味を持つかは分からない。でも、真実をちゃんと受け止めて前に進まなければ何も変わらない。

 焦点が定まらない目で、『神』を前に話し続ける。


「……枝の一部分を切り取って、わたしに見せてただけ。だから……やっぱり、ここは……」

『お察しの通り。ここは願望でも妄想でも捏造でもなく、こうなる「世界」が実際にあったということです』

「…………、」


 これがもし、何の根拠もない、ただ苦しめるだけの悪意のある『世界』であればどれだけ良かっただろうか。

 図書館にはヒトが綴った絵本と呼ばれるものがあった。

 ハッピーエンドでは終わらないものも沢山あり、胸糞悪い終わり方をしたのも珍しくなかった。それが嫌だったから、頭の中で何とかハッピーエンドに持っていけないか試行した。

 そう。

 ありもしない事実であれば、いくらでも改変できたのだ。

 いるはずのないヒーローを登場させたって良い。来もしない増援を呼んだって良いし、主人公が突然覚醒して逆転劇にしても構わない。

 ご都合主義だと罵られようが、滑稽だと笑われようが、空想の御伽噺おとぎばなしであれば少しでも良い結末に、みんなが笑って終われるようなハッピーエンドにしたら、多少なりとも胸のもやもやは消えていくのだ。

 だが現実はそうではない。

 どれだけ否定しても死んだ者は蘇らない。戦争や絶滅の事実は覆らないし、悲劇の歴史は書き換えられない。どんだけ頭の中で夢想しようと、後には虚しさが残り続ける。

 だから、『かばん』は数ある中でそれだけを抽出した。

 有り得た未来。

 一つの誤差で訪れるif。

 無数に分岐する『世界』の果てを。救いのない結末だけを。

 再現して、見せ続け聞かせ続け味わわせ続ける。

 否定は意味をなさない。

 肯定は心を徹底的に破壊する。

 まさに壊すための兵器だった。


 セルリアンに感情は無い。

 笑っているように見えても、哀しんでいるように見えても、嘲ているように見えても、。実際には何も感じてなどいない。

 動く災害とされ、意思を持つ機械と呼ばれた者たちに感傷なんてものは無い。

 だから、製作者が飽きてやめるなんてことにはならない。

 無限に続く地獄は絶対に終わらない。


(わたしが見てきたせかいは、何かがズレたことで出来た未来だった)


 移り変わる『世界』の中で、自分の結論を整理する。

 頭の中に叩き込まれる『世界』の毒は、歯を食いしばることで耐え続ける。


(だったら、かばんちゃんがこのまま続けたらあんなせかいになっちゃうかもしれない……じゃあ、やっぱり止めないと。わたしが止めなきゃ、いけないんだ……トモダチだから……)


 もはや元の世界なんてものが曖昧だが、数ある地獄の中で似たような物も幾つかあった。

『かばん』は言っていた。

 今まで見てきた『世界』は、どれも空想ではなく分岐した有り得たはずの未来だと。

 であるならば、かばんがこれ以上続けた結果の『世界』があの中にあったかもしれない。

 誰も笑わず、誰も救われない。

 そんな、悲劇しか紡げない『世界』が。

 その時だった。


『ククク』


『神』は笑っていた。まるで、他者の間違った解答を見てほくそ笑むような笑いだった。


『本当に楽天的な頭ですね。その決意が、その希望が、大きな絶望を呼んでくるとも知らずに』

「どういう、こと?」

『抗うだけの理由が見つかるということが、支えている決意が強すぎることが、自ら破滅の道を作っていると言っているんです。……まぁ、分からないのであればそれもまた僥倖』


 手の施しようがないほど、どうしようもなく、愚かだと言いたげな口調だった。

 眉をひそめるサーバルに、『かばん』は一度だけ指を鳴らす。

『世界』が揺らぐ。

 最後に、まるで今から一芝居やるような調子で続けて言った。




『それではご覧ください。泣こうが笑おうが拒否権はございません。「神」が用意する特別な「世界」をお楽しみあれ』

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