壊滅都市 ~博物館~ 後編



 3



 何と形容したら良いのだろうか。

 雪崩のように全てを巻き込んで破壊する、巨大な生物兵器か。

 大口を開いて呑み込んでいく、嵐のような激流か。

 後ろを振り返って確認すると、変わらずそれはそこにいた。


『グオオオオオオォォォォーーーーーー!!』


 角を曲がれば通路ごと体で薙ぎ倒して瓦礫を撒き散らし、倒れた柱で足止めをしようものなら太い足で踏み潰して突破する。

 まさに破壊という現象がそのまま形となったかのような怪物だった。

 破壊力は散々思い知らされた。超巨大セルリアンに驚かされたのはその先だ。


「なんだあのセルリアンは! 図体に似合わないほど速いじゃないか!」


 ヘラジカが必死の思いで足を動かして不満を口にする。

 そう、超巨大セルリアンは動物園の巨大セルリアンと同等か、それ以上の速度で追ってきたのだ。

 背中のツチノコは超巨大セルリアンの様子を窺いながら叫ぶように怪物を説いた。


「アレは何億年も前に陸上動物の頂点にいた怪物だ! 匂いにも敏感で見た目以上に機敏に動く。それに加えてあの破壊力だ。いいか、絶対に、一発も当たるなよ。まともに食らえば最後、冗談じゃなくぐちゃぐちゃになるぞ!」

「そうか! それなら私も本気を出さなければなぁ!!」


 ダンッッ!! と力強く床を蹴った。言葉通り速度は上がり、超巨大セルリアンとの距離を着実に離していく。


「博士!」

「分かっているのです!」


 ここで超巨大セルリアンに追いつかれるのは不味いが分断するのは更に不味い。サーバルを抱えながら博士は飛行の仕方を床すれすれの低空飛行から天井近くまで上昇し、落下することでスピードを出していく。

 階段を駆け上がり、縦横無尽に動いて撹乱する。逃亡に力を注いだ彼女たちが超巨大セルリアンを完全に撒くまで、そう時間はかからなかった。


「はぁ……はぁ……ここまで来れば、大丈夫だろう……」

「……悪いな、自分の足で走れれば良かったんだが」

「何、気にするな。このくらいお安いご用だ」


 博物館の一角、展示物の影に隠れるようにして四人は顔を合わせていた。

 ヘラジカが腕を組んだまま、呟くように問いかける。


「それで、あれは一体何なんだ。陸上動物の頂点だとか言っていたが……」

「……ティラノサウルス。恐竜と呼ばれるフレンズ化が確認されていない絶滅種の象徴で肉食動物の権化、ヒトが誕生するよりも遥か昔に地上で頂点に立っていた……陸の、王だ」


 誰もが口を閉ざした。

 フレンズ化を一人として実現していない、絶滅で姿を消した動物。ティラノサウルスという動物は、名実ともに最強なのだろう。


「ティラノなんたらが手に負えない大物だということは分かった。それで、ツチノコから見てあれはどうやったら倒すことが出来る?」

「ティラノサウルスな。オレの予想だとまともに戦えば間違いなく負ける。勝てる勝てないなんてレベルの話じゃない。寧ろ生きていればラッキーってところだ。そんなヤツ相手に打つ手と言えば一つしか無い」


 ツチノコがした提案は正面からぶつかることを得意とするヘラジカや、そういう場面に遭遇しなかったサーバルにはおよそ縁の無いものだった。

 そう、それはつまり。




「暗殺だ。博物館全てを利用してヤツを生き埋めにする」




 深刻な顔をして告げた言葉に、サーバルたちは押し黙った。

 だが、


「生き埋め? フェネックもプレーリーもいないけどどうするの?」

「まぁそれにはちょっと策がある」

「というよりあんさつとは何だ? 新しい合戦の方法か?」

「………………………………は?」


 ヘラジカだけは意味が違った。伝わっていなかった。


「おいヘラジカ、オレの話聞いてたか? 本当に聞いてたか!? 暗殺の言葉を知らなかったとしてもその反応はおかしいだろ!! オレは! 真正面から挑んだら負けるって! はっきり! 言ったよな!? あァ!!??」


 捲したてるように激昂するツチノコへ、博士は自分の眉間に人差し指を押し付けながら呆れるように目を瞑ると、


「そいつらは暗殺という言葉とは縁がない奴らなのですよ。……まぁそれでもちょっと問題がある発言がありましたが……、取り敢えず落ち着くのです」


 少し息切れをしているツチノコは短く悪態を吐き捨てると、冷静さを若干取り戻しきれない調子で説明を始めた。


 曰く、恐竜型セルリアンを誘導し瓦礫やヒトの『遺物』を上から被せることで身動きを封じるらしい。

 生半可な攻撃は勿論、足止めにすらならない事を繰り返しても意味が無い。逃げに徹すれば脱出は容易だろうが、ツチノコが恐れているのは恐竜型セルリアンが外に出てしまうことだった。

 疲労も、睡眠も、食べることすら不必要な兵器。それが野に放たれ、最悪今まで残してきたアライグマたちと遭遇してしまったらと考えると放っておける状況じゃない。


「何としてでも、ここにヤツを封じ込める。それがまず第一目標だ」


 そしてその時、サーバルは唐突に思い出した。恐竜型セルリアンでそれどころでは無かったが、自分たちには追っていた者がいたのではなかったか。


「ねぇツチノコ、セーバルはここに来てるの?」

「ん? あぁ、そういえば言ってなかったな。来てるぞ、アイツも。匂いが薄くて今もいるかは分からないが、それでも一度ここに来たみたいだ」


 つまり、かばんが陽動のために用意したトラップやハズレの無駄骨というわけでは無かったのだ。そのことに胸を撫で下ろすと、その耳が跳ねる。


「…………博士」

「えぇ、来ていますね」

「あのセルリアンか……。何処だ、何処から来る……っ!」


 一歩動くだけで空間を揺るがすような緊張感を発する怪物。その足音が少しずつ少しずつ近付いてくる。

 そこで、周囲を伺っていたツチノコが声を上げた。


「いや……周囲にはオレたち以外誰もいないぞ? あのセルリアンはピット器官に引っかかった。だからいれば分かるはずなんだが……」


 ピット器官に引っかかる。そうだとしたら姿を消していてもツチノコであればその姿を視認できるだろう。だが、当人はいないと言った。しかし音は今も耳に届く。


「待って……まさかこれって……」


 認識を拡大しろ。

 考え方を変えてみろ。

 サーバルはその耳を以て位置を把握した。

 周囲にいない=近くにいないわけではない。ぐるりと見回しただけでは見えてこない部分がある。

 そう。

 だから。


「下!?」

「クソッ盲点だった……ッ! あのヤロウ、オレたちの真下にいやがったのか!!」


 全員が蜘蛛の子を散らすように散開する。

 直後だった。


 ボゴォッッッッ!! と今までサーバルたちが面を向かわせていた場所が床ごとセルリアンの口に飲み込まれた。

 直径数メートルの穴。そこから下階にいた恐竜型セルリアンが床を砕きながら飛び出るように不安定な足場に着地する。


「追いついてきやがった……ッ!」

『グオオオオオオォォォォーーーーーー!!』


 咆哮で床が軋む。それは比喩ではなく、本当に。

 度重なる破壊によって脆くなっていたヘラジカの足元の床が、轟音で崩れるのは一瞬だった。


「な、……っ!?」

「ヘラジカ!? 今助けに──「来るな!!」


 即座にヘラジカが静止したのが幸いした。駆け寄ろうとした博士の目の前に恐竜型セルリアンの尻尾が横殴りに振るわれたのだ。黒い尻尾が鼻先を掠め、付近にあった展示物と壁を薙ぎ払いながら通過する。


「私のことは放っておけ! 必ず合流する!」


 穴の下からもう一度声がした。ヘラジカは既に恐竜型セルリアンの眼中には無いのだろう。他所を向かず、ただこちらを見続けている。


「博士、今は陽動に徹しよう。ヘラジカから危険を遠ざけるのが先だ」

「…………分かったのです。サーバルもそれでいいですね?」

「うん、ヘラジカが良いって言うなら……」


 きびすを返し、三人はヘラジカが落ちた穴から遠ざかるように走り出す。

 恐竜型セルリアンは姿勢を低くすると、逃げ出したサーバルを追いかけ始めた。



 4



 彼女たちの足音が遠ざかるのを、ヘラジカは聞いていた。

 不幸中の幸いと言うべきか、これと言った怪我はしていない。しょっちゅう合戦をしていた彼女は受け身の取り方も適切で、ほぼ無傷の状態で着地できた。


「ライオンには感謝しないといけないな」


 ヘラジカはそう言いながら鞄の中からあるものを取り出した。

 黒い直方体の無線機。

 これは、動物園でライオンに渡されたものだった。

 そう、あれは動物園の巨大セルリアンに吹き飛ばされ、博士と合流する前のことだ。動物型セルリアンの群れを薙ぎ払いながらライオンはこう言った。



『ヘラジカ、これは君に預けるよ』

『何故だ? 私では壊してしまうかもしれないのだろう』

『念の為だよ、念の為。いいから持ってろって』



 半ば強引に押し付けられた形だったが、これで連絡手段は手に入った。もしかしたら、ライオンはそのことも見越した上で押し付けたのかもしれない。つまり、それはあの場に留まることを予期していたとも取れるのだが。


「本当に、馬鹿なやつだ……」


 自分も他人ひとのことを言えないなと内心笑いつつ、無線機を鞄に戻す。瓦礫の上から床に降りて周囲を見渡す。どうやら一本道の廊下のようで明かりは消えており薄暗い。何をするにしてもこの先に行く必要があるだろう。


「さて、私も動くとするか」


 そう意気込んで廊下を進む。

 だが、それを妨害するような声が背後から掛かった。


「まだ 諦めてないんだね」


 その足がピタリと止まった。

 ゆっくり、ゆっくりと振り返る。

 片言のような口調で、サーバルと同じ声。

 背後の、先程自分がいた瓦礫の上に座って、それはいた。


「セーバル……」


 黒サーバルは感情が読めない顔で、ただヘラジカを見続けている。先日のリベンジをしたいと思っていたヘラジカだったが、上階うえで今も逃げ続けているサーバルたちの姿が頭を過り、それどころではないと首を振った。


「本当ならここでお前ともう一度戦いたかったんだがな、仲間を見捨てて合戦に耽るほど落ちぶれたつもりはない。また機会があったら戦おう!」


 そう言って背中を向ける。

 しかし、次に続く言葉でその足は再び停止した。




「『本当に諦めが悪いですね。貴女たちに勝ち目があるとでも?』」




 声は黒サーバルのまま変わっていない。

 だがその口調は、その言い方は……正しくあの少女のものだった。


「『僕には理解できません。どうしてそこまで足掻けるんです? 大切な仲間を置き去りにしてまで。それとも、貴女たちも結局はあの醜い動物と同じだったということですか?』」

「…………かばん、だな。そんなことも出来るのか」

「『えぇ、出来ますよ。ここは僕のテリトリーの中なので。にしてもここまで諦めないとなると手段も限られてきますね。力で弾圧するのが効かないとなると面倒なんですよ』」


 言葉に感情がない。ただ淡々と、用意された台本を読み上げるようにその言葉の一つ一つに意味は込められていないように思えた。

 ヘラジカは振り返らない。


「正直、お前がしようとしていることが私には理解出来ない。意図も、方法も、考えていることもな。だけど私たちは見捨てて前に進んでいるわけじゃないんだ」

「『それは、そう思いたいだけの下劣なエゴですよ』」

「かもしれない」


 あっさりと認めた。

 その上で、ヘラジカは顔色をそのままに切り返す。


「それでも諦めるわけにはいかない。エゴだろうが下劣だろうが、みながここまで繋げてくれた旅路を無駄にはさせられないんだ」

「『──そうですか』」


 黒サーバルに背中を向けたまま歩き出す。

 背後にいてもその場にいない少女に、肩越しに堂々と啖呵を切った。


「首を洗って待っていろ。必ず、必ず追いつくからな」


 ヘラジカが博物館の通路の奥へ歩いていった。

 黒サーバルの体を借りた誰かはその背中をずっと見続けたまま、薄っすらと笑みを作る。

 目を細め、顎に手を添えて、その顔は邪悪に笑っていた。




「『えぇ、楽しみに待っているとしましょう。僕も早く見たいものです。決意の固い貴方たちが諦め、堕落するその姿を』」




 それだけ告げると、黒サーバルの姿は闇に溶けるように消えていった。

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