幕間 The_First_Mission

【番外編】残された者たち



 1



 ジャパリパーク。それは、けものはいても除け者はいないという言葉が当たり前のように浸透し、数多の動物がサンドスターの奇跡によってフレンズと呼ばれるモノに変化して、種族を超えてコミュニケーションを取れるようになった理想郷。




 ──だった。




 かばんの裏切り。それが全ての発端だった。

 今のジャパリパークはとても理想郷とは言い難く、地上はセルリアンが当然のように闊歩し、フレンズは終わらない戦いを前に追い詰められていく。

 そんな、地獄とも言える場所に変わってしまった。


 かばんが発した宣戦布告は彼女の友人であったフレンズたちに激震が走った。誰もが口々に何でどうしてと取り乱し、膨大な数の黒セルリアンを目の当たりにして戦意を喪失したフレンズもいた。

 かばんを知っているフレンズは『何か訳がある』と庇い続けていたが、彼女を知らないフレンズがかばんに向けるモノは畏怖と激情の感情のみ。各地のラッキービーストは活動を停止し、ジャパリまんは充分に支給されず、火山は定期的にサンドスター・ロウを噴出し続けていた。

 漠然とした恐怖だけが、ジャパリパークを包み込んだのだ。


「いいか、あのセルリアンに隊列を作らせるな! 二体なら撤退を視野に入れて、三体以上であれば迷わず逃げろ! いいな!!」


 怒号に似た声が響く。その主はセルリアンハンターの一人であるヒグマだ。黒セルリアンの数を減らすため、実力派のフレンズに対し説明をしている。

 その前も意気消沈しているフレンズを励まし、サーバルたちが絶対に何とかしてくれると諦めないようにフレンズたちを励まし続けた。



 本当に何とかしてくれるのだろうか。

 本当に守りきれるのだろうか。


 ……本当はもうかばんに敗北しているのではないだろうか。



 そんな考えが頭をちらつく。その雑念を振り払い、パークの防衛に務めるために今日もヒグマは、いつもと変わらない態度でセルリアンに立ち向かうのだった。



 2



 太陽が大地を照らす。

 さばんなちほー。サーバルの故郷であり、かばんが生まれた地。以前は沢山のフレンズが草原を走り抜け、肉食動物と草食動物なんていう垣根を超え、全員が友だちでいられるほど賑やかで素敵な場所だった。


 ──あの時までは。



『オオオオオオオオォォーーー!』



 黒セルリアンはこの地にも発生していた。さばんなちほーだけではない。今やパーク全土に黒セルリアンは現れている。

 数なんてもう忘れてしまった。

 倒しても倒しても、湯水のごとく新しい黒セルリアンが現れる。

 大きさも、強さも、戦い方も全て同じ。そのはずなのに、黒セルリアンを完全に攻略することが出来ない。


「はぁ、はぁ……。ここは……壊させませんわ。絶対に」


 目の前には二体の黒セルリアン。

 彼女はある場所を守り続けていた。それだけを死守するために、いったいどれだけの黒セルリアンを倒したのだろうか。

 背後には特に変わった物はない。ただ、使

 でも、ここは守らなければならないのだ。


「あの子たちが全部終わらせて戻ってきても……帰る場所がなかったら報われないですわ……っ!」


 守る。妹でも、娘でもないけれど。

 種族も遠く、共通点はさばんなちほーに住んでいる点だけだけど。

 でも、そうだとしても。


「ここに除け者はいませんもの。皆が友だちで、全員が家族。それなら……その子たちのために頑張ることを、誰が責められるのかしら」


 カバは縄張り意識が強い。たとえ相手がワニやライオンでも、縄張りに入れば容赦なく噛み殺すほど獰猛だ。

 そして、子どもを守ろうとするカバは雄の個体よりも気性が荒くなる。

 その瞳がギラリと輝く。

 全身から野生の本能が溢れ出る。



『オオォォォーーー!!』



 黒セルリアンはその巨大な足を振り上げる。これ以上サーバルたちの居場所に被害が出ないように、カバは前方に跳んで回避した。

 追撃。

 休む暇を与えず、攻撃が激しくなりカバを追い詰める。防戦一方で、中々反撃するチャンスが来ない。次々と振り下ろされる足を、カバはバックステップでかわしていく。


 そんな時だった。


 ドンッと、背中に何かがぶつかる。

 慌てて振り向けば、壁のように行く手を塞ぐセルリアンの足があった。

 そして、次は取り囲むように黒セルリアンの足が下ろされる。


「………………あっ」


 カバは忘れていた。今のセルリアンは従来のセルリアンよりかしこくなっている。

 知性に振りすぎたと、かばんはそう言っていた。

 本来の黒セルリアンは一対一ではまず勝てない。カバが今まで勝ててこれたのは弱体化している状態で、且つ殆どが単体で相手していたからだ。

 注意はしていたはずだ。先を読んで行動していれば、そんな単純な手段に引っかからなかったはずだ。

 では何故か。


(疲労が溜まって……そこまで頭が回らなかったっていうんですの?)


 野生解放を続けていればサンドスターは大量に浪費する。体力も消耗し、少しずつ冷静な判断が取れなくなっていく。

 焦り。

 恐怖。

 不安。

 絶望。

 のしかかるように、押しつぶすようにそれらが背中を這い登る。



『オオオオオオオオオオオオオォォーーーー!!』



 そして、トドメの一撃が迫る。


(情けないですわね……こんなんじゃ、サーバルに笑われますわね……)


 逃げようにも、既に身体からだの方は限界だ。足が竦み、一歩も動くことが出来ない。

 それは、単純に疲れているせいなのか。それとも恐怖によるものなのか、それすらもう判断できなかった。

 あの時、かばんを止めることも咎めることも出来なかった。

 にも関わらず、傲慢にも居場所を守るなんてことをしてしまったから、神は自分に罰を与えたのだろうか。

 やがて、体から力を抜き、ゆっくりと目を閉じる。


(………………?)


 何も、来ない。

 セルリアンに食べられる時の感覚は何も感じないのだろうかとも思ったが、どうやらそれも違う。


 


 妙な浮遊感と、自分の肌を撫でる風がそれを証明している。

 ゆっくりと目を開けた。


 そのフレンズはサーバルと同じネコ科のフレンズだった。

 身体中に斑点があるが、よく見るとその中に小さい点がある。

 本来であればじゃんぐるちほーに生息するそのフレンズの名を、カバは呼んだ。


「ジャガー……?」

「間に合ったみたいだね。良かったよ」

「どうして、ここに……」

「…………じゃんぐるちほーはもうダメだ」


 告げられた事実は、さばんなちほーよりも悲惨なことだった。

 最初は戦えるフレンズが集い、環境と身体能力を活かすことで黒セルリアンを討伐出来ていたらしい。だが黒セルリアンは学習する能力も持っている。フレンズたちが優勢な理由がジャングルの木を利用した機敏な動きだと気付くと、攻撃の対象をフレンズから周囲の木々に変え、全て薙ぎ払い始めた。

 水も堰き止め、折れた大木を利用して投げつけることによる攻撃すらし始める黒セルリアンに、もう為す術もなく撤退するしかなくなったようだ。


「カワウソのやつも高山のカフェに避難させた。私も逃げようと思ったんだけど、サバンナの方にも誰か残っていないかって思って木の上から探してたんだ」

「それで私を見つけたってことですわね」

「そういうこと」


 ジャガーはカバを下ろしながら、少しずつ近付いてくる黒セルリアンに対し身構える。


「ほら、あの子たちの居場所、守るんでしょ? 付き合うよ。私も世話になったからね」

「心強いですわ」


 何処かでホッとした自分がいる。もしかしたら孤独で戦うことに心が悲鳴を上げていたのかもしれない。

 でも、今は隣に仲間がいる。それだけで全身に力が戻ってくる。


「いきますわよ!」

「おうよ!!」


 フレンズの中でも指折りの実力を誇る二人は戦い続ける。

 ──たとえその先にあるのが勝利というハッピーエンドでなくても。



 3



 パークには避難場所と呼ばれる施設がいくつか存在する。選ばれる条件は様々で、立地の関係上攻め込まれにくいことや、沢山のフレンズが泊まれる宿泊施設であったり、資料が揃っている場所などが挙げられる。

 その中の一つ。図書館と呼ばれるに相応しい、大量の本を保管しているその場所は、知りたいことを調べるには最適の場所だった。


「………………これでもないですね。かばんが読んでいた本はこの辺りに仕舞っていたはずですが……」


 もしかしたら既に処分されているのかとも思ったが、そんなことしようとすれば流石に気付くだろう。本を持ち出した可能性もあるが、今はそれを証明する事はできない。

 図書館に残っているのを祈りつつ、ハズレの本を元の本棚へ戻す。

 助手が今調べているのはかばんが調べ物をする時に使っていた本だ。ラッキービーストからの情報に限界があったか、或いはサーバルや博士たちに知られたくなかったからわざわざ図書館で調べていた可能性が高い。音もなく飛べる自分たちのことを考えればサーバルに知られたくないと考えるのが自然だろうか。


(……それもないですね。我々がサーバルに伝えないとも限らないですし……。となると?)


 博士と助手はパークにいる数多くのフレンズの中で、ツチノコのような例外を除けば唯一文字を読むことが出来る。だから訪ねてくるフレンズに本に書いてある内容を教えられるのだ。

 だが、それも限界がある。

 ひらがなとカタカナであれば簡単だが、漢字を含めるとなるとそうもいかない。数も多く、形も複雑だ。そうなれば博士たちと言えども読めない文字が出てくる。実際、博士と助手が読める漢字は限られた数だった。

 それを、利用したとしたら?

 ヒトがフレンズにその項目を読ませないため、別の文字も用いて暗号化していたとしたら?


「…………試す価値はありそうですね」


 視線を本棚からある場所へ向ける。

 地下。

 図書館には地上では仕舞いきれないものや、博士たちが読み解くことが出来ない書物は全て地下室の書物庫に収納されている。

 一度、試しに調べてみようかと近付いた時だった。


「助手……教えてほしいことがあるんだ」

「なんですか? 私に答えられる範囲であれば答えるです」


 図書館の入口に現れたのはオーロックスとアラビアオリックス、ツキノワグマの三人だ。

 へいげんちほーを縄張りとし、ライオンの部下で信頼も厚い。彼女たちが何を聞きに来たのか何となくだが予想はついていた。

 そして、オーロックスは複雑な表情で助手に言った。




「大将の……ライオンの倒し方を教えてほしい」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る