魂の眠る場所

「夢…、か」

そう呟いても誰も答えるはずもない。

そっと体を起こすと、ぎょっとした。

「ここはどこ?」

家だと思った場所は、人形が大量に山積みにされている廃墟のような場所。でも、さっきリンの部屋で見た人形と違って、目も合わせなければ言葉も発しなかった。それが私にとっては不気味に感じられた。

「…て」

「た…け…」

「す…て」

遠くからも、近くからもうめき声が聞こえる。

その声を頼りに歩いて行くと、急に開けた場所にたどり着いた。

クリスタルの柱に囲まれ、その柱のすぐ下には同じクリスタルでできた棺があり、それはずっと奥へ続いている。まるでおとぎ話の神殿のようだった。

その柱に触れて、またぎょっとした。

驚くほど冷たく、そして棺の中に人そっくりの彫刻が…。

「違う、本物の人…。冷凍状態になってる。どうして…」

柱の中には、1人ずつ眠っていて、その顔はやっぱり悲しみ、恐怖、怒りに歪んでいた。その中にはリンの姿もあった。

「リン、リン!目を覚まして!」

必死に呼びかける。すると、さっきよりうめき声が大きくなった。

「た…すけて。暗くて…な、にも…見えない…」

「リン!必ず助けてあげる、だから目を覚まして!!」

「だ…れ?」

リンが反応した。でも、口が動いていない。

「あたしは未来!リンの親友!忘れたなんて言わせない!!」

「み…く。あたしの…しん、ゆう…?」

「そうだよ!リン、一緒に帰ろう。

だから目を覚まして!!」

リンが瞼を震わせた。すると、リンはうなされ始めた。

「いやだ…、いやだいやだ!ちがう、そうじゃない!あたしの居場所はここじゃない!」

リンの叫び声と共に、棺が溶けていく。

「未来…、あたし…」

「リンっ!!!」

リンは少し震えていたけど、無事だった。すると、リンは私から体を離した。

「未来。今、何が起きてる?」

あたしは、今起きていることを洗いざらい話した。リンは、少しずつうなづいていた。

「ねぇ未来、人形の顔が怖く見える事ってある?」

リンに唐突に聞かれ、あたしは正直に答えてしまった。

「うん。あたし、昔からそう。人形の顔が今にも叫びそうな顔してたりとか、泣いてたりとか。そんな顔の人形ばっかりみて来た」

「そっか…。

ねぇ、あたしたちをクリスタルに閉じ込めた人も同じこと言ってたんだ。

"人形の顔は醜い。でも、あなたなら可愛い人形になりそうだわ…"って」

その途端、ガシャン、ガシャンと何かが割れる音が聞こえた。その音はどんどん近づいてくる。

「なんの音?」

あたしが聞くと、背後から声がした。

「クリスタルを破壊する音よ。恐怖に歪んだ人形なんてもうこの世には必要無い。もう飽き飽きよ。

だから、壊すの」

冷酷な笑みを浮かべて近づいてきたのは、真紅のロングドレスを身に纏い、仮面をつけた女の人。するとリンに、「この人。あたしを閉じ込めた人」と耳打ちされた。

「あなたはだれ?」

事件の張本人。そんなことは分かりきってるけど聞いてしまった。

「あたしは、クイーン・フューチャーと呼ばれているわ。そうね…。人形遣いとでも言いましょうか。

人形を依代にして、人間の魂を移しているの。最近の人形はみんなして顔が怖いのよ。泣いて、叫んで、狂気に飲まれて、恐怖に顔を歪ませて。そんな人形なんてこの世にはいらない。だから、もっと可愛らしい顔をした人形をつくっているのよ。

リンネ、あなたは今までで完璧な人形だったのよ、勿体無いわ。人形のままいれば、何もしなくても、考えなくても一日が終わって、ストレスのない、日々を過ごせるというのに。それはリンネが一番望んでいたはずよ?」

リンは、名前を出されてびくっとしていたけれど、クイーン・フューチャーの方を毅然とした眼差しで見つめた。

「ストレスのない日は、確かに楽しかった。このままでもいいかなって思ったよ。でも、つまんなかった、同じ日々が続いて行くのは。

それで、自分の居場所に帰りたいって思ったら、悪夢に追い回されて、誘惑された。"ここにいれば、苦労なんて一生ない"って。あたしは怖くなった。もう少しで自分の居場所を忘れそうになってたから。

その時に未来の声が聞こえてきて、あたしの居場所はここじゃないんだってことを思い出せた。そこで分かった、ストレスのない日々なんて存在しちゃいけないって。だから、いくらあたしが心のどこかで望んでいても、それはただの理想。あんただって人形遣いしてる暇があったら、目の前の問題直視したらどう?」

「何ですって…?」

クイーン・フューチャーは動揺を隠せていなかった。

「あたしの友達の未来は、あんたと同じで、人形の顔が人と違う見え方をするの。だから、未来は人形に携わる仕事をしたいって家政系の大学に行こうとしてるよ?

それに比べてあんたはどうよ?ただ玉座にふんぞり返って、気に入らない人形があったら捨てて、人殺しをしてるじゃない!」

その途端、クイーン・フューチャーはあたしの方をじっと見て、それから仮面を取り、さらにじっと見てきた。

「ミク…?あなたが…?」

「そ、そうだけど」

あたしもクイーン・フューチャーを見ると、どこかで見たことあるような顔だなって思った。銀色の長い髪、無機質に光る水色の瞳、真紅のドレス…。

まさか、クイーン・フューチャーって…。

「あなた、あたしが一番最初にもらった人形のミライ?」

すると、クイーン・フューチャー…いや、ミライは驚いたような顔をした。

「あら、やっぱりミクなのね。

それにしても、あなたの夢はなかなか叶いづらいわね。あたしはそのおかげでどれだけ人攫いに苦労したか!!全国の人形を操るのには骨が折れる仕事だったわ」

「なにを言ってるの!?あたしの夢は、人形を作ることよ?人攫いなんかじゃない!!」

「あなたは自分の家系のこと、ちゃんと聞いてないの?」

楽しそうに聞いてくるミライに、あたしは黙りこくった。

「あら、そう。じゃあ教えてあげる。あなたの家系はね、代々人形遣いだったのよ。人形に糸を付けて動かす訳じゃなくて、人形に宿る意思や魂気を操るの。

あなたが人形をたくさんプレゼントされてたのはその為よ、いずれ意思や魂気を浄化させる為に。

それで、あなたが人形をとっても大切にするから、あなたが口にした"願い"…『悲しい顔をした人形が消え、幸せそうな人形で溢れた世界』が人形達に伝わって、意思、魂気があなたの意のままに動いていて、夢が叶えられようとしている。

あなたが、意思と魂気を操ってるのよ。だから、実際のところ、あなたが人形遣い、あたしや他の人形があなたに操られてる人形って状態よ。まわりの人形が、あたしがその夢に近しい人形だからってクイーンとか呼んでるだけで。実際はあたしもあなたに操られてるのよ」

隣にいたリンは目を丸くして、あたしは呆然とした。ミライだけは、場違いな笑みを浮かべている。

「絶望したんじゃないかしら?で、いろんな人が殺されてるんだから。あたしからのささやかな復讐よ。あたし、最近家のどこにいたと思う?日も当たらない、人の目にもつかない、部屋の隅よ。見向きもされない日々が、あたしにとってどんなものだったかなんて分からないでしょ?誕生日が来れば、次から次へと人形が来て、寂しくない人生を送っているんだろうから。そんな時でも、あたしの心の中には…、あなたの小さい時の夢が鮮明に残ってた。でもその夢を潰そうにも、意思も魂気もあなたに奪われていてあたしの意のままに動けない。なら、夢を叶えた後で存分に復讐しようと思ったのよ。それで、今やってるところ。もうあと少しじゃないかしら?」

高笑いをするミライに、あたしはただただ絶望した。

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