第6話

「嫌いじゃないけど、もっと楽しかったらいいな、って思う」

 そう、このゲームの世界の中のように。もっと何でもうまく行けば良いのにと思う。

「かいしゃつらい?」

「……うん、ちょっとね」

 ミオはにこりと笑った。手に持った杖をひらりと振って、ショウタの方へ向けた。

「じゃあ、ミオがたすけてあげる!」

 ミオの杖から、緑色の光が飛んで、ショウタに降りかかった。

 数え切れないくらいに何度も見た、ミオの回復の呪文だった。ピロリ、と音がして、ショウタの体が緑色に輝いた。

 なんだろう、と不思議に思ったが、ミオは言った。

「ね、ショウタ。回復した?」

 回復したもなにも、もとからショウタのHPは満タンだ。

 しかし、これがきっと彼女なりの励ましかたなのだ。傷ついているショウタを、後ろから魔法で助けてくれる。ミオは敵を倒すことはできないが、そうやって二人でたくさんの敵を倒してきた。いつものミオのやりかたに違いなかった。

「ミオ、これしかできないから」

「うん、したよ。回復した。ありがとう。ごめんな」

 ショウタはようやく笑って言った。

 ミオのつたない回復魔法は、少しだけ増田の胸にも届いた。



*** *** *** ***


 ミオは、一体だれなんだろう。

 そのころから、増田はそんな風に思い始めていた。

 ミオが誰でも関係ない。それでも冒険はできる。確かにそう思っていた。今でももちろんそれは変わらない。でも、現実のミオがどんな人なのか知りたい。そう思った。

 ゲームのミオと変わらず、天真爛漫な子供だろうか。それとも、自分と同じく仕事に疲れたOLだろうか。もしかしたら、全然そんなことはなく、男だったりするのかもしれない。

 それを知るのは怖かった。しかし、それ以上に知りたいと言う気持ちが強かった。知って、できれば会って「彼女」と話をしてみたい。

 彼女のことを知るヒントは一応あった。あのときの話の中で、ミオは「かなしそうな顔してる」と言っていた。あの時は気付かなかったが、つまり、ミオは自分のことを知っているのだ。とは言っても、あの駅前にいる面子のなかに知り合いの顔などひとつもない。彼女がどうやって増田のことを知ったのかは分からないが、しかし、少なくともミオはあの時自分の顔が見える位置にいた。逆に言えば、自分から見える位置に、ミオはいたはずなのだ。そしてきっと、それはあの時ばかりではなかったのだろう。ミオは、増田の目の届く範囲にいつもいるはずなのだった。

 増田はそれに気付いた日から、見える範囲の人間の顔を覚えるように努力した。ミオと一緒に冒険しているときに見える顔(と言ってもミオがいない日などなかったが)を少しずつ限定していった。

 最終的に、それは三人まで絞られた。

 一人は学生風の女の子。もう一人は髪の長い女性だった。そして残念ながら、最後のひとりはくたびれたサラリーマンの男だった。

 そして増田は意を決した。彼女が誰なのか、特定してやろうと思った。

 今日は仕事は休みだった。増田は朝の六時に出発した。ゲーム機を持って、駅前のいつもの場所に陣取った。

 十二時を回って、ようやく一人目がやってきた。それは三人の中の誰でもなかった。念のため、ゲームを開いて確認したが、ミオはそこにはいなかった。さすがに出発するのが早すぎたと大いに後悔しながら、増田は用意していたサンドイッチをかじりながら、ひたすらに待ち続けた。

 三人のうち、最初に来たのはサラリーマンの男だった。いつものスーツ姿ではないが、くたびれた顔は同じだった。男はのっそりとゲームを起動した。増田はどうかコイツではありませんようにと祈りながら同じくゲームを起動した。ミオはいなかった。

 二人目は、学生風の女の子だった。ショートカットの頭に、ドクロの刺繍の入ったニット坊を被っている。肩の出るような服にも、ご丁寧にドクロのマークが大きくプリントしてあった。ジーンズはなんだかたくさんチャックがついている。いつもかわいらしい装備を好むミオとは、かけ離れているように思われた。

 増田はゲーム機を開いた。表示されているのは、ショウタ一人。やはり彼女じゃないか。そう思った時に、ピロリ、と音がした。

『ミオ さんが入室しました』

 彼女だ。彼女がミオだ。

増田は確信した。

 増田はもう一度その女の子の方を見た。彼女が、ミオ。そう言われてみると、確かにしっくりくるような気がした。ドクロの帽子は、ミオと同じ黒だったし、ゲーム機の色は、ミオが好んで装備する防具と同じピンクだった。ただ、その表情はミオとはとても結びつかなかった。ずっと不機嫌そうに、むっつりした顔でゲーム機を握っている。彼女が、あの子供っぽくて素直なミオなのだろうか。そう思ったが、考えるだけ無意味だと気付いた。じゃあ自分はショウタと同じ英雄か? 大剣を振り回す戦士か? 強い敵にも勇気を持って立ち向かえる少年か? ゲームの世界と現実とは、決して一致するとは限らないことを、増田は自分でよく知っていた。

 視線に気付いたのか、ドクロ帽子の女の子が、増田の方をちらりと見た。増田はあわててゲーム画面に目を戻した。画面では、いつものように、かわいらしいミオがくるくる回っている。あの気の強そうな女の子が、この子。彼女も、違う自分になりたくて、ここにいるのかもしれない。そう思うと、いっそうの親近感が沸いてきた。

「おはよう、きょうははやいね~」

「そっちこそ」

 言いながら、増田は笑っていた。

「そういえばミオって、いつもここにいるけど、普段は何やってるのさ」

 増田はついつい気が乗って、そんなことを聞いてみた。

ミオは少しだけ間をおいて、口を開きかけて、やっぱりやめて、言葉を選んでいるようだった。そして結局こんな風に言った。

「う~ん、わりとひとりでヒマしてるかも」

 ミオはもじもじしていた。

「だからね、ショウタが遊んでくれるの、すごくたのしい!」

 そしてまた、くるくると回るのだ。

 きっと彼女には彼女なりの事情があるのだろう。それなら、今日はとことんミオに付き合ってやらなくちゃな、と増田は思う。

「よし、じゃあ今日は一日中遊ぶか!」

「ホント? ありがと~」

 二人は次の目的地、南の城へと走り出した。南の城には、暗黒のドラゴンが住むという。望むところだ。道中でも、ショウタは張り切って敵を倒した。

「なんか、きょうはうれしそうだね~」

「うん、ちょっと良いことがあってさ」

「なになに~?」

「ナイショ」

「ぶ~なにそれ~」

 ゲームの中のミオは、やはりいつもの通りのミオだった。



*** *** *** ***


 突然に、根岸に呼び出された。今度はどんなお叱りを受けるのだろう。やはり先日提出した書類がまずかったのか。増田は胃をキリキリさせながら根岸の元へ向かった。今日は仕事が終わったら、むちゃくちゃに敵を斬ってやる。そんなことまで考えていた。

 ところが、根岸は今までにないくらいに上機嫌だった。

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