ケチャップ

 警察に一本の電話が入った。近くで殺人事件が起きたらしい。

 新米刑事の私は早速現場に急行した。先輩は後から合流するとのこと。不安しかない。


 通報してきた人もそこに居た。

 指を刺した先には大きな血痕。これだけの大きさだと血だまりと言ったほうがいいかもしれない。当人が無事では済まされない傷を負っていることは間違いなかった。

 しかし、肝心の被害者が見当たらない。


「あの、殺人事件とのことでしたが」


 どうやら、この大きな血の池を見て反射的に殺人事件だと思ったようだ。

 解らなくもないが、それはちょっと早計ではなかろうか。被害者が死んでいるとは限らないからである。


 ──ん?


 よく目を凝らすと、やたら粘度が高く感じる。というよりも、不自然な凸凹まである。いくら時間が経っているかもしれないとはいえ、これはあまりにも不可解だ。むしろ時間経過だとしても変色していない。鮮やかな赤がそこにある。


 血が得意とは言えないが、これも仕事だ。顔を近づけてみる。

 仄かにトマトの香りがする。


 これ、もしかして──ちらっと通報者に目を向けると、申し訳なさそうな顔をしていた。

 間違いない、これはケチャップだ。

 遠目ではたしかに血だまりに見えなくもない。日常でお目にかかることも少ないだろうし、慌ててしまったのだろう。

 もしも自分が刑事ではなかったとしたら、同じことをしていたのかもしれない。


「見間違いですね。誰かがここでぶちまけちゃったんでしょう。もう帰っていただいて結構ですよ」

 そう言葉を掛けると、安堵の表情で立ち去った。


 悪戯と思われて怒られると思っていたのかな? そんなことを考えていると、先輩刑事が現場に到着した。

 ケチャップであることや発見者について報告をしたが、目は鋭いままだ。不思議に思っていると、彼はそっと血だまりを指で掬っていく。そして現れたのはどす黒い赤──しまった、これを隠すためにぶちまけたのか。そして彼が犯人──


 先輩に怒られながらも緊急配備の連絡を本部に入れる。

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