計画

 先日とうとう彼は奇声をあげた。前から少しずつではあるけれど、何かおかしな感じになっていっている。


 最初の異変は部屋の掃除だった。

 几帳面な性格だった彼は、ゴミを散らかすことはおろか、埃ひとつですら気になっていて、コロコロを常にそばに置いていた。私と話をしているときもコロコロしながらなんてザラだった。

 それが、ある時を境に掃除を碌にしなくなっていた。


 次は物忘れ。

 部屋が汚くなったからというのもあるかもしれないが、どこに何を置くのか決めていたにもかかわらず、しょっちゅう無くしては探し回った。

 携帯は私がコールすれば音が出るからいいけれど、家の鍵なんかはそういった機能がないので、いざ外出しようとした時見つからないとなると、時間のロスが半端ない。

 いつの頃からか、「どこに何を置く」という彼なりのルールも崩壊していたようだった。


 気が付いたら部屋から一歩も出ようとしない引きこもりになっていた。

 何かに怯えている様子で、以前の快活さがまるで失われてしまった。私が外へ連れまわそうとしても拒むことが日に日に増えていった。


 そして、冒頭にあるような奇声をあげ始めた。


 どうしてこうなってしまったのだろうか。


 思い当たることがひとつだけある。

 彼は非常に我の強い人間で、自分の思い通りにならないと癇癪を起すこともしばしばだった。私は愛していたけれど、それだけが苦痛だった。

 彼は資産家の一人息子。甘やかされて育ったせいだと思う。頭脳容姿は問題なく、性格に関してもこの点を除けば文句はなかった。


 私は考えた。このまま結婚して幸せになれるのかどうかと。

 そして、彼に手料理を振る舞う時にちょっとした薬を混入し続けた。

 その結果が現れただけのこと。


 これで彼を意のままに操れると思ったのに、どこで計画が狂ってしまったのだろうか──

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る