『家の修繕費バカにならん……』

「Where is Helen?」


 男の一人が銃を構えたまま、三人に問うてきた。


「ねぇ、何言ってるか分かる人いる?」

「自慢じゃないですけど、私英検五級持ってます」

「要するに分かんないってことね」

「ヘレンはどこだって聞いてきてる……。多分、イクミのことだ」


 全く緊張感の感じられない彼杵と和人に、うんざりしたような声で和訳してあげる神哉。呑気な二人を見て、ため息混じりになってしまうのも仕方がない。

 ちなみに英検五級は中卒ならば受かって当然、むしろ落ちる方が難しいレベルなので是非とも皆さま挑戦していただきたい。


「神哉、英語分かんのかよ」

「いや今のは聞いてちょっと考えれば分かる内容だと思うけど」

「Just answer the question……!」

「ひぃっ!? 何なんですかぁ!? 何でそんな怒ってるんですか日本語言ってくださいよぉ!」


 銃口をふくよかな自身の胸に押し当てられ、猛烈にビビる彼杵。男の『いいから質問に答えろ』という意味が分からず、半ベソ状態だ。

 神哉はそんな彼杵を無表情のまま横目で見つめ、和人は自分じゃなくて良かったと言わんばかりに安心しきった顔をする。数週間前起こった銃弾の行き交う現場の当事者ではあるものの、銃口を向けられることに慣れる者などいないだろう。


「I don't know Helen. You're asking the wrong person(ヘレンなんて知らない。質問する相手を間違えてるぞ)」

「I didn't ask you!(お前には聞いていない!)」


 神哉は彼杵に助け舟を出してあげるがしかし、男は逆上からの怒り心頭。声を荒げてもう一丁のピストルを神哉に向ける。

 それにより一層緊迫感の増した空間。和人は神哉にコソコソと耳打ちする。


「よく分かんねぇけど嘘吐いとくしかないだろこの状況は……! ……英語で何とかやってくれ神哉」

「嘘吐いて今を免れたとして、後からその嘘がバレたらどうするんだよ」

「詐欺やってて嘘吐くの億劫になるヤツがあるか!!」

「Shut up!(黙れ!)」


 神哉の矛盾しまくりな言動に和人がつい大きな声でツッコミを入れてしまう。当然ながら、神哉に向けられていた銃口は和人に照準を変更した。

 神哉としてはちょっとした小ボケのつもりだったのだが、まさかここまでバカデカい声でツッコんでくるとは思ってもみず。


「Hey, I guess they really don't know(なぁ、コイツら本当に知らないんじゃないか)」

「If so, it's a waste of time(そうだとしたら、ここにいるだけ時間の無駄だ)」

「I have to find it early, boss will enraged(早いとこ見つけないと、ボスブチ切れるぞ)」

「……Either way, the three who saw us must be killed(……どっちにしろ、俺たちを見たこの三人は殺さなきゃならねぇ)」


 男がそう言うと、周りにいた三人の男たちも神哉たちに向けて銃を構えた。一人はニヤニヤと楽しげで、一人は申し訳なさそうな顔で、一人は無感情につまらなさげで、一人は怒りを押し殺した表情で。三者三様、銃を構える様も心持ちも違うようだ。

 

「うふぇ〜ん……! 私まだ死にたくないですぅ……! ここで死ぬくらいなら人身売買されてどっかのキモいハゲデブ成金の性奴隷として二つの意味で“か”われる方がまだマシだよぉ!」

「あー、“買う”と“飼う”か。なかなか上手いこと言うな」

「感心してる場合じゃないだろ! 逃げねぇと死ぬぞっ!?」


 本気で涙する彼杵と半諦めモードの神哉に声を荒げ、和人は一人逃げるように駆け出す。

 当然、逃げ出す和人に向けて和人を狙っていた男が発砲。しかし転がるようにしてソファの隅に隠れ、上手く銃弾を躱す。


「ふざけんじゃねぇ! オレはこんなとこで絶対死なねぇからなぁ!」

「I'll make it a beehive!(蜂の巣にしてやる!)」


 抵抗する和人に舌打ちをして、マシンガンをソファに向ける男。いくら神哉宅の高級ソファと言えども、マシンガンの威力の前には盾の役割を果たすこともできないだろう。

 絶体絶命。一度逃げて銃弾を躱しただけに、ここで改めて殺されるというのは耐え難いものがある。一瞬生存できる可能性が垣間見えたそのすぐに再度やってくる死の恐怖、和人は震えが止まらない。


「――させマセン……。……神哉さんたちには、手出しさせマセン!」


 男が引き金に指をかけたその時、階段から文字通り空を跳んでその男の顔面に蹴りが入った。

 ちょっとカタコトな日本語で銃を構える男たちの前に立ちはだかる、全裸でビッショビショに濡れたイクミ。どうやら異変を感じて風呂場から直行してきてくれたらしい。

 しかしながら、神哉綺麗好きの表情はどうも晴れやかでない。緊急事態とは言え、上に何か羽織るくらいしてくれれば床は濡れないし、裸を見せることにもならなかったはずだ。


「えー! 何この子!? 誰!? 超美人!」

「自称平戸ひらど先輩の従者です」

「じゅ、従者? いやそれよりも平戸先輩って誰!?」


 彼杵の説明に和人は余計混乱してしまう。誰が何と言おうと平戸先輩は平戸先輩だし、平戸先輩の従者は平戸先輩の従者でしかない。

 イクミを知らなければ当然凶壱も知らない和人にとって今、突如現れた全裸の変態外国人女が何故か自分たちを助けてくれようとしているという謎極まりない状況だとしか判断できないだろう。

 神哉も彼杵も説明してあげたいのは山々だが、まず凶壱のことから話すとなると今この場では時間が足りな過ぎる。簡易的に『ホームレスでバイトを転々としている最凶サイコ野郎』と称しても、余計分かりにくくなるだけだ。


「Helen!? What are you doing!?(ヘレン!? 何やってるんだ!?)」

「After all, these guys were lying(やっぱり、コイツら嘘を吐いてやがったな)」

「That doesn't matter right now. Let's hurry back to the ship(そんなこと今はどうでもいい。早く船に戻ろうぜ)」

「申し訳ありマセンケド、ワタシはもうボスの元に戻るつもりはありマセン!」


 そう言って、イクミは新体操の選手の如くしなやかで軽やかな動きを見せる。読めないその動きは男たちに予測をさせず、一人、また一人と為す術なく倒されていく。

 イクミは手ぶらも手ぶら、むしろ手ブラぐらいしてほしい激弱装備ながらも、銃という人類史上最強の武器を持つ巨漢の男四人を悠然と対処する。スラムで産まれ、生きるために殺しの技術磨いてきたイクミとギャングのファミリーになってから初めて銃を触った男たちとでは場数が違うのだ。


「Why!? What's wrong, Helen!(何でだ!? 一体どうしちまったんだヘレン!)」

「Fuck! It's disadvantageous situation!(クソ! 分が悪い!)」

「Let's back off for a moment!(一旦退くぞ!)」


 一人が先陣を切ってリビングから逃げるように駆け出すと、それに他三人も続いていく。イクミはその背中を見つめるのみ、わざわざ追いかけはしなかった。


「た、助かったのか……?」

「ナルシー間一髪でしたね。蜂の巣にされとけば良かったのに」

「勘弁してくれ。家の修繕費バカにならん……」

「オレじゃなくて家の心配かよ!」


 和人の悲痛な叫びは、男たちの去った荒れたリビングに反響して、やがて泡沫の如く消え去った。

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