『二度目のメシア』

 黒光りする拳銃、その銃口を向けられた三人は身動きを取れない。下手に動いては撃たれてしまうかもしれないし、男から発せられている強烈な威圧感がそうさせる要因にもなっている。

 神哉しんやは目線だけ動かして、男を観察。よく見れば長い足にはブーツが履かれたまま、土足の状態だ。綺麗好きで家の掃除に日々苦労している神哉にはそちらの方がこたえる。

 黒コートの男はコツコツとブーツの踵を鳴らしながら、一歩ずつ近付いてくる。その間も銃の目標は三人をがっちり捉えていて、それぞれ品定めするように首を小さく動かした。


諫早いさはや沙耶さやはどちらダ?」


 最終的に神哉を除いた彼杵そのぎと沙耶の女性陣二人に目標を絞ったらしき黒コートの男。テーブルの真横に立ち、殺気そのままに再度問うてくる。

 若干のカタコト感から、男が日本人ではない可能性が高い。外国人であれば、土足で上がり込んでいる理由にもなる。


「どうして諫早沙耶を探してるんだ?」


 男が殺し屋、暗殺者の類であることに確信はあったが、神哉はこの状況を打開する策を練るための時間稼ぎとして逆に問い返す。

 沙耶のことを探している時点で沙耶がこの男から狙われていることは明確。沙耶の仕事柄、直接金を騙し取る相手と面と向かうため、こういったことが起こっても何らおかしくはない。


「ワタシは殺し屋ダ。それ以上の答えがあるカ?」

「ないだろうな。あんたから相当やり手の風格が漂ってる」

「分かるのなら無駄な抵抗はしないことダナ。邪魔するヤツは誰だろうと殺ス」

「そうか。でも、俺はもうあんたの弱点見つけた、よっ!」


 言うが早いか、神哉はバッと素早く立ち上がると、男の喉元に箸の先を突き付ける。神哉が抵抗してくるとは思ってもみなかった男は一瞬反応が遅れてしまった。

 箸での攻撃はあくまで牽制、生まれたその隙に神哉は次の行動アクションを起こす。

 箸を持つ左手の逆、右手で男の拳銃をはたき落とした。その間僅かコンマ数秒、すぐに神哉は拳銃が床に落ちる手前、空中で掴み取り、男に突き付けてやった。


「……フッ。まさかお前がそこまで動けるヤツだったとはナ……」

「護身術程度だけどな」


 ニヤリと口の端を上げる男に、神哉は端的に答える。

 架空請求業者として仕事をしていた大学時代、先輩から教わった拳銃を持った相手と対峙した際の簡単な護身術。格闘技好きのその先輩に教わったはいいものの、これまで使う機会など一切なかったが、ついにその時がやって来た。


「彼杵サヤ姉、早く逃げろ」

「え?」

「逃げるなら今だ。早く」

「サヤ姉、行きましょう」

「あっ、ちょっと彼杵!?」


 神哉の言葉に沙耶は一瞬首を傾げるも、彼杵がその意味をすぐに汲み取り、沙耶の腕を引く。以前椿の部屋から逃げ出す時と同じ状況だ、ここでモタモタしていては神哉が何かしたいであろうことも実行できない。

 判断は早く、逃げるのも素早く。泥棒として生計を立てる彼杵のモットーでもあり、つい最近神哉に実感させられた重要なことだ。


「オイ、待てお前タチ――」

「――動くなよ? 俺は躊躇せず引き金引くぞ」


 だから彼杵は逃げる、沙耶の腕を引く、神哉の心配はしない。もちろん懸念してはいるけれど、その気持ちを押し殺しての行動である。

 神哉に銃口を突きつけられ身動きの取れない殺し屋の背後から、彼杵と沙耶は足早に逃げ去っていく。その様子を横目に、殺し屋は不敵な笑みを浮かべた。


「さっきは隙をつかれたガ、今度はそうはいかナイゾ。ピストルを手にしたからと言って、勝てるとは限らないからナ」

「ンなこと分かってるよ。これでも昔拳銃持った怖いオッサンと生き残った経験があるもんでね」


 とは言っても、この男に神哉が真っ向に挑んだとして、勝てる確率は極めて低いだろう。殺すことに特化した仕事をしている、それはつまり殺されないことにも精通しているというわけだ。

 今手にしている奪い取った拳銃を使い、確実に一髪で仕留めなくては、相討ちもしくは逆に討たれる可能性だってある。

 神哉はゴクリと生唾を飲み込み、緊張を抑え込む。覚悟を決めて、引き金に人差し指をかけたその時。


「やっほー神哉くんw! ちょうどさっき彼杵ちゃんとセクシーな女の人が君の家から逃げるみたいに駆け出していったから何事かと思ったんだけど……うん、この状況は確かに逃げ出すねぇw」

平戸ひらどさん……!」


 神哉が背後から聞き馴染みのある声を耳にして振り返ると、そこにはこの異常な事態にも関わらずニヤニヤと口元を歪める青年、凶壱きょういちの姿があった。

 いやはや、まるでこの時を見計らっていたかのようだ。神哉にとってしてみれば天からの救いに他ならないのではあるが、あまりにもタイミングが良過ぎて違和感が拭えない。


「どういう状況か分からないけど、君は何かと事件に巻き込まれるねぇw。強盗団や怪盗H然り……w。仕方ない、ここはこの僕が人肌脱ごうじゃないかww! 足止めしといてあげるから、君も逃げなよw」

「でも平戸さんは……」

「君に、倒せるのかいw? 世の中には適材適所ってものがあるんだからさw、気にせず逃げなってwww」


 凶壱の言葉に神哉はうんともすんとも言わず、ただただ黙って凶壱に銃を手渡す。そして最後に殺し屋を一瞥したのち、神哉は彼杵と沙耶を追って家を出ていった。

 過去、武装しまくった強盗団を壊滅させた実績のある男だ。少なくとも凶壱の方が神哉よりもこの男と渡り合える可能性が高いだろう。

 そんな信頼を込めて、神哉は凶壱に自宅を託した。殺し屋を倒してくれることを信じて。

 ちなみに、神哉が2階にいる椿のことを思い出すのはそれからかなり先のことになりますゆえ。


「まさか全員を取り逃すとハ……。殺しの腕にはかなり自信があったんだが、ナッ!」


 パァンと甲高く力強い音が鳴り響き、凶壱の背後の壁に風穴が空いた。殺し屋の隠し持っていたもう一つの拳銃の銃口が火を吹いたのだ。

 素早く、完璧に奇襲を仕掛けたつもりだった殺し屋の男。しかしながら、凶壱には擦りもしない。


「避けられタ……!?」

「その銃、リボルバーだよねぇw。連射せずに一発で仕留めようとしたのは君のこだわりか何かなのかいw? だとしたら、そういう油断が君のウィークポイントだねw」

「何だト……?」

「要するに過信してるってことさw。だから神哉くんみたいなズブの素人に一度隙をつかれちゃうんだよww」

「こ、このッ!」


 顔を赤くして、男はヤケクソに銃をぶっ放す。それでも凶壱は必要最低限の動きを駆使してなるだけ銃弾を躱して見せた。その攻撃で負った傷は頬と左肩の擦り傷のみだ。

 擦り傷から血をツーと垂らしながら、それを拭うこともせずに凶壱は三日月のように口角を上げて言った。


「ていうか君さぁww……」

「あっ、オイナニをスル! やや、ヤメロォ!?」




 CcCcCcCcCcCcCcCcCcCcCcCcC




 沙耶から逃げるようにして2階の自室に戻っていた椿つばき。仕事が無かったわけでもないが、取り急ぎのものだったわけでもない。

 椿は部屋のパソコンでYouTubeを視聴したり、amazonでショッピングしたり、いつも通りネットの海に潜っている。普段ならば神哉と彼杵、和人か沙耶たちの小さな会話の声が聞こえるくらいで、何ら気にはならないのだが、今日は何やら違う。

 先ほど沙耶が訪れたとは言え、やけに激しい音が1階から響き渡ってくるのだ。

 椿としてはぶっちゃけ、今1階には降りたくない。だがしかし、このうるささには少々耐え難いものがある。

 意を決した椿は立ち上がり、1階へと下っていく。次第にリビングの模様が見えてきて、椿は衝撃に目を見開いた。


「うぉっ!? こ、これは一体何事だ!?」


 リビングの荒れ模様に、驚きを隠せない椿。ついさっき自分がいた時とすっかり見違えてしまっている。

 倒れ、傷付きまくった家具、窓ガラスにはヒビが入り、さらにはほのかに香る硝煙の匂い。揉め事争いごとが行われたのは明らかだ。


「おやおやw? 君だぁれw?」

「お、お前こそ誰だ! 不法侵入だぞ!」


 状況が掴めず取り乱す椿に、ニタニタと笑みを浮かべる小柄な青年――凶壱が悲しそうな表情を作って見せた。

 彼には元よりあのニタニタとした表情しかないのではないか、そう思わさせられるほどに不自然さを覚える表情だ。


「ひどい言い方するなぁww。僕はこの家を守るために戦った通りすがりのヒーローなんだぜっw?」


 フッと前髪を吹いてカッコつける凶壱。しかし、椿は余計に取り乱して指差して言う。


「ていうか、そのなんなんだよ!」


 下着姿の、綺麗な赤毛の髪をした西洋顔の女性――体育座りをして、ベソかきながら嗚咽を漏らしている。

 そこに、あの黒コートを着た殺し屋の男の面影はもう無かった。

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