『ちょっとポンコツなお姉さんキャラのぼったくりキャバ嬢に萌える』

 神哉が目を覚ましたのは、翌日の朝方だった。2階の風呂から微かに聞こえるシャワーの流れる音が目覚まし時計代わりになったのだ。


 記憶のうちではついさっきまで和人と呑んでいたのだが、机の上にあったはずの酒瓶やツマミはキレイに片付けられている。おそらく和人が片付けてくれたのだろう。

 ――ということはシャワーを浴びているのはカズか……。神哉はそう悟り、むくりと重い身体を起こす。くぅと小さく声を漏らしながら背伸びをして立ち上がり、自分も風呂を浴びるべく2階へ。


 眠い目を擦りながら和人かずひとに「自分もシャワーを浴びたいから早く浴び終わってくれ」と伝えるべく脱衣所の扉を開けた。浴室ドアの樹脂パネルに薄く透けて見える人影を確認。

 だがその際神哉は、洗濯カゴの中に入れられたには気付かず、二つ折りの折れ戸を押し開けた。


「カズ、俺もシャワー浴びたいから早く上がってくれ……あっ」

「へっ!? し、神哉!?」

「サヤねぇ!! ごめんごめんごめんごめん!」


 浴室の中にいたのは、神哉の想定していた和人の姿ではなく、色白な肌に金のロングヘアが美しい膨よかな女性の身体だった。

 焦って神哉は勢いよくドアを閉め、とにかく謝罪しまくる。


「こっちこそごめんねー。仕事終わりに寄ったんだけど、神哉寝てたからさ」


 浴室からシャワーを止めるキュッという音がして、続いて中の女性が声を出した。それに対し、神哉は浴室の折り戸に寄りかかり受け答えする。


「カズが来てたんだけど、俺が先に寝ちゃったみたいでさ。もしかして、テーブル片付けてくれたのサヤ姉?」

「あ、いや……うん。そうよ、ついでに洗い物も済ませといたから」

「……何から何まで悪いね」

「ううん、気にしないで。それよりも神哉……」

「ん?」


 女性の語尾が静かになり、少し違和感を覚える神哉。裸を見たからにはタダじゃ済まさないぞとでも言う気だろうか。


「そろそろ、そこどいてくれない? せっかくシャワー浴びて温まったのに風邪引いちゃいそう」

「あ、ごめん」


 その指摘に神哉はそそくさと脱衣所を退散したのだった。




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 諫早いさはや沙耶さや。それが神哉家でシャワーを浴びていた女性の名前である。神哉と彼杵は親愛をこめてサヤ姉と呼ぶ。非処女、年齢は不詳……和人かずひと曰く、女の子と言うほど若くはなく、おばさんと言うほど老けてはいない。ようはアラサー、だそうだ。

 髪色は金で、形のいい胸とお尻のセクシーさに男は初見なら釘付けになるだろう。大人の女性の魅力、フェロモンがムンムン出ており、彼杵が『可愛い』であるならば、沙耶は『美しい』なのだ。

 日本人にしては金髪のロングヘアが異常に似合う顔をしているなと神哉が指摘したところ、どうやら母親がアメリカ人とのハーフで沙耶はクオーターということになるらしい。故に髪は染めているのでなく、地毛。

 

 そんな彼女の職業は、キャバクラ嬢である。それもただのキャバ嬢ではない。のお嬢なのだ。

 その名の通り、ぼったくりをする悪徳キャバクラで、主に代金を先に払わせておいてその金額に見合っているとは思えないもてなしで帰したりだとか、一時間数千円とうそぶき最終的には数十万円の請求額を提示したりなどなど。沙耶の勤めている店では、様々な方法でぼったくりが行われている。


「はぁ~、キモチよかった」


 階段を降りて来た沙耶はTシャツにバスタオルを首にかけた姿だった。シャワーを浴びてしんなり濡れた金髪がキラキラと輝き、ほんのり赤く火照った頬とのコントラストが美しい。


「んっ、いい匂いがする」

「朝飯作ってる。サヤ姉食べるでしょ?」

「えぇ、手伝うことある?」

「いやいいよ。仕事終わりで疲れてるだろうし、座ってて」

「そう。ありがと」


 沙耶はリビングに置かれたL字のカウチソファに腰掛け、テレビの電源を入れた。朝のニュース番組が流れ出した。国会がどうの殺人事件がこうのとニュースが読まれあげていく。

 それを耳に流しながら神哉は朝食の準備――コーヒーサイフォンでコーヒーを抽出し、トースターに食パンをセット、具材を入れた鍋にトマトジュースと水を入れて煮立たせ、その鍋の横のフライパンでベーコンと目玉焼きを焼く。全てを同時進行で行う神哉のその姿はさながら朝バタバタ忙しい主婦のようだ。


『昨日夜11時頃、〇〇県◇◇町の路地裏で男性ひとりが胸を刺されて死亡しているのが発見されました。被害者の男性の身元はまだわかっておらず警察はこの事件の犯人を、最近全国的に多発している通り魔事件の犯人と同一人物ではないかとみて、捜査を進めています』


「ふーん、通り魔ねぇ。人殺してもお金にはならないのに、無駄なことするわよね。人殺しなんて、あたしにはちっとも理解できない所業だわ」

「いやいやわからないよ。もしかしたらその通り魔は人を殺して金をもらってるのかもしれない」

「殺し屋ってこと? まぁ平和ボケしてる日本全国民にはちょうどいい刺激になるのかもしれないわね」


 犯罪者にとって、特に沙耶のように夜の犯罪業をしている者にとって、殺し屋、暗殺者というフレーズは結構身近なものだ。実際に金を騙し取るターゲットと顔を合わせる犯罪者が騙し取られた相手から恨まれ、殺し屋に殺されるなんてケースは別に珍しくもなんともない。

 

「でもサヤ姉からそんな話は聞いたことないな。お店でなんか対策取ってんの?」


 神哉は昔から気になっていたことを問うた。沙耶の店も含め、犯罪者がどうして被害者と顔を合わせて、訴えられも殺しの依頼を頼まれもしないのだろう。口止めのために脅迫をしているのか、それとも訴えられても大丈夫なように手回ししているのか。

 すると問われた沙耶は、少し困り顔をして。


「え、うーん……まぁそうね。うちの店は、大丈夫なのよ」

「……ふーん」


 聞いてはいけなかったであろうところに触れてしまったと悟った神哉。濁すように曖昧に答えた沙耶へ、それ以上は何も追求しないことにした。

 代わりに出来上がった料理たちをダイニングへと運ぶ。するとテレビの電源を消してサヤ姉がダイニングの椅子に座って口元を綻ばせた。


「へぇ、相変わらず料理上手ね神哉」

「そうかな。これぐらい、サヤ姉も出来るでしょ? トーストと目玉焼き焼いてスープ作っただけだよ。コーヒーはともかく、料理自体は小学校の家庭科でやるレベルだけど……」

「……そ、そうね。これくらいは、あたしも作れる……」


 なるほど、作れないんだな――神哉は沙耶の反応を見て理解した。年上のお姉さん的存在ではあるのだが、成人した人としての生活能力が若干、否かなり欠けているのが玉に傷だ。

 ちなみに先ほど風呂の前で神哉が片付けしてくれたのは沙耶かと問うた時、沙耶が一瞬返答に困ったのはそれが理由である。年上お姉さんキャラとしてここは片付けたと言っておかねばいけないという思い、しかしながら片付けたのは自分ではないという揺るぎない事実。この二つの間で葛藤したのだろう。


「それじゃ、いただきます」

「はい、召し上がれー」


 神哉の言葉で沙耶はトーストをかじる。続いてトマトスープをすすり、ん〜と目を細めて声を漏らした。神哉も手を合わせトーストにかぶりつく。モソモソと口を動かし、コーヒーを口に含む。

 

「うん、美味しい。いつも悪いわね、朝ご飯食べさしてもらっちゃって」

「別にいいよ。俺もサヤ姉が家でカップラーメンばっかり食ってるの想像すると胃が痛いし」

「えっ!? ちょ、何言ってんのよっ、あたしだってちゃんと自炊するからっ!」


 沙耶の慌て具合に笑いが堪えられない神哉。口角が上がっているのをバレないようにトマトスープに口をつける。沙耶のポンコツ部分をイジって楽しむのは、彼女が訪れたときの神哉のちょっとした楽しみでもあるのだ。

 それは和人も同じで、和人は特にイジる回数が多い。というのもこの二人には説明のめんどうな一件があったのだが……。


「もう。年上を小馬鹿にして、生意気ね!」

「イテッ。ごめんって、そんな怒らないでもいいだろ。あ、でもやっぱりもうすぐ三十路っていうプライドが――」

「神哉、あんたあんまりふざけるんじゃないわよ? うちの店のゴツイ男たちにボコボコにされたいの?」

「すみません。もう言いません」 


 ちなみにアラサーイジりすると結構本気で怒る。




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「ふー、ごちそうさまでした。美味しかったわ」

「そりゃ良かったよ。あ、そうだ。今度、休みとかとって夜に来れたりしない? カズも彼杵そのぎもサヤ姉に会いたがってたよ」


 沙耶が神哉家に立ち寄るのは、基本的に朝か昼のどちらかだ。夜は基本的に仕事がある。

 よって昼頃に起床し、昼間は遊び呆けているであろう和人と彼杵は、なかなか沙耶に会う機会がないのだ。


「そうね。あたしも彼杵に会いたいわ」

「……カズは?」

「あいつは一々めんどうだから、いてもいなくてもどっちでもいい。あ、でも美味しいお酒持ってくるところは唯一の良いところね」


 自身の顎に手を置いてそう言う沙耶。神哉は心の中で和人のことを少しだけ哀れんだ。あくまで少しだけ。


「でもわかった。それじゃ、少し店と話し付けて夜フリーの日を作るわ」

「了解。日が決まったら連絡して。カズと彼杵にも言っとくから」

「えぇ、お願いね。あぁ……それと神哉」

「なに?」

「一々家に帰るのめんどうだから、仕事の時間までここで寝てていい?」

「別にいいよ。俺は上で仕事してるから、お腹空いたら言ってくれ」

「はーい」


 そうしてソファに横になる沙耶。その日はよほど疲れが溜まっていたのか、夕方まで爆睡しているのだった。

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