Vol.1

『美少女泥棒はネット詐欺師にご執心』

 煙草と男の汗の臭いが充満するとある事務所にて。一人の青年が座るデスクを囲むようにして、男たちが羨望の眼差しを向けている。

 いや、羨望の眼差しというよりも驚きと若干の恐怖が入り混じったような戦慄の表情という方が正しいかもしれない。


「すげぇ……。コイツ、マジであの不変の営業成績を越えやがった!」

「あり得ねぇだろ! お、俺の頭がおかしいのか? だってまだうちに来て……」

「あぁ。まだうちに入ってきて、のド新人のはずだ」


 自分に向けられる大勢の奇妙なモノを見る目に首をかしげる。すると周りの男たちは、グイっと顔を寄せて唾を飛ばした。


「「「一体どんな手を使ったんってんだ!! たかまがはら!?」」」

「い、いやどんな手って言われても……」


 高天原たかまがはらと呼ばれた青年は、上司たちの問いにただただうーんと唸るしかないのだった。




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 高天原たかまがはら神哉しんやである。ワンクリック詐欺からフィッシング詐欺、偽通販詐欺などなど。その全てをたったひとりで切り盛りしている。

 

 二年前に成人式を迎えた二十一歳、童貞、彼女が出来たこともなし。仕事も関係してか若干引きこもり気味。元々は架空請求業者であり、大学一年生の時にある先輩から脅迫とも取れる勧誘を受け、晴れて犯罪者の仲間入りを果たした。

 最初はもちろん嫌がっていた。ワンチャン隙を見て警察に通報してやろうとまで考えていたのだが……その際、幸か不幸か神哉は隠れた才能を発揮してしまう。

 それが冒頭にもあった通り、これまで塗り替え不可能とされてきた営業成績をたった一週間で塗り替えるというものだ。ぶっちゃけ、神哉も仕事をこなしながらそれなりの手応えは感じていた。

 しかし、まさか一週間でその時やっていたバイトの給料の数十倍稼げるとは予想だにしておらず、結果として――神哉は想像以上に稼げるこの職業に、


『これこそが自分の転職だ!』と運命を感じ、バイトはもちろん辞めて大学も中退。架空請求業者として完全に腰を据えるのだが……そう上手くいかないのが商売というもの。

 なんと身内の裏切りによって警察に通報され、神哉の所属していた架空請求業者は自然消滅してしまった。

 

 路頭に迷ってしまった神哉は、自分ひとりで仕事をすることに決め、現在に至る。 


「ねぇ~神哉くんお腹空いたよー!!! 夜ご飯は~?」

「うるせぇなぁ……。ちょっと待てって、まだ今日中にやっときたい仕事があるから」


 ダイニングで淡々とノートパソコンに向かう神哉に、子供がだだをこねるように夜飯を要求してくるセミロングへアの少女。神哉がその少女を流すようにテキトーな返事をすると、少女はムスっと頬を膨らませて神哉の背中に飛び付いて来た。


「もぉ~! 私のこともっと大事にしてください! 仮にも将来の妻なんですから///」

「自分で言って照れるなよ。あと俺はお前の夫にはならん! 絶対!」

「そ、そんな頑なに否定しなくてもいいじゃないですかぁ~!! 私がどれだけ神哉くんのことを愛しているのか分かってます?」

「バカ離れろっ、股間に手を伸ばすな!」

 

 背中越しに伸びてきた手をペシっとはたくと、少女はいっそう不機嫌そうな表情になった。


「あぁんもう! そーゆー私からの愛を無下むげにするところも大好きです! 大きく好きと書いて大好きです!」

「はぁ……もうダメだコイツ」


 ため息をひとつ吐いて後ろでクネクネ腰を動かしている少女を見る神哉。結婚はしないと何度も何度も言っているはずなのに、何故かめげずにアプローチをかけてくるこの少女に、神哉も惹かれていないと言えば嘘になるかもしれない。




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 神哉しんやへの愛を隠す気ゼロ、どころかドンドンアピールしまくっている少女――あづま彼杵そのぎ。小柄な体格の割にはボンキュッボンのセクシースタイルで、少し幼さの残る童顔。淡い茶髪にクリクリっとした可愛らしい目。その容姿はまさにモデル顔負け。


 だがそんな彼女も一犯罪者である。果たしてこれを職業と呼んでいいのかは定かではないが、彼杵そのぎ所謂いわゆるだ。

 人様の家から金品を盗んだり、時には街行く人々のポケットからサイフをスったりなど。……やはり職業と呼ぶにはふさわしくない。


 それに彼杵そのぎはまだ十九歳なのだ。何ゆえにその若さで泥棒なんてことをしているのか。そしてインターネット詐欺師の神哉しんやとどういった経緯で知り合ったのか。

 この二人の出会いは約一年ほど時を遡る。




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 一年ほど前、神哉しんやがひとりで詐欺業を創めだした頃だ。それなりに稼げていて、生活を送るにあたって充分過ぎるほど儲けがあった。

 そんな裕福な神哉しんやの家を狙って、ひとりの泥棒――彼杵そのぎが目を付けた。


「ふぁぁ、ねむっ……」


 神哉しんやは一仕事終え、大きく背伸び。そうして自室から出て一階のキッチンへ。一日の作業終わりに缶ビール(神哉はヱビスが好み)を飲むというのが日課なのだ。

 冷蔵庫を開き、大量にストックしてあるヱビスビールを一本手に取り、プルタブを引く。プシュッという音で一日の終わりを感じる。


「あー……、うめぇ」


 口の中に広がるビールの苦味が美味しいと思えるようになったのはいつ頃だったろうか。大学の時はまだ苦くて飲めたもんじゃないと思っていたんだけどなぁ。しみじみそんなことを考えていると――。

 

 ふと、冷たい夜風が頬を撫でた。風が吹いてきた方を見ると、窓が開いている。


「ここの窓、めったに開けないんだけどな」


 自分で開けたのを忘れてしまったのか、はたまた何者かが侵入しているのか……。

 刹那、ゴトゴトッと何かが落ちる音が聞こえてきた。

 

 確定。我が家には自分以外の誰かがいる! 

 

 怖くなった神哉は包丁を手に取り、恐る恐る物音のした地下室へと足を運ぶ。

 すると真っ暗な部屋の中央でしゃがみ、落ちた物をいそいそと拾っている人影があった。神哉しんやがパチっと照明を点けた瞬間。


「っ!? ギャァァァァァァァァ!!!」

「うおぉっ!?」


 突然照明が点いたことに驚き、そして神哉の姿を見て絶叫するひとりの少女がそこにはいた。本来なら侵入者を見つけた神哉しんやの方が絶叫しそうなものだが、何故か少女の方が絶叫。しかも叫び声をあげた少女はそのまま気絶してしまったのである。


「なんなんだよ……」


 これが高天原たかまがはら神哉しんやあづま彼杵そのぎの初コンタクトとなった。




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「いや~ホントびっくりしましたよ。急に電気点くし、包丁持ってる怖い顔した男の人立ってるし」

「だからって普通気絶までしないだろ」

「仕方ないじゃないですか! その時の私、何日間もまともな食事出来てなかったんですから! あれで力抜けちゃったんですよー」


 彼杵そのぎが気絶した直後、神哉は、彼杵を朝までベッドで寝かせ、飯を作ってあげた。

 すると彼杵そのぎはボロボロ涙を流して神哉に言った。


「『人様の家からお金を盗んでいくクズ人間にご飯まで食べさしてくれるなんて……あなた神様か何かですか?』って、あんま大袈裟だよなぁ」

「そんなことありませんよ! あの時食べた神哉くんの手作りチャーハンの味、今でも思い出せます。思えば、あれが恋の始まり。恋の味がしましたっ!」

「いやいや嘘付け。彼杵、涙と鼻水でチャーハンぐちょぐちょだったじゃん」

「もぉー、神哉くんロマンチックの欠片も無いねぇ」


 犯罪者である自分に飯まで作ってくれるという優しさに感動した彼杵。しかしその後、神哉しんやが自分も詐欺師だということを話すと彼杵そのぎの態度が急変。


『なんだぁ。じゃあ、あなたも私と一緒でクズ人間なんですね!』

『…………』


 そうして彼杵そのぎ神哉しんやにガッツリ胃袋をつかまれ、現在神哉家に入り浸っている。


「いやさ、否定はしないけど……初対面の人間にクズ人間なんですねって言う?」

「安心してください神哉くん。私の愛は、神哉くんがどれだけクズだろうと変わりませんから」

「別にそんなことは心配してないから」

「そんなことってなんですか、そんなことってぇ! お腹空いたぁ、ご飯ご飯~!」


 プクっと可愛らしく頬を膨らませ、ポカポカと神哉の肩を叩く彼杵。神哉は重い腰を上げてキッチンへ。面倒な駄々っ子を黙らせるために料理を開始した。




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 一人暮らし歴もそこそこの神哉は、それなりに料理が出来る。というか料理に限らず家事全般得意である。

 

「いつ来てもキレイに片付いてますし、美味しいご飯も食べさせてもらえるし、神哉くんきっといい旦那さんになりますね! 今すぐ婚姻届にサインをお願いしたいんですけど」

「それ普通はいいお嫁さんになりますねって言わない? あとサインは書かないから。ていうかいつも持ち歩いてんのそれ……。ちょっとどころじゃなく引くんだけど」


 どこから取り出したのか、彼杵の手にはちゃんとした婚姻届とボールペンが握られている。しかも自分の方はすでに書き終わっている。


「当たり前です! いつどこで神哉くんが私のことを愛してくれるようになっても、すぐ婚約出来るようにしてますから」

「もはや考え方が常軌を逸し過ぎて尊敬するよ。そろそろご飯出来るから、ダイニング座れー」

「はーい!」


 神哉がカウチソファに寝っ転がりゴロゴロしている彼杵にそう言うと、元気良く返事をしてダイニングテーブルに座った。飯のことになると行動が早い。


「わぁぁ! 肉巻きお餅だ!」

「うん。正月の餅が余ってるから、使い切んないとと思ってさ」


 テーブルに並べられた料理は白米、砂糖と醤油で味付けされた肉巻きお餅、神哉が一昨日おとといの夜に食べたカレーの残りで作ったカレースープ、そしてテキトーに切った野菜にドレッシングをかけただけの簡単なサラダ。

 その全てに彼杵は目をキラキラ輝かせている。そして手を合わせて。


「いただきまーす!!」

「はいどうぞ」


 彼杵はまず肉巻きお餅にかぶりつき、モグモグと数回噛みしめて美味しそうに顔を綻ばせた。そのまま白米を口の中に掻き込むと。


「おいひーでふひんやくん! ちょーこはんとはう!」

「うん。喜んでもらえて嬉しいけど、口閉じて食おうな。あと口の中に食べ物ある状態で喋るなよ」

「…………」


 神哉が注意すると、今度は黙々と食事しだした。

 相変わらず食い意地すごいな……――初めて会った時と全く変わらない彼杵のその姿に、何故か少しだけほっこりとした気持ちになってしまう。

 

「……? どうしたんですか神哉くん。なんだか、とっても幸せそうなお顔ですよ」

「え、マジで?」


 自分でも気付かぬうちに綻んだ顔になっていたのを、彼杵に指摘されて驚く神哉。その様子を見て、彼杵も心底幸せそうな顔で笑って言った。


「いつか、本当にこうして毎日ふたりでご飯が食べれたらいいですねっ」

「…………せいぜい俺が心変わりするのを願っといてくれ」

「はいっ! 私はいつまでも待ってますよ」


 その笑顔に、神哉は顔を背けるようにしてサラダを口に運んだ。

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