第23話

俺たちが購入するリキッドは茨城の水戸市にある。 


駅から西に2km離れた繁華街とオフィス街の間にあり、駐車場は無い。


だから俺たちはいつも近くのコインパーキングに車を止めている。 


別にすぐ前にあるファーストフード店の駐車場にでも止めればいいのだろうが、生来の小心と無意味な真面目さによって百円の代金を払って駐車している。


幹線道路沿い、お茶屋とスナックの間にその店は存在していた。


売ってる物を隠すように、店先にはドレスとスカートが吊るされていた。


時刻は午後6時。 


この店は午後4時から始まる。 


本来なら開店と同時に来店する予定だったが、思いのほか道が混んでいて時間が掛かったのだ。


だがそれが災いした。 


それを知らされた時の衝撃はここ数年で一番だ。


「えっ?売り切れ?本当ですか?」


顔に無数のピアスを仕込んだ店員はその厳つい見た目とは裏腹に申し訳無さそうに頭を下げてくる。


「あと言い辛いんですけど…次の法改正でこれ販売できなくなったんで、次の入荷はありません」


俺たちは何も言えなかった。 


ただ呆然とレジ前で呆然と立ち尽くしていた。




「もっと早くに出ればよかったんだよ!」


「そんなこと言ったってしょうがねえだろうが!」


「いや!お前が時間を決めたんだぞ!お前が悪い!」


「うるせえな!毎回人に運転させておいてふざけたことと抜かすな!」


止めたコインパーキング上で俺たちは互いを罵りあった。 


こんなに怒鳴ったのは出会ってから初めてだ。


怒りだ。 


怒りきっていた。 


あのリキッドを味わえないという絶望と失望が後も無いほどに感情を猛らせていた。


最初の一発はどちらからともなく始まった。


互いに応戦し、鼻血が噴出し、ジンジンとした痛みが走っても俺たちは殴りあった。


その騒ぎをみた通行人が発した「警察を!」という言葉で正気に戻り、俺達はまるで最初からきめられていたかのようにスピーディに料金を自動機に払って慌てて車を走り出す。


帰りの車内は最悪の雰囲気だった。


信号で止まるたびに互いを罵る。 


ときには殴りつける、殴りあう。 


だが信号が青になればまた走り出し、止まればまた同じことをする。


家に帰り着いて鏡を見れば、ひどい状況だ。


瞼は張れあがり、頬には青アザ、口元からは歯で切ったのか血が流れている。


染谷は奴の家の途中で降ろした。


俺も奴もいい加減限界だったから。


俺が「降りろ」という前に奴は自ら「降ろせ」と言った。 


だから降ろした。


声はかけなかった。 


いやかけたかもしれない。 


どうしようもない罵倒を。


家に帰り、落ち着いてみればどうしてあんなに感情的になったのだろうという疑問が浮かんだが、深く考える前にいやになった俺は自室でハーブの袋をあけてパイプに詰める。


これは現行でもまだマシの方の部類に入る。


痛みが増していく辛さを誤魔化すため、大きく吸い上げると吸い込み口のそれは火球のように燃え上がり、すぐに灰になった。


濃い紫の煙が部屋に広がっていく。 


効果はすぐに現れたが、それでも痛みは完全に消えることなくいつまでも染み込むようにズキズキと疼くのだった。

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