第21話

季節は巡り、すっかり寒くなり、朝に家を出れば吐く息は白く立ち上る時期になった。


大きく吐いたため息には同時に魂のようなものが含められているかのように全身が気だるい。


慣れてきたのを待ちかねていたように仕事の量は日々増えていった。


それは残業を使っても追いつかず、不思議なことに就業時間を終えても尚、居ないはずの俺は仕事場に存在してそれをこなしていく。


帰りはどんどん遅くなり、ひどい時には日付すら変わっていたことさえある。


そんな中では当然疲労も溜まる。


だがこの気だるさはそれだけが原因ではなかった。


「くそっ…あのハーブはハズレだったな、あれじゃまるで毒だぞ」


登校する学生がチラリと俺を見るのを感じた。


ここ最近のハーブの質の低下はひどいものだった。


もともとは法の想定外をすり抜けるような成分が含まれていたそれは日々のニュースに乗るようになり、それがきっかけで法改正がされていく。


業者の方もそれを考慮して成分を変えていくのだが、最初に最高の品質で造られたハーブは新しい法改正がされるたびに二線級、三戦級と質は低下していき、今では初期のような飛びを持つ製品は皆無だ。


いや効果が弱いのならばそれでもいい。


だが特に最近のハーブの品質は飛ぶどころかグズグズと沈み込みそのまま腐り果てていくような代物ばかりだ。


先日に間違って吸引してしまった製品もそれだった。


SNSでも『ハーブはもう限界』『これ以下になるならもう辞める』『最近友人が救急車に運び込まれた』と悲惨そのものである。


俺もまた同じ感想だ。


新製品を買っては失望し、ひどければトイレで反吐を嘔く。


それでも俺はハーブを辞めない。


品質低下が著しいとはいえ、それでもまだ良品(現行の中ではという縛りだが)も僅かにあるのだから。


「くそっ、寒いな…あの上司、死ねばいいのに…いやいっそ殺してやろうか」


またすれ違ったサラリーマンがこちらを見た。


最近独り言が増えてきたように思う。


それも出てくる言葉がとても物騒だ。


日々重くなっていく身体と心。


金が入ることのない労働と嫌味な上司と無機質にただ仕事をこなす同僚。


その苛立ちがとうとう身体からあふれ出してきたのだろう。


だがそんなことはどうだっていい。


 いまは今週末の連休を如何に死守するかの方が問題だ。


仕事の総量が増え続けてきたことにより休日も減っている。


 とくに連休は激減し、一日でて休み、二日でて休み等の単発の休日ばかりだ。


これではゆっくりとハーブに耽溺する時間もない。


そういえばリキッドも最近していないな。 


最後にしたのはいつだろう?


一日だけの休日ではリキッドなど絶対的に時間が足りない。


 抜け切れていない状態で仕事に赴けば悪影響は間違いないだろう。


最初の頃は身体を休めないとなとか言っていたが、いい加減我慢の限界だ。


それならば普通に過ごせばいいと思われるかもしれないが、ハーブやリキッド無しでは面白みが無い。


なまじ最高の状態で見られることを知ってしまってはもはやそれも意味がない。


それでは友人と馬鹿話でもして騒ぐか?


それもまた駄目だ。 


ここ最近の染谷は完全に鬱のスパイラルに陥っており、たまに電話でもしてみれば「ああ…」とか「うん…」とかしか言わない。


仕事は何とか行けているようだが、それ以外は家でひたすら寝ているそうだ。


俺としてもその辛気臭い面を見ていると気が滅入ってくるので最近はあまり会っていない。


つまりは八方ふさがりだ。


「クソッ、どいつもこいつもよ~!」


またまた通行者に見られた。


いい加減にしろよ、見世物じゃねえんだよ!


とうとう苛立ちが爆発して、そいつを睨みつけるとぎょっとしたそいつは足早に去っていった。


独り言が増えたと同時に怒りやすくもなってきたようだ。


これもあれも全てハーブが悪いせいだ。


もうやってられるか! 誰になんと言われようと今週の連休は絶対に取る!


ギチリと歯を噛み締めながら昇る朝日にそう誓いを立てた。

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