第16話

最高の体験を二人で体験した結果、どうやら俺たちのタガは完全に外れてしまったようだ。


『歓喜の宴』からは俺も染谷も出来るだけ休日をあわせ、車に乗り込んではあちらこちらへと旅に出る。


もちろん新たなるハーブとリキッドの開拓だ。


それは何の保証も無い、あるとすればSNSで仕入れた噂に近く、幻にも似たあてども無い旅だが、俺たちは存分にそれを楽しんだ。


東京、埼玉、群馬、栃木、茨城に神奈川は完全に制覇したと言ってもいいだろう。


もっとも遠いところでは仙台まで行ったことさえある。


片道数時間をかけ、目的の店を探し、時には空振りに終わりながらもうまく見つけられればその店で散々散財をしまくった。


そして共に家に帰り、友と存分に語らい、楽しむのだ。


地方の店は首都圏と比べれば微妙な品ぞろいと品質ではあったが、それでも良品店はあるところにはある。


俺達はそれを楽しみ、時には不満を言いながら、一晩中語り明かした。


楽しくて、嬉しくて、初めて生きている意味というものを実感した日々だ。


ハーブでグダグダになって床に転がり、リキッドで速度超過を楽しむ毎日。


充実していた。 そのおかげで仕事にも精がでるようにもなった。


なぜなら深遠なるハーブとリキッドの世界を旅するためには何よりも金が必要なのだ。


げんなりするような残業を生き甲斐の為に貴重な時間を消費しながらも、それすら必要な出費だと割り切りながら賢明に働く。


時には片方がバッチリ効いている方がやっていない片方に電話をかけて、一方的に語り続けることもしたし、一人はハーブ、もう一人はリキッドと全く違うテンションでよくわからない話をし続けていたことさえある。


その一つ一つが自分たちにとってもっとも大切なモノだと確信しながら日々は過ぎていく。


お互いに相乗化するように俺たちはハーブとリキッドのことを研究していった。


ネットを探索し、薬学的な書物を持ち寄り、どうすればこの素晴らしさを更なる次元へと向かうかを熱く語り合った。


そしてもっとも効く方法を開発したのだ。


それを見つけたのは俺だった。


やはり一日の長というものは貴重で、それを見つけたのはハーブでぼやけながら覗いていたSNSの書き込みだった。


『直腸接種法』


書き込み者はそう書いていた。


意味は文字通り、リキッドを尻の穴から直接注入するという方法だ。


そうすることによってダイレクトに身体に吸収され、効果は倍増される。


もちろん危険もかなり上がる。


調べたところによると直腸吸収は胃からの吸収と比べて胃を通らないので三倍の効果があるそうだ。


それはつまり危険度も三倍に上がり、負担も同じだけ掛かる。


だがそれがどうしたっていうんだ?


俺たちはすでに死んでいるのと同じだ。


かろうじて最近は生きる意味を見出してきてはいるが、社会的にみれば俺たちはただの食い詰め者で、ホームレスよりも少しだけマシな状況にあるだけだ。


ただ意志を殺して、奴隷の身分を少しでも守るために戦々恐々しているだけの存在なのだ。


それが嫌ならば死ぬしか道は無い。


破滅以外に。


ならばいま死ぬよりも無職に転がり落ちて破滅することも大差は無い。 


いやむしろそうなる直前まではこの世で一番の幸福を甘受することが出来るのだ。


迷う意味など無い。


きっと染谷もそう言うだろう。 


いや擦り切れてボロボロになった心を引きずっているあいつなら俺以上にそれを肯定するはずだ。


早速、俺はそれを試してみた。


入れるための道具を探すのは正直手間取った。


最初は墨汁を入れるためのスポイトで試してみたが、いかんせん先が短いため、放出してもすぐに尻の穴から垂れてきてしまう。


まるで漏らしたみたいでそれはひどく惨めに思えるので、一回で止めた。


そして次はペットショップに狙いを定めてみた。


動物の子供に流動系の餌を食べされるために注射器にも似たシリンダーがあったのだ。


長さも十分、スポイトよりも二倍はある。


これならば俺の頑なな肛門(イエローゲート)を突破することが出来るだろう。


近所のショッピングモールにあったペットショップに開店と同時になだれこむ。


そしてそれを購入する。


待ちきれてたまらないのを耐えて家まで帰るとさっそく試してみた。


本来は出口である肛門に何かを入れるのは、背徳的な気持ちにもなったが、構わずにそれを我が門(ゲート)に差し込む。


かつて感じたことのない異物感に耐えながら水に溶かしたリキッドとブーストをやや四つんばいでゆっくりとシリンジを押し込んでいく。


腹の中で冷たい何かが入ってくるのを感じながら、効果があらわれるまで必死で肛門を締め付け続ける。


こんなに肛門に注目したのは小学校の帰り道にウンコを我慢した時くらいだ。


グルグルと異音を発する腹をやさしく撫でながらそれが来るのをひたすら待ち続ける。


そしてそれは思ったよりもゆっくりと来た。


ふと身体が重くなり、まるで床面に沈みこんでいくような感覚を覚える。


キタキタ! 


嬉しくなってくるのを耐えながらもまだ肛門の異物感は続いていた。


まだまだ完全に吸収しきれていないのを理解してなおも肛門を閉め続けていくと、ついに効果が顕著に現れてきた。


症状はやはり飲んだときと同じで、気のせいかそれよりもゆっくりとでも普段よりも気持ちよく感じられる。


身体は動かない。


かつて感じたことの無い安堵感と幸福感に捕らわれて身体を動かすことができない。


どちらかといえば誤飲したときよりも幸福感は強く感じられる。 


そして全体的な効果もやはり上のようだ。


ただただ幸せだった。 


頭の中はかつてあった楽しいことを思い浮かべ、その時の気持ちを数倍に増幅して幸せな子供時代に戻ることが出来る。


効果はブースター付きなら24時間は聞いているのだが、果たして直腸からならばどれくらいなのだろう?


ああ……、願わくばこのままずっと時間が止まればいいのに。


そんな夢みたいなことを俺は考えていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る