Chapter1 愚かな獣と選ばれし勇者

1-1 何処までも王道を行く勇者様


 

 ――勇者よ、聴こえますか。選ばれし勇者よ。


 ――俺が……勇者?


 ――ええ。その通りですです。貴方は世界を救う光の勇者に選ばれたのです。


 ――待って、俺が、勇者に選ばれたのか? 本当に凄い。俺が、世界の為になれるなんて思ってもみなかった。


 ――ふふ。それでは貴方に光の加護を与えましょう。それは勇者の力。悪しきものを払い、闇に覆われた世界に光芒をもたらす聖なる力。


 ――光の……ちから。


 ――さぁ、覚醒めなさい。世界を救い出す事こそが貴方の使命……そう。使命なのです。

 


【SIDE:ユウガ・フェリテ・リヒター】



 ユウガ・フェリテ・リヒターはもうすぐ、慣れ親しんだ村を立つ。選ばれし光の勇者として愚の権化である愚王ぐおうを討つ為である。


 ユウガは選ばれた勇者だった。

 ある日の朝、目が覚めると枕元に「勇者の証」が置かれていたのだ。それは、不思議な模様の描かれた宝石がはめられた指輪だった。

 それこそが太古、勇者伝説に登場もする「証」なのだ。


「いやぁ、まさか君が勇者とはねぇ」

「ユウガ君なら魔王も倒せるよ」

「ワシはお前が選ばれると何年も前から思っておったぞ」


 お爺さん、おばちゃん、子どもと様々の村の皆が勇者であるユウガを祝福する。ユウガにはそれが心地よく感じられた。


 ここモルト村は大国、プロッセータから平原を挟んで奥ほどにある周囲を林で囲まれた小さな村だ。

 ゆったりと流れる時間がのんびり屋な村人とは相性が良いと思う。今日も変わらず暖かで緩やかな風が吹いていた。


 周囲を取り囲む林には夜になると強い獣愚が現れるため村人は皆戦う術を持つ。

 そんな中、リヒター家の双子は子どもの頃から戦闘技術の高さ……特に長剣の技術が顕著に現れていた。


「リナリアちゃんや、君のお兄さんもきっと生きているはずだ。あまり気を落とすなよ」

「ええ。二人のためにも、頑張ります!」

「最近の事なのに、引きずらずにいるなんて強いわねぇ。私なら、しばらく立ち直れないわ」


 ユウガには双子の兄がいた。そして、幼馴染の女の子のリナリア・クロカ。


 件の二人はユウガが勇者に選ばれてから数日後に姿を消した。勇者の誕生にお祭りムードだった村にとってはあまりに突然の事だったためしばらく混乱を呼んだが、すぐに村人全員での大捜索が行われた。


 この村にとっては若い人というのは宝に等しいのだ。


 大捜索は何週間もの間行われた。ユウガも旅立ちを延期して捜索にあたったが、とうとう二人は見つからなかった。


 勇者として愚王を倒せば二人もきっと浮かばれるだろう。いつまでも引きずってこんな所でぐずぐずしていは二人に申し訳ない。


「さ、プロッセータの王様が待っているんでしょう? 寂しいけどそろそろ行ったらどうかしら」

「はい。名残惜しいけど、もう俺行きます」


 ユウガは地面に置かれた大きなバックパックを背負った。


「もう行っちゃうの? ユウガの兄ちゃん……」


 村の子どもが声をかけてくる。

 まだ子どもだが、彼にも剣術の腕前がある。帰ってきた頃にはきっと上達している事だろう。

 こう見ると、村の未来も明るいなと思った。


「大丈夫だ。必ず愚王を倒して帰ってくる」

「うん、約束だぞ!」

「もちろんだ。さてと、じゃあ魔王が倒れるのを楽しみに待ってて。皆」

「絶対生きて帰るんだよ」

「お前ならできるぞ!」


 最後の最後まで温かい言葉に見送られながら村を出た。

 ユウガは村が見えなくなるまで何度も振り返って手を振った。村の皆もやはりずっとユウガに手を振っていた。


 ユウガは生まれてからずっと村の中で過ごしてきたのだった。

 家畜に囲まれて、林へ遊びに行き、たまには獣愚に襲われる事もあったがその度に兄と共に追い返した。

 そしてこれまで、彼の知る建物の中で最も大きなものは村の教会だった。


 道中の平原で何匹か狼のような獣愚に出くわしたがユウガにとっては林の獣愚のほうが強く感じられ、簡単に倒すことができた。


 しばらく歩いて行くと街が見えてくる。すっかり日も暮れてきたが目的地に着いたようだった。


 そこはプロッセータ王国。数ある国の中でも特に繁栄した国の一つ。

 ユウガが村で読んだ本には古くからの勇者伝説や伝統を重んじる国とある。

 実際、この国は多様な魔術を積極的に取り入れ、近代化の先を行く他の大国と称される国々と比べると随分と印象に残り辛いが、それはプロッセータ特有の伝統や格式の表れでありその裏では十分な近代魔術が取り入れられている。真の先進国、それがプロッセータだ。


 モルト村はプロッセータの領土内にあるため、プロッセータに守られているという面がありユウガとの縁はほとんどなかったが村としては縁の深い国だ。


 門をくぐり街を見ていると「号外です!」と声がした。新聞の号外のようだ。ユウガは気になったのでひとつ貰い読んで見る。


 そこには「プロッセータ王国騎士団団長、ナスタッド・ルーモ氏 失踪と断定される」と大きく見出しがあった。


 ナスタッドと言えば誰もが知る天才騎士だ。当時の時期団長最有力候補を差し置いて突如表れたかと思えばノンキャリアにして二十一歳という異例の若さと経歴でプロッセータ王国騎士団の団長の座についたらしい。国民からの信頼も厚く、号外の記事になるのも頷ける。

 しかし、失踪とは。リナリア達と関係あったりして……。


「いやいや、ナイナイ。それより、王様に挨拶しなくちゃな」


 ユウガは嫌な考えを振り払うようにかぶりを振った。そして新聞記事をバックパックにねじ込んで歩き出した。


 ユウガはあの勇者伝説にも登場するプロッセータ城に向かった。大きく、高貴で、また深い歴史を感じさせる城だった。


「国王様に再び挨拶に参りました。ユウガ・リヒターです」


 ユウガは城門にいた兵士に声をかけた。


「あぁ、先日の勇者様ですね。国王様がお待ちです。謁見の間にお通ししましょう」


 城門をくぐると大きなホールになっており、天井にはまた大きなシャンデリアがかかっている。その先に進めば謁見の間となる。


「おお、勇者殿。ご足労おかけした。待っておりましたぞ」

「此度は、挨拶にと参りました」


 謁見の間の玉座に座るのはプロッセータ王国の国王であるローワ・トラシオ・プロキスタだ。

 温厚そうな印象を受け、物腰も柔らかい。平和を基として国を発展させた一番の貢献者で国民にも慕われる。


 勇者に選ばれた人間はまずはプロッセータを目指すことになる。勿論、必ずと言う訳ではないがこの国は太古の勇者伝説の発祥の地。

 様々な情報を得られる上、国として多大な影響力を持つため勇者として一度プロッセータを訪れておけば後々他の国を訪れた際にスムーズに話を進めることができる。


 ユウガもここへの訪問は一度前にした事がある。勇者に選ばれてから直ぐに報告の為に訪れた。

 そして旅の準備のために村へ一度帰ったという訳だった。


「あの、失礼ですが後ろの方々は?」

「先日はこの三人はおらんかったな。紹介しよう。大臣のセリオス・アシスタだ」


 紹介された背広に身を包んだ、いかにもといった白い髭を蓄えた上品そうな初老の男性がペコリと頭を下げた。


「そしてこちらは我が妃のルメリア・プロキスタだ」


 老齢者の貫禄を感じさせるような国王とは対象的に随分と若く見える。

 美しく気品があり、派手すぎない。高そうなドレスに身を包みにっこりと微笑みユウガに向かって頭を下げたが、その微笑みの裏には思わずゾッとする様な恐怖を感じる。何と言うか、純粋に怖い。


「そして最後に我が最愛の娘の………」


 と言いかけて王は大きなため息ついた。そもそも謁見の間には兵士を除けばこの四人しかいない。


「セリオス、あの子はどこに?」

「自分のお部屋におられるはずですが、おそらくは……」

「やれやれ。また城を抜け出したのかあの子は。いずれこの国の妃になろうという身が……自覚が足りん」


 そう言って頭を抱えた。


「まぁまぁ。あの子もあと少しすれば自覚が芽生えますよ。お年頃ですから、色々してみたくもなるものですよ」


 しかしだな……。と考え込むような素振りを見せる。しかし、すぐに我に帰ったように顔を上げた。


「……コホン、話が脱線したな。とにかく、愚王討伐ができるのは勇者の力を授かった君だけだ。なに、急かしはしない。君もまた、一人の人間だ。自分のペースで、向かうといい」

「はい。この世界に生きる人々の為にも、必ずや」

「お供にナスタッドをつけてやりたいが……仕方ないな。知っているかもしれぬが、彼は突然失踪してしまってな。普段は全くもって真面目な男なのだが、どうしたものか」


 先程ユウガの読んだ号外の通り、郊外のパトロール中に失踪したと断定された。実質、捜索を諦めて打ち切ったということになる。


「ふむ、もうこんな時間か。私が宿をとっておいたから、城の近くの宿屋に泊まるといい。あと、明日旅立つ前にもう一度来てほしい。君の旅の方針を相談したい」

「ありがとうございます」


 城を出るとすっかり夜の帳が下りていた。空を見上げると、浮かぶ満月が綺麗にユウガの瞳に写りこんだ。


 ユウガは少し歩いた所にある宿に入った。鍵を受付で受け取ると部屋に入る。国が直々に取った部屋だからか、その宿では最高級の部屋が取られていた。


 ベッドに身を投げるとユウガは大きなため息をついた。世界の為に働くのは悪くないが、その裏でプレッシャーも感じていた。最近、中々寝付けない。

 それは今夜も例外ではなく、ユウガは無理やり自分を寝かしつけたのだった。

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