入城とアルテミス・カーホルテ



 その日、ヴァリアッテが入城したのは、午前十時二十分くらいでした。

 ヴァリアッテと久能が城壁の門の前に来ると、待っていましたとばかりに門が開きました。

 二人は中に入ろうかと思ったのですが、空気がおかしいことに気付いて、その場を動きませんでした。


「あたいに喧嘩を売ってるのか! どんだけ待たせるんだい!」


 城に入るには、門を二つ通る必要があります。

 城壁に備え付けられた門と、その門から入った先にある城の中に入るための門との二つがあるのですが、エルフの娘が一人、二つ目の門の前で仁王立ちしていたのです。


「あたいはここで一時間も待っていたんだよ! ヴァリアッテ、あんたが来るのを今か今かと待っていたんだよ! それなのに、どうしてこんなに遅いんだよ!」


 年のころは、ヴァリアッテと同じくらいに見えました。

 ですが、エルフですので実年齢までは正確にはわかりませんでした。


「あの女、知っているか?」


 ヴァリアッテは久能にそう訊ねました。


「知っているはずがないんだけど」


 ですが、久能は当然知りません。

 惑星ヴァルに来てから、時間があまり経っていない上に、そんなに多くの人には会っていないので名前を名乗った人の顔と名前はおそらくは全員覚えていました。ですが、その中に、このエルフ娘はいませんでした。


「あたいを馬鹿にするんじゃないよ!」


 エルム娘はそう叫ぶなり、ヴァリアッテ達の方へと殺気を隠すことなく迫ってきました。


 ヴァリアッテはそんなエルフ娘をつまらなそうな目で見ていて、構える素振りさえ見せません。


 エルフ娘がヴァリアッテの手前まで来たとき、久能がさっとエルフ娘の前に立ちはだかり、その手を取るなり、相手の勢いを利用するようにさっと投げ飛ばしました。


「おろ?」


 エルフ娘は何が起こったのか理解できていない奇妙な顔付きをしたまま、地面へと転倒したのですが、エルフ娘が尻餅をついたときにはもうすでに久能が背後へと回りこみ、スリーパーホールドを決めていました。


「……きゅぅ……」


 エルフ娘はあっけなく白目をむいて、気絶してしまいました。


「……久能。面倒ごとは御免だったのだが」


 ヴァリアッテは愚か者を叱るようにいつになく厳しい目をしてました。


「……あ、ごめんなさい」


 エルフ娘が頭を打たないようにゆっくりと地面に寝かせてやり、久能はバツが悪そうにヴァリアッテから視線を外しました。


「目の前まで来たときに思い出したのだが、そのエルフは、十二使徒が一人カーホルテの娘だぞ? 余が気絶させていたら何ら問題なかったのだが……。」


 ヴァリアッテは足先で久能をお尻を軽く小突きました。

 久能もそうでしたが、ヴァリアッテも、いつものような気持にはなりませんでした。


「カーホルテって、筋肉質の典型的な脳筋のあのカーホルテ?」


 久能は会議でよく見る十二使徒のカーホテルの姿を思い出しました。


『細かいことは頭脳派に任せるが、力が必要なのは武闘派の俺に任せろ!』


 そういったことを普通に言ってしまうエルフでした。


「脳筋とは、脳まで筋肉でできていそうという意味なのか? ならば、その通りだと答えておく」


「問題だったかな?」


 久能が深刻そうな面持ちで、ヴァリアッテを見つめました。


「そやつ……、いや、アルテミス・カーホルテは頭が弱い。付きまとわれなければ良いのだが……」


 ヴァリアッテは心底困ったという顔を久能に初めて見せたのです。

 厄介ごとに巻き込まれたという心境なのでは、と久能には思えました。


「そやつはそこに放っておくがいい。そやつと関わることと碌なことがない。この事件は、十二使徒との政治論争よりも、特殊な事案になるであろう。心しておくがいい」


 ヴァリアッテのその言葉の意味を思い知ったのは、すぐのことでした。

 その日の夕方、アルテミス・カーホルテがヴァリアッテの館を訪れ、ヴァリアッテの部屋に無断で入ってきて、


「師匠! あたいを弟子にしてくれ!」


 と、久能に頼み込んできたのです。

 当然の話ですが、ヴァリアッテに叩き出されるような形で、丁重にお断りされました。


「師匠ォォォォォォォッ! あたいは諦めないよ!」


 館の外から絶叫に近い声が聞こえてきて、ヴァリアッテも、久能も頭を抱えることになるのでした。


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