第18話 異常な死

「悪い、少し遅れた」


 りょうは約束の時間より三分程遅れて、待ち合わせ場所である喫茶店「水無月みなづき」へと到着した。店内の一番奥の四人掛けの席には、すでに千絵美ちえみ彩乃あやの志保子しほこの三人が顔を揃えていた。

 平日の午前中ということもあって店内は比較的空いており、涼たちを除けば、厨房に近い席に二人組の男性客がいるだけだ。

 茜沢あかねざわからは少々遠いので千絵美たちには手間をかけさせてしまったが、茜沢に近い繁華街の店では学校関係者に目撃される恐れがあること、この喫茶店ならば事情を把握している月子つきこさんがいること、千絵美も涼と共に一度訪れており、場所を知っている等の理由から会合場所はこことなった。


「大丈夫だよ、私達も今来たところだから」


 千絵美が笑顔でそう言うと、涼は空いていた千絵美の隣に腰を掛ける。彩乃と志保子とは向かい合う形だ。


「こんにちわ。雫のお兄ちゃん」

「……こんにちわ。涼さん」


 志保子は以前会った時と大して変わらないマイペースな雰囲気だったが、彩乃の方は顔色が悪く、声にも張りが無いように感じられる。


「大丈夫かい? 彩乃ちゃん」

「……はい、すみません少しだけ気分が」

「……草壁くさかべちゃんも石清水の死体を見ちゃってさ、調子を崩しちゃうのも無理ないよ」


 そう補足したのは千絵美だった。親しい間柄ではなかったにしても、同じ学校の生徒の死体など目撃したら、平常心でいることは難しいだろう。


「千絵美は平気なのか?」

「最初は人生最大ってくらいにはパニクってたけど、時間が経つにつれて落ち着いてきたって感じかな。涼君に電話したのも大きかったかも。誰かと話すだけでも、けっこう気持ちを落ち着けるのには効果的だよね」

「そうか安心したよ。それと、二人にも声をかけてくれてありがとうな」


 千絵美は彩乃と志保子の二人とは親しい間柄ではない。むしろ彩乃達からすれば千絵美は遅刻魔の問題児、更には誤解とはいえ雫と仲が悪そうというマイナス印象すらあったはずなのだ。二人に声をかけるのには、かなりの勇気がいったに違いない。


「涼君の名前のおかげかな。涼君の呼び出しだからこそだよ」

「いやいや、俺は何も。とにかく助かったよ」


 千恵美に頭を下げると、今度は志保子の方へと涼は視線を移す。


「君は大丈夫?」


 涼に問われると、志保子は顔を近づけるようにと手招きした。涼がそれに従うと志保子は耳元で囁く。


「大丈夫とは言えないけど、かなりのショックを受けてる彩乃の手前、私がしっかりしないと安心させてあげられない」

「強いな」

「いや、強がり」

「それでも十分凄いよ」


 お世辞抜きで涼は志保子の精神的強さに感心していた。あれだけハードなことが起こった後で、友人を心配して自分を律するなど、なかなか出来ることではない。


「茜沢で一体何が起こったのか、聞かせてもらいたいんだけど良いかな?」


 三人はコクリと頷いたが、やはり顔色の優れない彩乃を見て、涼は一言を付け加える。


「彩乃ちゃん、気分が悪くなったいつでも言ってくれ、無理に話を聞き出そうだなんて思ってないから。もちろん他の二人もだ。言える範囲のことを教えてくれればそれで構わないし、嫌なら話は途中でも切り上げる」

「……ありがとうございます。涼さん」


 彩乃が控えめにそう言い、千絵美と志保子は自分達は大丈夫だという意志を込めて深く頷いた。


「まずは今回の事件の詳細について聞きたい。もしも警察や学校から止められている話があるのならそれも教えてほしい。もちろん無理にとは言わない」

「それじゃあ、私から」


 千絵美が名乗りを上げる。他の二人からも異論は無かったため、そのまま千絵美による説明は始まった。


「先ずは時間からかな。石清水が見つかったのは今朝の7時45分くらい、場所は二階にある授業用の資料が置いてある教材室、第一発見者になったのは――」


 そこまで言うと千絵美は彩乃に視線を移し、彩乃は重そうに口を開いた。


「……私です。一時間目の授業に使う教材を用意しておいてほしいと先生に言われて、同じクラスの子と一緒に教材室に入ったら、石清水が……」


 そこまで言うと彩乃は目を伏せて俯いてしまった。発見時のことを思い出してしまったのだろうか。


「ちなみに、一緒に教材室に入ったクラスメイトとやらは?」


 彩乃が受け答えを出来るのかは怪しかったので、涼は隣の志保子に尋ねた。


「ショックで失神して病院に運ばれた。意識が戻って、今は警察に事情聴取されてるって聞いてる」

「そうか」


 死体なんぞ見たらそれも無理はない。そういう意味では、彩乃も十分気丈に振る舞っている方だろう。


「千絵美とやなぎさんは、いつ事件を知ったんだ?」

「私はたまたま近くのトイレから出た所で、草壁ちゃん達の悲鳴を聞いて駆け付けた感じ。まだ周りには誰も居なかったし、私が三番目の発見者ってことになるのかな。それから少し遅れて柳ちゃんや先生達、同じ階に居た子たちも集まってきたかな」

「うん、そんな感じ」


 千絵美の説明に志保子はうんうんと頷いた。

 涼は短く相槌を打つと、険しい表情で次の質問へと踏み込んだ。


「嫌な話になるけど、石清水はどういう形で死んでいた? 念のためもう一度言っておくけど、気分が悪いようなら話は直ぐに切り上げる」


 聞くのは躊躇われたが、重要なことだけに確認しないわけにはいかない。事件そのものはニュースで報道されるかもしれないが、恐らくは詳細まで明かされない可能性が高い。現場を直接目撃した人間の証言は重要だ。


「……酷い有様だったよ。言葉にすると凄く難しいんだけど……そう、まるで体の一部を何かに飲み込まれて、その部分だけが無くなっているみたいな」


 千絵美は眉を顰め、微かに声を震わせてそう言った。


「飲み込まれた?」

「……体の右半分、肩から脚にかけてが欠損していて、血の海に沈んでた。表情も苦悶って言うのかな……凄く苦しそうな目をしていて、しばらくはあの光景が頭から離れそうにないよ」

「……そんな大変なことになっていたのか」


 石清水が死んだとは聞いていたが、そこまで異常な死に方をしていたという事実は衝撃的だった。話を聞く限り、とても常識的な死に方ではない。


「事故か自殺か、それとも」


 事故にしろ自殺にしろ、学校という場所で体の半分が欠損するような死に方をするとは思えない。となると、必然的にそれ以外の可能性を考なければいけない。


「……そればっかりは何とも。状況が状況だから、警察も頭を抱えっちゃってるみたいでね。こんな異常な事件、前代未聞だもの」

「確かにな」


 犬養いぬかい征彦ゆきひこの神隠し事件を除けば、涼の知る限り陽炎かげろう市内では目立った事件が起こった記憶はないし、そもそも呪いや都市伝説に絡んだ事件などとは普通は考えないだろう。警察の捜査が進んでいないのも無理はない。


「今回の事件は、しずくの失踪とも関係しているはずだよな」


 同じ学校の生徒が数日の間に一人が行方不明に、一人が異常な形で死亡した。関係性を疑うのは当然だ。


「それは間違いないと思うけど、石清水自身が雫ちゃんの失踪に関与しているかどうかは、これで分からなくなっちゃったよね」

「そのことだが、岩清水は雫の失踪には関与していない可能性が強まってきた」

「……だけど涼さん、石清水自身が雫ちゃんに嫌がらせをしていたのは事実ですよ?」

「確かに彩乃ちゃんの言う通り、石清水の雫に嫌がらせをしていたことは間違いないと思う。だけど一つ、興味深い情報を掴んでな」


 涼はあえて入手したばかりの偽石清水に関する情報を話すことを決めた。雫の友人である彩乃と志保子は偽石清水の条件に当てはまる。二人の反応を確かめる必要があった。


「気になる」


 身を乗り出した志保子を始め、千絵美も興味深げに涼の表情を伺っている。


「実は石清水の偽物がいることが分かった。前に雫の周りをうろついていた詰襟の男子の話が出たと思うけど、そいつの正体を突き止めて事情を聞くことが出来た。そいつは石清水に指示されたって白状したんだが、どうにもその石清水は、岩清水の名前を語った偽物の可能性が高いみたいなんだ」

「石清水の偽物って、ますます訳わからないことになってきちゃったね」


 千絵美は当然のように驚いてたが、今重要なのは彩乃と志保子の反応だ。

 彩乃も志保子も表情に大きな変化は見受けられない。強いていうならば二人とも少し考え込むような仕草はしているが、初耳の情報について頭の中で整理しているのだとすれば、特段怪しいとはいえない。


「石清水の名を語って雫に嫌がらせをするような人間に、何か心当たりはないかな?」

「……残念ですが心当たりはありません」

「同じく」

「そうか」


 特に怪しい素振りは見えないが、二人の中に偽石清水いるかどうかは後に佐古田に確認をとれば判明する。今のところはこれ以上追及するつもりはない。


「……電話だ。少し外す」


 涼のスマートフォンに着信が入り、涼は三人に断りを入れてから席を立つ。画面に表示されている名前は山吹やまぶき栞奈かんなだ。


「月子さん、ちょっと電話してくるね」

「はーい」 

「直ぐ戻るから」


 そう言って涼は、月子さんと厨房近くに座る二人組の男性客を一瞥し、一度喫茶店から出た。


「……佐古田、あの中に偽石清水……いや、お前の惚れてる女子とやらはいるのか?」


 厨房に近い席に座る二人組の男性客の正体は麟太郎と佐古田だった。麟太郎は周りに聞こえないように小声で隣の佐古田へと尋ねる。

 二人は雫の友人達の中に偽石清水が存在するのかを確かめるべく、早目に店内で待機して様子を伺っていた。店の主である月子さんも事情を知り協力してくれている。

 ちなみに、彼女達と面識のない麟太郎はともかく、何度か目撃されている佐古田は顔が割れているので、念のため伊達眼鏡や帽子で見た目の印象を変えておいた。気付かれた様子はないので変装は成功のようだ。


「……います」

「本当か?」

「彼女に声をかけてきちゃ駄目ですかね?」

「駄目に決まってるだろ」


 麟太郎は思いっきり怒鳴ってやりたい衝動に駆られたが、ここで騒ぎを起こすわけにいかないので何とか押し堪えた。


「それよりも、偽石清水は誰なんだよ」


 焦る気持ちを押し殺し、佐古田の返答を待つ。


「……あの人です」




「栞奈か、どうかしたのか?」

『急にごめんね。重要な情報を掴んだから知らせなきゃと思って』


 電話口でも分かるほどに栞奈の声は興奮気味だった。余程の情報なのだろう。


『暗黒写真にはね、対となる儀式が存在したの』

「対?」

『うん、改めて征彦兄さんのノートや研究資料を遠野とおのくんと一緒に知らべてたんだけど、暗黒写真で消えてしまった人を、元に戻せる可能性のある方法に関する記述が見つかったの』

「それって、雫を助けることが出来るかもしれないってことか?」


 一縷いちるの望みに涼の胸は高鳴る。


『詳しい説明をするのから、午後から涼君の家に行くよ』

「学校は大丈夫なのか?」

「それなら問題無し。茜沢の騒動は知ってる?」

「今まさに、それに関して調査中だ」

『じゃあ、詳しい説明はしなくても大丈夫そうだね。その影響でうちの学校も午前中で授業を切り上げて、お昼で帰れることになったの』

「そういうことか。了解した、午後から俺の家だな」

『それじゃあ、また後ほどね』

「情報、楽しみにしているぜ」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る