第14話 遠野朔也

「しかし、何で集合場所が学校なんだろうな?」

「俺に聞くなよ」


 りょうの疑問に麟太郎りんたろうは苦笑いを浮かべる。

 二人が陽炎かげろう高校へ到着すると、生徒玄関から見知った人物が手を振っているのが見えた。制服姿の山吹やまぶき栞奈かんなだ。

 そんな栞奈の姿を見た涼と麟太郎は、今更ながら私服で学校を訪れている自分達の姿を意識した。


「そういや俺ら私服だな」

「正直、浮くよな」


 幾ら休日といえども私服姿で校舎に立ち入るのは気が引けた。制服とはいかないまでも、せめて指定のジャージくらいは着てくるべきだったかもしれない。


 今更どうしようもないので服装について悩むことは早々に止め、気を取り直して栞奈の下へと歩み寄る。


「ごめんね二人とも、急に呼びつけちゃって」

「それは構わないけど、何で学校に?」


 先程から抱いていた疑問を涼がぶつけた。


「会わせたい人がいるんだけど、ここが一番都合が良くて」

「答えになってるようでなってないぞ」

「まあまあ、会えば分かるから」


 栞奈はそそくさと上履きに履き替え校舎内に上がり、涼と麟太郎もそれに続いた。

 休日ということもあり校舎内は静かなものだった。補講などは午前中で終わっているため、午後三時を回った現在では部活をしている生徒くらいしか残っていない。部活は運動部は三つある体育館かグラウンドで活動。文化部の部室もほとんどは第二校舎に集中しているため、現在涼達がいる第一校舎に部活中の生徒の姿はほとんど見えない。


「ここだよ」


 通されたのは社会科準備室だった。涼も現代社会の授業前に教科担任の手伝いで何度か立ち入ったことがあるが、そういった状況でもなければ基本的には訪れることの無い教室だ。


「連れて来たよ」


 栞奈はまるで友達に紹介するかのような口調で社会科準備室のドアを開けた。


「よう、よく来たな」


 自分達を出迎えた人物を見て涼と麟太郎は目を丸くした。教室の中央に設置された椅子に座していたのは、涼達の在籍する二年A組の担任であり陽炎高校の社会科教師――遠野とおの朔也さくやその人であった。

 座っていても分かる高身長のがっちり体系。くせ毛気味のセンター分けのヘアースタイル。薄らと茂る無精髭。服装は雑に袖を捲ったノーネクタイのシャツに、アウトドア感のあるナイロン製のベストを羽織っており、その風貌から醸される雰囲気は教師というよりも武闘派の刑事か探検家のようだ。


「合わせたい人って遠野かよ」

「俺じゃ不満か? それと、仮にも担任の教師を呼び捨てはないだろ手塚てづか

「いや、不満とか以前に何で遠野なんだよ?」


 遠野に対する呼び方に変化はないまま、隣の栞奈に尋ねた。


「遠野くんね、征彦ゆきひこ兄さんの大学時代の学友で、同じ教授の下で学んでた人なの。今回の事件に関して何か知恵を貸してもらえるんじゃないかと思って相談したんだ」

「まじかよ」


 意外な事実ではあるが有り得ない話ではなかった。遠野の出身は月島大学、年齢も二十五歳(見た目だけなら三十代に見えるがプロフィール上は確かにそうだ)なので、征彦と同時期に在籍していたということになる。


「雫の手がかりが掴めるなら、俺はそれでいい」


 それまで口を噤んでいた涼は静かにそう言い放つ。彼にとって重要なのは遠野が重要な情報をもたらしてくれるか否かだ。


「済まないな。本当ならお前が妹さんを捜すために学校を休みたいと言った時点で、何かが起こってると気づいてるやるべきだった」

「……そこを責めようなんて思ってないさ。そもそもあの時点じゃ、雫の失踪に都市伝説だの呪いだのが関わてるなんて誰も思ってなかった」


 幾ら専門知識を持っているからといって、あの時点で遠野が事態に気付けるはずもない。それでも責任を感じてしまうのは、遠野が生徒思いの教師であるが故にだろう。


「それよりも、暗黒写真に関する話を教えてくれよ。今までは仲間内だけで調査してたから、大人の協力ってのは、けっこう心強いと思ってるんだぜ」

「そうだな。信頼には応えよう」


 遠野は不器用な笑みを浮かべながらも、力強く頷いた。


「とりあえず、適当に掛けてくれ」


 全員が席に着いたところで遠野はガッシリと両腕を組み、目を伏せて静かに語り始めた。


「俺が学生時代に犬養いぬかい達と研究していたのは民俗学と都市伝説の関連性についてだ。例えば、局所的に伝わっている古い伝承と類似点の多い近代の都市伝説を比較してその出自を調べたり、といった具合にな。こんな前置きをした理由は一つ、今回の暗黒写真の都市伝説も、そういった類のものだと考えられるからだ」

「つまり暗黒写真の都市伝説も茜沢で噂が広まる以前、どこかしらに出自のある話ってことか?」


 麟太郎の問い掛けを、遠野は頷きで肯定する。


「実は学生時代に犬養達と調べていた民間伝承に似たような内容の物がある。80年近く前に東北の一部の町村で行われていた呪いの儀式と、今お前たちが追っている暗黒写真の都市伝説は恐らく同一のものだ。当時はシンプルに写真の呪いと言っていたようで、呪いたい相手の写る写真から対象だけを切り抜き、強い呪詛を込めて黒い布や紙で包み込むことにより呪いが発動、呪いを受けた者は闇へと還り幽世かくりよへと送られてしまうという内容だ。

 当時はカメラや写真は希少な物だったが、その地域は商業で栄えた比較的裕福な土地だったようで、カメラの所有率が高かったそうだ。それも写真の呪いが生まれた一因かもしれないな」

「幽世っての何だ?」


 あまり聞きなれない単語に麟太郎が反応する。


「あの世とか、黄泉の国とか、そういったニュアンスの言葉だ。本当にそこに送られてしまうのか、単なる比喩表現なのかは定かでないがな」


 もしかしたら犬養ならばもっと詳しく知っているかもしれないと、遠野は行方の知れない友人のことを思う。


「所々、今伝わっている暗黒写真とは違うね」


 興味深げに栞奈が言った。呪いたい対象を写真から切り抜くところまでは完全に一致しているが、その後の行程は微妙に異なる。黒い布で写真を包むという行為は確かに闇を連想させ、暗黒写真のネーミングもそれを元にしたものだと考えれば納得がいく。


「今現在茜沢で出回っている暗黒写真の内容は、始めからは誤って伝わっていたか、あるいは誰かが意図的に重要な部分を削ぎ落としたものだろう。試したところで何の害も無いはずだ。もしも本来の伝承通りのやり方が流布されていれば、沢山の被害が出ていてもおかしくはないからな。当時の俺や犬養の見立てでは、あの呪いの力は本物だ」


 生唾を飲み込み、緊張した面持ちで涼が口を開く。


「本物ということは、事例のような物が?」

「俺達の調べた限り当時その地域では、事件や事故の可能性が限りなく低く、かつ自発的に行方を眩ませる理由の見当たらない不可思議な失踪が、少なくとも十一件起こっていたことが分かっている。当時は神隠しだの天狗の仕業だのと騒がれて新聞記事にもなっていたらしい。ちなみにこの失踪者ってのは、そのほとんどが豪商かその親族だ。私見だが、恐らくは商人同士が商売敵やその家族を呪い遭っていたのではと俺は考えている」

「……雫が消えてしまったのも、やっぱり呪いの影響なのか?」

「可能性は高いだろうな」


 遠野の言葉で場に沈黙が訪れた。これまでも都市伝説の呪いが雫の失踪に関係している前提で調べを進めてはいたが、専門知識を持つ者の発言はやはり重みが違う。


「……つまり、茜沢で噂されている方法ではなく、正しい手順で呪いを実行した人間がいるってことだな」


 沈黙を打ち破ったのは、確信を強めた麟太郎の言葉だった。

 涼はその言葉にハッとした様子だが、栞奈はいまいち話を飲み込めていない様子だ。


「確かにその通りだけど、それだとどうなるの?」

「雫ちゃんに呪いをかけた輩は、呪いの正しいやり方を知ってた。ということは、少なくとも突発的に暗黒写真の噂を試して、それがたまたま成功したわけじゃない。結果を承知の上で、伝承通りの正しい手順で呪いを実行した確信犯ってことになるだろ」


 言いながら麟太郎は終始険しい表情をしていた。実例がある呪いを正しい手順で行ったのだとすれば、それはとても異常な行為だ。少なくとも「まさかこんなことになるなんて」という言葉では片づけられることではない。


「そもそも、暗黒写真の噂が茜沢で広まったのは割と最近のことだ。ひょっとしたら、噂を流した張本人が今回の犯人ってことも有り得るかもな。カムフラージュのために、誤った手順である暗黒写真の噂をばら撒いたとか」


 涼がそう付け加えた。雫がより危険な呪いのせいで消えてしまったと分かり内心は穏やかでないが、気持ちに反して思考は驚くほどにクリアだった。


「正しい呪いのやり方知っている可能性があるとすれば、どういった人物が考えられると思う?」

「真っ先に考えられるのは、伝承の残る地域の出身者だろうな」

「他には、ネットで噂話を見つけたとか」

「……あるいは――」


 麟太郎、栞奈に続き、小難しい顔で考えごとをしていた遠野が呟くように発言した。


「――俺みたいに民俗学なんかを学んでいた人間がその研究の過程で知った、という可能性もあるかもしれないな」

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