第6話 週末はバイトです

 翌日は思いの外よく晴れて、これでは桜も葉桜になってしまうだろう。

 結局、昨日はちーちゃんは酔いつぶれてすぐには帰れず、わたしもふわふわしていたので2次会にもしっかり参加してしまった。と言ってもあれ以上飲めるはずもなかったので、どちらかと言うと、ただジュースを飲んで座っていただけ。でも、いつもより長くいたらいつもは話さない人が話しかけてくれたり、とっても楽しく過ごせた。


 そして、約束通り、わたしは小清水くんに送ってもらったんだけど…。「駅まで」って言ったけど、駅まで送ってもらうことになってしまって…駅までの道も電車の中でもお互いに会話は弾まず、変に意識してしまった。改札のところで「じゃあね」って言って、手を振って別れたけれど…あの大きな手を繋いでまた歩けるのかなぁとちょっと心配になった。


 わたしは小清水くんのことを、たった一日ですごく知ってしまった。彼の人柄や笑顔ややさしさ、そして温もり…。今まではどんなに近くにいても、彼のことを知ろうとしなかったんだから自然とすごくたくさんのことを知ることになるんだけど。


 今日は土曜日で大学も休み。

 約束もしてない。だから会えない。

 彼がどんな人なのかもっとよく知りたいのに、会えない。


 小清水くんはお休みの日は何をしてるのかなぁ? ……男の子が休みの日に何をしてるのかなんて、想像もつかないな。わたしには姉はいるけど、男兄弟はいない。男の人と言えば、お父さんだけ。

 高校の時にちょっとだけつき合った男の子がいたけど……ほんとにちょっとだけでお別れしちゃったので。


 帰りが遅かったこともあってお昼近くまで部屋でごろごろしてたんだけども、やっぱり気になってしまってせっかく交換したのだし…ということでLINEしてみる。

 いきなり、用もないのにLINEするなんて緊張する……。ポチ、ポチ、と文字を打つ。

『こんにちは。昨日は送ってくれてありがとう。今日は何をしてますか?』

 ……これでは誘っていると思われちゃうかなぁ。送信、を押すまでに迷う。

『こんにちは。昨日は送ってくれてありがとう。ちゃんと帰れました』

 うーん?

『こんにちは。昨日は送ってくれてありがとう!きょ……』

 迷って、最初の文でポチする。いま、小清水くんのスマホに送られているんだなぁ。……。よくあるやつだよね。見つめていても、念を送っても、すぐに既読はつかないし、返信は来ないんだよ。つまり彼は忙しいんだ。


 階下に下りるとお母さんとお父さんは出かけたみたいで、誰もいなかった。お姉ちゃんは去年、結婚したのでもちろんいない。仕方がないのであり合わせのものでご飯を食べよう。とりあえず、トーストを焼いていると、LINEの通知が入った。

 どきっとして、スマホを取りにソファーテーブルに行く。通知からLINEを開くと、ちゃんと返信が来ていた……。

『こんにちは。あの後ちゃんと帰れたか心配だったのに、すぐにLINEしなくてごめん』

 そんなこと、別に気にしてないから…って打たないと伝わらないのがもどかしい。

『別に気にしてないから気にしないでね』

『ありがとう。今日なんだけど、午後からバイトに行かなくちゃいけないんだ。会いたいのはやまやまなんだけど、資金を調達してきます! 今度、どこか小鳥遊さんの好きなところに行こう』


 あー、そうか。小清水くんは一人暮らしなんだ……。わたしみたいに実家で悠々と暮らしてないんだね。遊びに行きたいと思ってしまったことを申し訳なく思った。

『うん、楽しみにして考えておくね。バイト、がんばってね』

 送信。『ファイト!』のスタンプ送信。

 彼から『ありがとう』のスタンプが返ってきた……。そっか、バイトかー。何も考えてなかった自分が恥ずかしくなる。昨日みたいにちょっとおいしいもの、ランチに行ったりすると本当は困らないかな? 学校の学食のほうが良くない?それとも、お弁当……。


 …………。

 急いでパンを食べて、本屋に行くことにしよう。大丈夫、今日は土曜日だし、明日もある。


「で、昨日は一日がんばってもダメだったと」

「はいー。お姉ちゃん、日曜日なのにお邪魔してごめんなさい。お兄さんもごめんなさい」

「風ちゃん、いいんだよー、気にしないで。それより料理を覚えたいなんて彼氏できたんだね、いいなぁ、学生は。彼氏のためにお料理がんばるなんていいね」

 お兄さんは……義理のお兄さんだけど、しっかりしたお姉ちゃんの尻に敷かれているように見えて実はお兄さんのほうが尻に敷かれてあげている、という感じの大人な人だ。穏やかで、それでいて目のつけ所が鋭かったり。

「えー、わたし彼氏出来たなんて言ってない……」

「バレバレでしょ」


 

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