小清水くんと小鳥遊さん

月波結

第1話 「とりあえず」

 今日こそは言わないといけないと思っている。さすがにズルズルと先延ばしにし続けるというのは気が引ける。だって……マズイよね。自分だったら絶対、イヤだ。

 もちろん結果から見ると『断られる』くらいなら聞かなければよかったっていうのはあるかもしれない。でも、答えをもらえないのは苦しいと思う。が、『断る』方がこんなに心苦しいなんて…。こっちが先にまいっちゃいそうだ。


 それは人生で初めてもらった恋の告白だった。

「すきです。つき合ってください!」

 A号館前の散り始めた桜の下で、突然、呼び止められた。一緒にいた女ともだちのちーちゃんと美夜ちゃんは、「先に行ってるね」、「がんばれよ」とニヤニヤしながら小走りに行ってしまった。わたしは呼び止められた姿勢のまま、不自然に固まっていた。


「あ、あの…なんか突然すぎません?」

「突然かなぁ? そんなことないでしょ? クラスで飲む時には必ず参加してたし、実習もサボらないで行ったし、なんて言ってもサークルだって一緒だよ」

「や、サークルは…」

 確かに彼の言うとおりだったけど、クラスというか学科は30人ほどで、飲みに行ってもわたしはちーちゃんたちと一次会上がりだったし、実習は単位もらえないから皆、ちゃんと出てるし、サークルは大所帯の、名前ばかりの「ミステリー研究会」で、ただ遊びたかったり出会いを求めてたり、そういう不純な動機のサークルだった。


 むー。

 わたしは下を向いて何か反撃するきっかけを探した。どうして反撃しなければいけないのかわからないけど、流されちゃうのはイヤだなーと思っていた。小清水啓太郎こしみずけいたろうくんは、クラスでもリーダータイプで、ムードメーカーだったし、サークルに行けばわたしなんか絶対話しかけられない歳上の先輩たちとも一緒に楽しそうに飲んでるようなタイプだ。「小清水、いいから横に座れよ」と酔った先輩に呼び止められてもすすっと座って、「先輩、久しぶりっすねー」なんてお酌してる。とにかくわたしとは正反対なタイプ。


小鳥遊たかなしさんて、いきなりノリでつき合えるタイプじゃないよね。ごめん、悪かった。オレ、少し待つよ。だからもっとオレのこと考えてみてもらってもいいかな?」

「あ、うん…。なんかこっちこそ、ごめん。考えさせてね…」

「じゃ!」

 納得した顔をして走って行ってしまった。


 その後、ちーちゃんたちと南門前で合流した。

「小清水のやつ、カッコイイな。なんだよ、『すきです。つき合ってください』って、正統派すぎるー」

 まずちーちゃんが茶化した。

「ちー、言いすぎ。いいじゃん、正統派で。ふうちゃんにはいいと思うな。小清水ってチャラいのかと思ってたけど、意外と真っ直ぐなんだねー。わたしはいいと思うよ」

「まぁね、チャラく見えるけどある意味、場の空気、読めるってことでもあるしね」

 わたしが口を挟む間もなくふたりの間で話がどんどん進んでいく。まぁ、わたしが食べるだけで精いっぱいで、おしゃべりに混ざれないんだけど…。


 駅前のファミレスはわたしたちと同じ学生でいっぱいだった。お昼時ということもあるけど、そうじゃない時間も学生がダラダラとお茶を飲んでたり。ドリンクバーはダラダラするのにうってつけだ。わたしたちも今日は午後イチの授業がないから、ドリンクバーでゆっくりご飯しに来た。


「でもいいねー。むかしの少女マンガみたいじゃん? うっとりかも。ヤバい、小清水がイイ男に見えてきた!」

 ちーちゃんがひとりでウケている。それを美夜ちゃんが横目で冷ややかに見ながら、

「ちー、風ちゃんのものだから、小清水は。あんたのじゃないの。…でもわたしもタイプだと思ったよ、入学したとき」

「うお? 問題発言! 美夜っち、魔性の女だな。高城たかぎ先輩を泣かせるなよ」

 高城先輩はサークルの先輩でひとつ上、美夜ちゃんと1回生のときからつき合っている。なんていうか、美夜ちゃんは大人びている。クールでしっとりとして、年上の彼氏がいるのも頷ける。

「高城クンはもういいの…別れたわけじゃないけど、今年で彼は卒業だしね…」

 …恋って難しいなぁ。


「で? 風はどうすんの?」

「風ちゃんには押しが強すぎるんじゃないの?」

 ふたりとも、ドリンクを飲みながらこちらをじーっと見ている。…わたしはまだサラダうどんを食べている。

「風、飲み物持ってきてあげよっか?」

「ありがとう…紅茶お願い」

「おけ。ダージリンでいいよね?」

 うなづいた。

「風ちゃんは高校の時、彼氏、いたんでしょ?」

「あ、うん。少しだけつき合ったっていうか…」

「じゃあ別に初めてってわけじゃないなら、つき合ってみるっていうのもアリじゃない? 小清水はいいやつだと思うし、女関係の噂もないし、意外と純粋なのかもよ?」

 顎の下で手を組んで、美夜ちゃんは涼しげに微笑んだ。

「お茶ー。遅くなってごめん。混んでてさ」

「ありがとう、ちーちゃん」

「お、やっとうどん、終わったね。ポテトでも頼もうか?

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