第37話 土壌汚染と都庁汚染

喫茶『じゃまあいいか』。豊洲移転の疑問は払拭されない。

一連の豊洲新市場を巡る問題のポイントは何か-。


① 土壌汚染対策としての盛り土をしなかった都の判断と事実の隠蔽

② 盛り土から地下空間に切り替えた経緯と理由

③ 食の安全・安心面での現状の評価

④ 最終的に豊洲に移転するのかしないのか


「小池百合子知事の判断は良かったんですか、どうですかね」

連日、新聞やテレビで取り上げられる豊洲市場問題への関心は高校生にも高い。いろんな利害関係が絡んでいるので、大宮幹太にも何が正解か分からなかった。

「恵比寿にある人気の和食店かな」

はぐらかすようにマスターの渋川恭一。いつもの恭一節だ。

「何? またクイズ?」

じれったそうな小笠原広海に笑顔で応える恭一。

「四字熟語だよ四字熟語、賛否両論。クイズじゃなくて、どちらかと言うとなぞかけ」

「え~、また四字熟語シバリ? 私なんか、とっくに五里霧中って感じ?」

頭の中の整理がつかない長崎愛香だが、語尾上がりの四字熟語シバリで返した。

「いやいや、店の名前。賛否両論。別に、君たちお得意の四字熟語でシバるつもりなんかないから」

「俺知ってますよ。テレビによく出ているからね。あのシェフ」

「シェフじゃないでしょ、和食なんだから。料理長よ」

幹太の細かいミスを広海が訂正した。

「そうそう、料理長。え~とさ『声が、遅れて、聞こえるよ』のアノ人に似てるんだよ。腹話術の…」

幹太の「脳内認証システム」の判断結果だ。

「一風堂!」

「それ、人気のラーメンのお店じゃない」

広海のツッコミのターゲットは、ボケじゃなく本気で間違えた愛香だ。

「オレは、やっぱ赤丸新味かな。一口ギョーザをつけて」

「おれは昔っから、白丸元味一筋」

一風堂は博多発祥の人気ラーメン店だ。白丸元味は、開業以来の正統派のとんこつがベース。赤丸新味は、香味油と辛みそが特徴。ニックネームが“課長”の志摩耕作も幹太も愛香に乗っかった。一瞬で和食店からラーメンモードに切り替わった二人に、どうして世の男子はこうなんだろう。しかも“課長”まで。広海は軽くため息をついた。

「だから“課長”、そうじゃなくて、いっこく堂でしょうが。一風堂じゃなくて、いっこく堂」

「そうそう、いっこく堂」

まるで央司のようにおどける耕作に、シーザーよろしく“課長、お前もか”と思ったが、幹太はさらに輪をかけて話を膨らませる。

「まあ、確かに似ているわね、腹話術のいっこく堂と笠原さん。賛否両論の料理長の笠原将生さん」

市川深雪が笑いながら店主の名前を口にした。

「店でもさ『料理が、遅れて、出て来るよ』とか、いっこく堂のモノマネすれば人気が出るかもよ、笠原さん」

思い出し笑いをしていたママ友の高岡美佐子が少し得意そうに言う。

「あのね、もう大人気で予約が取れないお店なんだから、ミチャコに心配してもらう必要ないわけ。大体さ『料理が、遅れて、出て来るよ』って、シャレにならないでしょ。脱線ばっかりしてると、広海ちゃんたちに締め出されるわよ」

と深雪。

「いや。“出禁”の心配はないんじゃないですか。“空腹は一番の調味料”って言われるくらいだから、シャレくらいにはなると思いますよ」

「もう、マスターまで…」

と広海。この店は、小6男子ばっかりか。ったく、付き合いきれないんだから。

「何の話だっけ?」

「だから、いっこく堂!」

「一風堂!」

幹太も耕作も休み時間の教室のつもりだ。おまけに愛香まで。脇で深雪と美佐子が楽しそうに見ている。娘たちの将来と重ね合わせているようにも見える。

「だ・か・ら…」

「賛否両論だよ、賛否両論」

苛立つ広海の気持ちを知ってか知らずか、恭一。

「マスターは行ったこと、あるんですか?」

「いや、残念ながら、ない。でも最近は通販番組でも彼監修の副菜は買うことが出来るから、予約を取らなくても人気和食店の味を楽しむことはできる」

「って、また話戻すかな…」

幹太の独り言に答えた恭一にも、広海は半ば呆れ気味だ。

脱線した話を戻そう。豊洲新市場の建設地のゴタゴタを巡る小池百合子知事のリーダッシップについて賛否両論がある、とマスターの恭一は言ったのだ。

「賛成の声の根拠として挙げられるのは、食の安全が求められる世界最大規模の卸売市場だから、リスクは最大限回避するべき。豊洲が新しい市場として適切かどうか、十分時間をかけた再調査が必要とする声。一方、反対派は、盛り土をしなかった原因究明は必要としながらも、土壌の安全対策、建物の構造上の安全対策を講じて早期移転すべきという意見」

「で、マスターは?」

「オレか。オレは一長一短」

「出た。また四字熟語…」

ズッコケながら幹太。深雪と美佐子は寸劇を楽しむ観客のようだ。

「いや、そういうつもりじゃなくて、ついな…」

「じゃ、一長は?」

せかすように広海。

「そうだな、食の安全をキーワードに盛り土をするのとしないのと考える時に、オレは専門知識がないので正直、判断できない。ただ、土壌汚染対策として決まった盛り土を『します』『してます』と議会やホームページで公表しながら、していなかった都の責任は大きいし、追及は免れない。ウソをついていたわけだから。お役人お得意の中身のない“上手な”報告書でお茶を濁すのではなく、徹底した解明をするために知事の下した延期の判断が、一長」

「じゃ、一短は?」

「現在の築地市場の問題。手狭になっているのに加え、衛生上の問題も指摘されている。まあ、関東大震災の後、日本橋にあった魚河岸が築地に移転してから80年も経つんだから、仕方がないといえば仕方がないんだけどね。だから、対策が必要なんだけど、今のところ小池知事には、その点についての言及がない。それが一短。主にマスコミの指摘だけどね」

「マスコミの見解なのね? じゃ、マスターは?」

広海が聞きたいのは恭一の意見だった。

「オレなら先ず、盛り土をしなかったことの原因追及を徹底的にやる。その上で移転自体を白紙撤回するのか、安全が確認されるまで築地の対策を講じた上で改めて豊洲に移転するか、現在の築地市場を整備し直すかどうかはその後で決める。まあ、そんなところかな」

「移転しない選択肢って、アリですか?」

今度は幹太。頭の中でようやく白丸元味を「完食」して満足したようだ。


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