第6話 産廃も、原発もカネで押しつける

「えっ、『戦争やんだ!』だって・・・」

「それは、戦争は嫌だっていう意味だな。山形県の方言。雨がやんだみたいに、戦争が終わったっていう意味じゃない。勘違いしないように」

江戸っ子の恭一が山形の方言を解説する。

「安全保障関連法にも反対しているんだね。ほら」

幹太がスマホのホームページに収録された「美しい国の果て」を再生するが、5人で聴くにはヴォリュームが低過ぎた。恭一が慣れた手つきでコンポのリモコンでCDの頭出しをする。広海たちは“美しい国作り”を掲げる首相のキャッチフレーズを皮肉った哀しげなマイナー調のメロディーに耳を傾けた。

「珍しく歌詞が標準語だね。批判の内容が伝わりやすいようにしたのかもな。何せ『戦争やんだ!』のワンフレーズですら、誤解しそうになる高校生がいるくらいだからな。それだけ今回の法改正への反対の意志が強いってことかもしれない」

「それ、嫌味?」

恭一の曲の感想に広海が噛みついた。

「残念ながら、オレに影法師ほどの批判精神や嫌味はないよ」

恭一がサラリとかわした。

「ねぇ、じゃあこの漢文みたいなこの曲は?」

広海が指差しているのはアルバムに収録された『白河以(しらかわい)北一山百文(ほくひとやまひゃくもん)』。広海の手元を覗き込んだ恭一が大笑い。どうやらツボにハマったようだ。

「確かに漢詩のように見えるな。でも安心しろ。レ点も返り点もないから、機械的に上から順に読めばいいさ。白河っていうのは福島県の白河市のこと。幕末の戊辰戦争の後、明治新政府の中心となった薩長土肥の志士たちが『白河の関所より北の土地は一山で百文にしかならない荒れた土地ばかりだ』と東北地方を侮辱した言葉に由来する表現らしい」

「戊辰戦争って、会津藩の綾瀬はるかが負けた戦争ね」

と広海。綾瀬はるかが新島八重を演じた大河ドラマ「八重の桜」の影響もあって、若者には戊辰戦争も多少、身近に感じられるらしい。動機はともあれ、少しでも関心を持つことができれば、結果オーライと恭一はポジティブだ。

「確か高校野球の優勝旗も白河の関を越えたことがないんだ。宮城の仙台育英や青森の光星学院、西武の菊池雄星や日本ハムの大谷翔平の出身校、岩手の花巻東とかも、あと一歩のところまでは行ったんだけどさ」

さすがに野球部だ。幹太も高校野球には詳しい。かつては野球の後進県とも言われた東北地方だが、近年は強豪校も増えたしプロ野球にもスター選手を輩出している。

「そういう覚え方か。まあいい。2004年夏の甲子園で駒大苫小牧が優勝して、優勝旗は東北を素通りして飛行機で一気に北海道に渡ったんだよな。確かに地上のルートでは、白河の関は越えていない」

恭一も覚えていた。

「もう、そういう問題じゃないでしょ」

と広海。高校野球の優勝旗の行方を云々していたのではなかった。ちなみに『云々』の読み方は、2017年の通常国会で安倍総理がまさかの読み間違いをした『でんでん』ではなく、もちろん『うんぬん』だ。ルビを振るまでもない。

「ああ、そうだ。東北蔑視の話だね。君たちが生まれる前の1988年、首都機能移転構想が持ち上がった時、当時サントリーの社長だった佐治敬三さんが『東北は熊襲(くまそ)の産地で文化的程度も低い』とテレビのインタビューで差別的な発言をして大問題に発展したことがあった。この発言が災いして、東北地方ではサントリー商品の不買運動も起こったほどだからね。正確には熊襲は九州で、東北は蝦夷(えみし)だから、間違いなんだけど」

国会でも問題になった今村雅弘復興大臣(当時)の「(大震災が)東北でよかった」という不謹慎発言を逆手に取って“#東北でよかった”で東北の魅力や東北人のプライドをSNSで発信し合う大人の対応を見せたのが話題になった。

「不買運動はガチの批判だけど、#(ハッシュタグ)には懐の深さと同時に、不謹慎発言の本人に対して『あなたなんか相手にしていません』っていう痛烈な意思表示だよね。胸がすくように痛快でいろんな『#東北でよかった』見まくったもん」

と幹太。

「ハイハイ、薀蓄はいいから・・・」

自分で淹れたコーヒーを一口啜って、恭一がようやく本題に入る。

「えっと『白河以北一山百文』の話だったね。ちなみに一文というのは江戸時代の寛永通宝1枚のことで、現在の貨幣価値に換算すると大体12円。だから百文だと1,200円前後。当時は米1升、約1.5キロが百文だったっていうけど、米に例えても分からないよな、高校生には。かけそば一杯が今の300円弱くらいの時代だから、ざっと4~5杯分ってことかな。牛丼にしても4~5杯分だ」

広海と幹太は歌詞カードの文字を追う。「美しい国の果て」と違って殆どが方言なので英文和訳するような感覚だった。


都会で出たゴミ しこだまつけて

トラックこっちさ のんべにくる

こごらの土地は 値打ちねえから

ゴミぶん投げんのに 丁度ええなだと


白河以北一山百文て

見がすめらっちゃ あん時から

あっちの野郎めら 持ってくんなは

おらだのだってもの ばっかしだ


「都会で出たゴミというのは、主に産廃、産業廃棄物を指しているんだろうな。補助金と引き換えに過疎の町や村が処理施設を誘致するんだよね」

高校生の幹太にも分かる文脈だ。

「オレは『誘致』っていう言葉が気に入らない。実際は誰も誘ってなんかいない。歓迎なんかしていないんだ、地元の住民だってさ。『道路も作る、街も整備する。補助金も出すから』って言われて、都会には作りたがらない迷惑な施設を引き受けているに過ぎない。沖縄に米軍基地が集中している問題だって、基本的には同じ構造だと思うよ」

恭一にしては珍しく感情を表に出して持論を展開する。

「3番では原発のことも指摘しているわ、ほら。確かに福島第一、第二の原子力発電所も白河市から見れば以北ね。青森県の六ヶ所村には核燃料の再処理施設もあるし」

実際の原発などの立地も歌の解釈と噛み合うことが広海にも理解できた。

「思い出した、丁度いい。『東京原発』って映画、知ってるかい」

曲が終わると、恭一が話題を変えた。

「知りません」

「私も」

「役所公司演じる東京都知事が、多額の補助金目当てに都内にまさかの原発誘致計画をブチ上げたもんだから、政界も経済界も上を下への大騒ぎ。もちろん、フィクションのドタバタを描いたエンターテインメント映画だ。岸辺一徳も共演している。内容が内容だけに公開には苦労も多かったらしい。興味があったら一度観てみるといいよ」

「岸辺一徳って『私、失敗しないので』の外科医・大門未知子のマネージャーみたいな人でしょ。『メロンです。請求書です』って踊りながら出てくる人」

「『ドクターX』な。米倉涼子の」

広海の岸辺一徳像は恭一のイメージとは相当かけ離れている。呆れて笑っていた幹太が何か思いついて、恭一に尋ねた。

「ここ、DVD大丈夫ですよね」

「ノープロブレム。4Kには対応していないがブルーレイまでは対応できる」

「んじゃ、広海はみんなにメールして。オレ、DVD借りてくるわ。マスターいいですか」

「『いいですか』って人にモノを頼むよりも先に、みんなを呼んで、DVDをレンタルすることを決めているのは、どこの誰だよ。順番が逆だろ、普通」

冗談交じりに恭一が笑った。

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